第20話 亜人の価値
予想通りだった。
どう答えたものか、俺は考えあぐねてしまう。
「……そんなことが聞きたいのかよ」
「だって、封印されてたから知らないんだもん。亜人が何で嫌われてるかなんて」
「見りゃわかるだろ。気色悪いからだよ」
そうぶっきらぼうに言ってみたが、どうやらこの答えではリリのお気に召さないらしい。
腑に落ちないと言いたげな顔をしていた。
「うーん、そうじゃなくて……確かに亜人って、見た目がちょっと変わった種族ではあるけどさ。
それだって個性の範疇でしょ?」
「そうだな、物は言いようだ」
「でも、なぜか亜人は嫌われてる。
生理的に嫌われてるだけじゃなく、一方的に下に見られてる……これって、なんで?」
中々に鋭い質問だった。
てっきりコイツは食欲の化身とばかり思っていたが、意外に頭も働くようだ。
きっと勘の良い彼女には、その場しのぎの薄っぺらい回答は通用しない。
上手く話をはぐらかしても、無理やり線路を切り替えてこの問題を言及しに来る……そんな気概が彼女からは感じられた。
だったら、むしろ真実を包み隠さず教えてやる方が得策。
俺の舌足らずな解説では、自分語りみたいになるのがオチかもしれない。が、それで彼女の興味の鉾が収まるのなら問題ない。
亜人に対する印象の歴史を俺は教えてやることにした。
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「何から話せばいいか。
――――ここから見えるよな。カラフルな外装と人通りの多い闘技場へ続いてる、この街のメインストリート」
「うん、それがどうしたの?」
「お前は知らないかもしれないけどな。実はあの通り、あまり亜人が寄り付かないんだ」
「なんで? 美味しそうなお店とか面白そうなお店とか、いっぱいありそうなのに」
「それが問題なんだよ」
ふぅっ、と俺は独白した。
「あそこの店の三割にはな……『亜人は入店お断り』って札がぶら下がってるんだ」
「……!」
「なんでだと思う?」
うにょうにょと、リリは唇を波打たせる。
「――『亜人に入店されると不都合で正当な理由がある』、ってこと?」
「いい着眼点だ。やっぱお前、ただの馬鹿じゃないな」
「ふふん♪」
どやぁ、と胸を張るリリに俺は教えてやることにした。
汚物を肚の底からぶちまけるように、腐りきった世の事情についてを、語る。
「……亜人が嫌われる理由は、単に姿が純粋な人間と違って気持ち悪いからってわけじゃない。
本当は、『純粋な人間がいるところに亜人が来ると、不利益を被る人がいる』からなんだ」
「どういう意味?」
「例えば、ある飲食店に蜥蜴の亜人が来店したとするよな。
そんで、何かの拍子に誤って毒腺から毒液を噴霧させてしまった。隣のテーブルには客がいて、空気は循環している。当然、皿に盛られた料理に布なんてかけられてない」
「うんうん」
「どうなると思う?」
「…………食べ物に毒液が入って、他のお客さんが死んじゃう」
「そういうこと」
実際には、こんな極端な事件に発展することなどほとんどない。
店毎に客の安全に関するリスクヘッジはきちんと行われているし、周りへの迷惑をかけぬよう亜人側が配慮するためだ。
だが、それでも店側の看板に傷がつく可能性はゼロではない。
例えば、狼の獣人には周期的に身体の毛が生え替わる性質が備わっている。
仮にこの毛が食品や衣服に付着すれば、商品価値が下がって店側は大ダメージを受けることになる。
また、小鬼も入店を断られやすい亜人の代表格だ。
彼らが育った村における教育環境は、劣悪な場合が大半。また貧富の格差が激しいことから、その人間性も淀み歪んだものになりやすい。
ゆえに問題行動の目立つ厄介者として、種全体が見下されているのが現状だ。よっぽど身なりが整っていなければ、教会の聖職者でさえ居留守を使うだろう。
亜人そのものが根元から嫌われているという理屈は、厳密にいえば適切ではない。
――――亜人と関わると不利益が生じるから、なるべく距離を置きたい。
それが人々の本音なのである。
♦
「……亜人は嫌われる存在っていう世の風潮も、大体はこれと同じ原理なんだよ。
亜人そのものが生理的に無理なんじゃなくて、損をしないように眼を逸らしているだけ。心の底から嫌っているってわけじゃない」
「そっか。それなら、いつか打ち解けられる日も来るかもしれないね」
「どうかな。自身が扱いに慣れていないものを、自分の嫌いなものとして安直に据える奴は多い。
……『常日頃から亜人を突き放していたら、気付かないうちに亜人全般が大嫌いになってました』なんてことが頻発したら、いよいよ俺はこの街を歩けなくなる」
「そしたら馬小屋にでも引きこもればいいじゃん。魔導式ラジオで決闘を鑑賞できてれば、キミの人生に悔いはないんでしょ?」
違う、と俺は食いぎみに否定した。
「――精霊騎士そのものになりたいんだよ、俺は。
それに、無職で引きこもってお前のヒモになるって、どんな罰ゲームだ」
「あ、無職はダメだよ。キミには、わたしの食費を払ってもらわないといけないんだから」
「おい」
「ははは。冗談だよ」
くしゃくしゃっ、と微笑んだ彼女は、夕日を臨む格好で大きく伸びをした。
晴れ晴れとした顔だった。
「――――まぁ、少しは納得できたかな。亜人が嫌われてるって問題にも、複雑な事情があったんだね」
「…………一般市民に罪はないんだ。
悪いのは亜人排斥派の連中とか、何かにつけてクレームを入れるような暇人。そいつらが差別を増長させてるだけ、ってことを頭の片隅にでも置いておいてくれ」
「だけど……やっぱり腹立つなー」
ヒートアップした口調で、リリは眉間に皺を寄せる。
「他人と違うことがそんなにいけないことなの?」
理解が追い付いても感情の自制が利かないところは、裏表のない彼女らしい反応だった。
ふと俺は、左手で自分の右手に触れてみる。
嵌められた皮の手袋はすっかり身に馴染んでおり、醜い蛙の手指を完ぺきに隠していた。
剣術に支障が及ばぬよう丁寧に嘗めしたこの手袋を、俺は外出中に片時も外したことはない。
もはや身体の一部とまで言える生活必需品。それがこの手袋だった。
普通の人間との違い。それを隠して生きなければならない異常社会。
子供の頃から変えたいと、自分なら変えられると、信じて止まなかった。
……はたして、今の俺に覆せるのだろうか。
精霊騎士の肩書さえ持たない、一介の弱小剣士である俺なんかに。
「――――よし、決めた!」
すると。
突如、リリは大声を発した。
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