第25話 走って飛んで、戦って
タンッ!
勢いをつけて高く跳躍した俺は、次の着地点をオーナーの身体に定める。
砲丸のように上空から飛来する亜人にビビったのだろう。「ふぉっ」と悲鳴を挙げたオーナーは、身体を丸めて首をひっこめた。
彼の背中に足が着く。
「……よいしょっ、と!」
足場の強度は申し分なかったようだ。
頑丈なオーナーの背中を、遠慮なく俺は蹴った。
浮き上がった身体は付近の建物の三階にまで達し、適当な石窓の上枠に指を引っかける。
大ジャンプ成功だ。
「ご協力ありがとうございました!」
懐からなけなしの銀貨を出すと、俺は吊るされた鶏肉の肛門めがけて投げた。
ぶりゅっ。
小さく汚い音が鳴る。
「それはお礼です。受け取ってください!」
「――いや、受け取れるかぁッ!
というか、そもそも他人を踏み台にするって、どういう教育を受けたらそういう狂った発想が……」
「すいません、もう行きます!」
「――話を聞けェェェ!!」
足下で喚いている叔父さんの説教を無視して、さらにもう一階分跳躍する。
そして、ついに俺は建物の屋根上に降り立った。
これで人混みや道に惑わされて時間を喰うことはなくなった。
あとは、この屋根伝いに行けばいいだけだ。
(待ってろよ、リンチ野郎!)
赤茶色の瓦を踏み抜いた。
屋根内部に組み込まれた垂木を発射台にして、また俺は走り出す。
屋根には本を伏せたような傾斜がついていたが、斜度が緩やかだったからか足を取られることはない。
山向こうに沈みかけた太陽の光は、美しい街の情景に叙情的陰影を付けていた。
だが美的センスなど持ち合わせない俺は、それを踏み付けにして徐々にスピードを上げていく。
窓際で本を読む老人や、洗濯物を取り込む主婦の視線など気にしない。
葉脈のように張り巡らされた建物群は、一人の亜人を着実に目的地へ運んでいた。
(……見えた、あそこかッ!)
風のように走ること、およそ三十秒。
野良犬迷い込む隙間を飛び越えたところで、ようやく俺は大通りを視界に捉えた。
タ、タ、タンッ。
カエル自慢の脚力を遺憾なく発揮して、路地を二つ飛び越える。
しっかりとメンテナンスの行き届いた建物の屋上へ、無事に俺は着地した。
「……よし、到着」
そこは、先ほど言ったルベイルのメインストリート。
騒音と熱気にまみれたこの表街道は、人々の魂に潤いを与える場所として今日も大いに賑わっている。
一階が高級靴屋になった商業施設の上に立った俺は、早速二人組の捜索を開始した。
手で日差しを除けながら、眼下に広がる何千何万という人の波を凝視する。
目が回りそうなほどの人、人、人。
知恵熱で脳が破裂しそうになる感覚に陥りながらも、俺は奇特な常人たちの顔を判別していった。
すると。
「――――あ、いた」
半ば無意識に焦点を絞った対象は、茶髪と金髪の男二人組だった。
身に着けたアクセサリーや歩き方の癖は、全て事前に教えてもらった情報と同じ。
突拍子もなかったリリのあの証言は、紛れもなく正しかったのだ。
腹の内から笑気が込み上げる。
「ははっ……やっぱスゲーわ、アイツ」
ターゲットは確認できた。
奴らが予想通りに動く阿保なら、永輝街へ向かうためそろそろ道を変えるはず。
一般市民に迷惑を掛けずに奴らをしばき倒すなら、そのタイミングを狙うしかない。
舞台は整っていた。
「これが終わったら、アイツに旨いもん食わせてやらないと……な!」
そして。
虚空へ足を踏み出すようにして、俺は屋上から飛び降りる。
♦
その時は、すぐに訪れた。
俺から五歩離れたところに、例の二人組は立っている。
表の通りから一本入った小路で、よもや自分たちが探していた人型の精霊の契約者……蛙の亜人と出くわすとは思いもしなかったのだろう。
諸に困惑の色が顔に出ていた。
「さて。やっと追いついたところで、質問と参りましょうか」
二人の進路を塞ぐように陣取った俺は、手袋越しに指の関節を鳴らして牽制する。
「アンタら、帽子を被った小柄な女性ジャーナリストを殴った輩……で、間違いないんだよね?」
彼らは答えようとしなかった。
ずっと押し黙ったままだった。
この異常事態にどう対応したものか、彼らは考えあぐねているようだった。
台本にない出来事に対して、即座にアドリブを利かせられないとは残念だ。彼らは一流のリンチ師ではないらしい。
半歩だけ、俺は近づいた。
「アンタらは弱者を傷つけた。そこにどんな謂われがあろうと、アンタらが暴力を振るった事実は揺るがない」
「……」
「弁解は聞かないよ。理由があって彼女を殴ったように、俺もアンタらを殴るだけの理由があるんだ。
俺だけが責められる筋合いはないからね、そこんとこよろしく」
「……」
「何もしゃべらないか。じゃあ拳で語り合いだ。ファイトルールなし、時間制限なしの純朴な決闘をしよう」
「……亜人の分際で、調子に乗るな」
チャッ、と金髪が腰から取り出したのは、刃渡り十五センチはあるシースナイフ。
炭素鋼でできたその刃は薄く鋭く鍛えられており、水に濡れたように輝く銀の光沢は俺に明確な殺意を向けている。
同様に、隣に居た眼鏡の茶髪もナイフを構えた。「……楽に死なせてやるよ」
構図は二対一。
しかも敵はどちらも武器を持っている。
いつもの俺であれば、鉄剣を引き抜くような場面だろう。
だが、身軽さを追求した今の俺は、剣どころか分銅のひとつも持ち合わせていない。まったくの手ぶらだ。
(――うわぁ。これで相手がナイフ術の名人だったらどうしよう)
この期に及んで相手を嘗めていたことに気付いたが、覆水盆に返らず。
とりあえずファイティングポーズだけ取って、相手の反応を窺う。
「……ッ!」
先に金髪が動いた。
手に持ったナイフをぐっと体の内側へ引き込むと、全身の発条を使って怒涛の刺突を繰り出してくる。
地を砕く勢いで踏み込んだ右足に、筋収縮で肥大化させた上腕。
ロングソードでも届かない間合いを一瞬で詰めた敏捷性に、虎狼のような野性の凄み。
どれをとっても、金髪の身体能力は高かった。
それこそ彼のパワーは精霊騎士並、現役の三部リーグ登録者とほぼ遜色ない領域にあった。
だが、惜しい。
彼如きでは、俺には勝てない。
(その理由をこれから彼に教えてやる……!)
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