第24話 悪党どもを追撃せよ!
「むりむりむり! 使えないよ、そんな高度な魔法!」
ぶんぶん首を横に振る彼女。
俺は食い下がった。
「じゃあ、魔力残渣から個人を特定するとか、風水で吉方を占うとか、なんか他に方法はないのか?」
「……『ダウジングめざし』を焼くことくらいかな」
「なんて?」
耳慣れない言葉に困惑する俺へ、リリは何のタメにもならない説明を投げつける。
「――他人とか物を探し当てられる焼き魚だよ。
百年前は身近な料理だったんだけど、知らないの?」
「……そもそも魚なんて、手元にないんですが?」
「じゃあ、わたしに出来ることは何もないです。ごめんなさい」
「あーもー、お前に期待した俺がアホだったわ」
この発言が起爆剤になったらしい。
ムカッと頬を膨らませたリリは、腕組みをするなりビャービャーこんなことを捲くし立て始めた。
「――というかさぁ、そんなまどろっこしい方法使わなくても追跡できるでしょ」
「は?」
「だってあのリンチ二人組、すごく特徴的だったじゃん」
「……はぁ?」
彼女が何を言っているのか理解不能だった。
あの二人組が特徴的?
視力や記憶力の良い俺でさえ顔も服装も思い出せないくらい、地味で影の薄いあの男どもが?
眉がせり上がって綺麗な山が二つできる。
それ程に眉を顰めた俺に、彼女は説明していった。
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「――――だってさ、一人は眼鏡をかけたサスペンダーの茶髪さんで、もう一人は左の首に刺青を入れた金髪さんでしょ?
背丈は両方一八〇センチくらい。
精霊は連れていなくて、目立った手荷物もなし。
しかも、あの茶髪さん……殴るのは右手なのに、蹴るのは左足で歩き出すのも左足から。『利き手と利き足が左右違う』って、かなり珍しいパターンだよね。
で、金髪さんはわたしたちに気付いた時、一瞬だけ腰に手をやってた。
ってことは、腰に武器を隠してた可能性が高い。
そういう変人コンビなんて、この街に二つと居るわけがない。
…………ほら、すっごく特徴的だと思わない?」
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文字通り、俺は舌を巻いてしまった。
あまりに予想外の能力を披露したリリに、どう接していいか分からなくなる。
(……ちらっと見ただけで相手の特徴を覚えたっていうのか……なんて観察力だよ!)
もちろんリリが自尊心を守りたいがために、でたらめを吐いた確率はゼロではない。
だが、彼女を疑ってもいいことなんて何もない。
こうしているうちにも男二人組は、俺たちから遠く離れてヨナスの下へ向かっているのだ。
リリが見せた自信に満ちた天狗顔、その鼻の伸びっぷりを信じてみることにしよう。
立ち上がった俺は、リリの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
絹のように滑らかな髪であっても手の力には勝てないらしく、彼女の頭頂部には見事な鳥の巣が出来上がる。
「使えねぇ奴とか思って悪かったよ」
何とかその手を退けようと抵抗するリリに、俺は言ってやる。
「……やっぱお前、サイコーだ!」
「えっ、心外」
鳥の巣から手を離す。
髪の毛を押さえるリリは、この場に置いて行くことにした。にゃーさんの看護は、俺に罵詈雑言を浴びせるコイツに任せておけばいい。
荒事は、俺一人で十分だ。
「……あの二人組を追う。ちょっと持っててくれ」
そう言って俺は、地面に置いていた鉄剣をリリに投げて寄越した。
驚き焦ってバタつきながらも、なんとか彼女はそれをキャッチする。
「お、重いんだけど……」
「その鉄剣、親父の形見なんだ。落とすなよ!」
「だったら投げないでよ……って、え! ちょっと何処へ行くの!?」
「決まってるだろ――あの二人組を追うんだよ‼‼」
それだけ言うと、俺は身体中に魔力を流した。
空気抵抗も無視して、全力で走り始める。
男二人組が歩いて行ったこの道の行き先は、臭い肉屋が立ち並んだあのコープス・マーケット。
脚力には自信がある。
執念だって、にゃーさんには負けちゃいない。
あとは俺の勘が働くかどうか。
その如何で、この追走劇のオチは決着する。
(……出たとこ勝負、だな!)
マントも鉄剣も悩みでさえも、リリたちのところへ置いてきた。身軽になった俺は音もなく加速する。
商店街特有の喧騒は、すぐそこまでやって来ていた。
♦️
「――くっそ、あいつら何処行った!」
まず、コープス・マーケット一番通りに飛び込んだ俺は、道のど真ん中に立つと素早く辺りに視線を張ることにした。
意識を集中させ、通りを行き交う人々の顔と背恰好を見極めていく。
周囲の人間たちが俺に奇異の目を向けていたのも、ある種好都合だったと言えるだろう。
いきなり全速力で亜人がやってくることなど、この通りではめったに起こり得ない特殊イベント。
意識が集中して当然だ。
またマントを羽織っていないために、白昼堂々俺の素顔は曝されていた。
例のごとく蛙の肌は嫌悪の視線を集め、人々の顔はいつも以上によく見える。
野次馬どもの顔を識別するには絶好のチャンスだ。
(奴らがこの中にいれば、探す手間が省けるんだけど……)
絶えず眼球を動かして、ターゲットの二人組を探してみる。
服装を変えていないか。
肉屋の店主に成り代わっていないか。
ありとあらゆる可能性を念頭に置き、俺は対象の容貌を確認していく。
しかし、コトはそう単純に解決してくれはしないらしい。
(違う……違う……こいつも違う……)
眼鏡をかけたサスペンダーの茶髪と、左首元に刺青を入れた金髪。
リリの言っていたそいつらの姿は、視界のどこにも映らなかった。
もう彼らは、とっくの昔にこの商店街を通り抜けてしまっていたのだろう。
で、あれば。
男二人組が次に向かうのは、いったい何処だ。
(ヨナスの家を俺は知らない。
でも二部リーグ登録者のほとんどが、貴族の別荘地が密集する『永輝街』に住んでいると聞いたことがある。
……そんな場所に入られたら、俺みたいな亜人は手出しできない。その前に追いつかないと!)
一旦、追手の立場に立って推理してみよう。
人型の精霊奪還作戦において、「死をも恐れないにゃーさんの取材活動」はまず間違いなく障害になる。
汚職はマスコミによって暴露されるのが世の常というもの。
正義の味方ぶった人間は、食事中のコバエ以上に鬱陶しいものだ。
だとすれば男二人組は、この懸念材料について雇い主であるヨナスへ報告に行くはず。
最短距離、最短時間で、できるだけ目立たぬように道を選んで。
(……人通りの少ない道ばかりを歩くのは、却って不自然に見られやすい。
人混みの中に一度紛れて、そこから脇道に逸れたいはずだ……)
怖いもの見たさで集まった野次馬をかき分け、俺は通りの奥へ進んでいく。
にゃーさんに手当てを施した時間。
その分を踏まえて予測すると、二人組は現在「一日で十万人は通ると謳われる、ルベイル最大のメインストリート」にいるのだろう。
幅の平均が五十メートルにも及ぶこの大街道は、隣国からやってきたファンキーな旅人、秘境村から出稼ぎに来たお上りさん。
酒樽をダースで大型馬車に詰めて運ぶ行商人、青銅の錫杖を突く巡礼者といったように、いつも多種多様な人間でごった返しているらしい。
リリは二人組のことを特徴的と言っていたが、そんなカオス空間の中で彼らが個性のオーラを放てるわけがない。
じっくり人間観察をするためにも、あまり余裕は残されていなかった。
(……ショートカットするか)
聖人の力によって割れる海のように、周りの人々は道を開けてくれていた。
皆、俺に触れたくないのだろう。
気にせず俺は走り抜ける。
途中でふと焦点が合ったのは、何処にでもあるような精肉店。
看板に雄鶏のイラストが入っているから、十中八九ここは鶏肉専門店。
スモークチキンを陳列するカウンター裏から出てきた中年男性は、多分ここのオーナーなのだろう。
日々解体作業に明け暮れているからか、巨人のように筋肉質な体つきだ。
……ちょうどいい。これでショートカットできる。
店に対して、俺は斜めに走り込んでいく。
「――――すいません! おじさん!」
「おいおい止まれ、亜人の兄ちゃん。ここは肉屋だ、あまり埃を立てるんじゃ……」
「――背中、借ります!!」
「は!?」
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