第15話 大誤算
それから。
屋台を渡り歩いてジャンクフードを堪能した俺たちは、意気揚々と精霊騎士の試験受付センターへと足を運んでいた。
闘技場一階、西ゲート付近にあるその受付所には受付嬢が一人いるだけ。
周りを見てもクレープやチュロスを食べ歩く観光客がいるばかりで、俺たち以外に受付に用のある人間はいなかった。
これは絶好のチャンス、と思った俺は、すぐに受付カウンターに手を着いて試験出願の旨を説明した…………のだが。
事態は思わぬ方向へと向かっていた。
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「――試験が受けられない!?」
受付嬢の回答に、俺は耳を疑った。
無意識のうちに素っとん狂な声を挙げてしまう。
「なんでですか! 理由を教えてください!!」
「だぁってぇー。
あなた何の実績もないんですよねぇー? それだと受験資格ってやつがぁ、ないんですよぉー」
「嘘ですよね? 嘘だと言ってください!」
焦燥感で前のめりになった俺は、カウンターに詰め寄る。
何とか状況を打破できないか嘆願しようと思ったのだ。
だが、無駄だったようだ。
「ウソじゃないですよぉー」
応対してくれた受付のお姉さんは、ウェーブのかかった髪を持ったかなりの美人だった。
だが臨時で雇われた職員なのか、絵にかいたような不良で態度が悪い。
カウンターに対して横向きに座る彼女は、業務時間中であるにも拘らず手鏡を取り出して新品の化粧品を試していた。
ここらの人通りは毎分数人はいるのに、堂々とメイクにご執心なご様子。
その時点で彼女が如何に豪胆な性格なのかが見て取れるのだが……それに加えて、彼女はカウンター内にチョコ菓子を持ち込んでいた。
もうを仕事をナメているとしか言いようがない。
そんな受付嬢はピンクのリップを唇に伸せる傍ら、分厚い本を面倒くさそうに開いた。
「――このマニュアルにも『二部リーグ登録経験者からの推薦』か『委員会から認可を受けた公式大会で入賞』してなければ追い返せ、って書いてありますもーん」
「他に方法はないんですか!?」
「ないですねぇー。
『スカウト』されていれば別ルートで騎士になれるみたいですけど、あなたにそっち系のオーラはありませんしぃー。
望み薄、って感じですかねぇー?」
「嘘だろ……マジかよ……」
「あとぉー、ちょーっとお聞きしたいんですがぁー」
そうダラダラと語尾を垂れ流すと、初めて受付嬢はこちらに顔を向けた。
上目遣いで値踏みするかのように、彼女はじろじろ目線を投げかけてくる。
怪しまれぬようたじろぐフリをして、さりげなく俺は首元を隠した。
「な、なんでしょうか?」
「……あなた、亜人の方ですよねぇー?」
「ギクッ!」
「まぁ、だからなんだって話なんですがぁー……」
そう言った受付嬢は俺から目を逸らすと、今度は隣にいたリリを注視した。
まさか自分が興味の的になるとは思いもしなかったのだろう。
ポテトを食べながら、リリはぎこちなく笑みを返す。
受付嬢が口を開いた。
「そちらの美人さんに訊きたいんですけどぉー」
「えー、あ、はい、何でしょう」
「……あなた、ホントに精霊ですかぁー?」
「へっ!?」
猫だましを受けたようにびっくり仰天するリリ。
その反応をじっとり観察し、受付嬢はわざとらしく声のトーンを上げる。
「いやぁー、マニュアルに書いてあるんですよぉー。『亜人が出願しに来た場合、パートナーである精霊が人型であるなら、人間が精霊を演じている可能性を疑え』ってぇー」
「ちょっ……そんなわけないじゃないですか!」
勘違いも甚だしい。
俺がそこら辺で油を売ってる女性に金を握らせて、贋者を用意したとでも思っているのか。
腹が立った俺は、リリに自身が精霊であることを証明させようとした。
……実際に見たことはないのだが、精霊は『精霊紋』なる紋章を掲げることができるという。
人間の身分証明書に近い役割を果たす、この精霊紋。
提示すれば、この化粧のケバいお姉さんもリリが精霊であることを認めざるを得ない。
そうすれば、もしかしたら彼女の態度も真面目になるかもしれない。
もっと俺たちに寄り添った対応をしてくれるかもしれない。
都合のいい展開を予想した俺は、リリを急かすため口を開きかける。
(……でも、待てよ?)
もしもここでリリが本物の人型の精霊であるのを証明してしまったら、それはそれで大事件に発展してしまうのではないか?
思い止まり、俺は考えを改める。
なんたってリリと契約したのは、裏取引が行われていた闘技場の地下。
状況をよく整理して考えれば、もともとはヨナスが預かるはずだった彼女の身柄を俺が横取りしたようなものだ。
あのクソ野郎は十中八九、リリの所在を嗅ぎまわっている。
だとすれば、この受付嬢に正体を明かすのはかなりマズい。
うっかり漏らしてしまえば、すぐにヨナスの手先がやってくる。
下手したら首だって斬られるかもしれないのだ。
……どうしよう。
俺は言葉に詰まった。
「どーなんですかぁー? その娘はホントに精霊なんですかぁー?」
「えっと、いや、その…………」
「歯切れが悪いですねぇー、何とかいったらどうですぅー?」
しどろもどろになる俺を、不良受付嬢は容赦なく追撃してくる。
眼を見れば分かった。労働意欲に乏しいながらも、彼女は大いに怪しんでいるのだ。
亜人と人型の精霊という、実に奇妙なカップリングを。
此方に反論の手立てはない。
彼女の懐疑は、マニュアルに沿った正しい対応過ぎていた。
俺だって誤解を解きたいとは思う。
だが、説明下手を露呈した挙句ボロを出すわけにもいかない……まさに八方ふさがりの状況だった。
もしも、この後の流れもマニュアル通りであるとすれば、受付嬢が取る次の行動は簡単に予測できる。
まずは、虚偽申告をした者をその場に足止め。
次に、相手が注意を逸らした隙に憲兵へ通報。
最後は、被疑者が連行されるまで時間を稼ぐ。
つまりこのままだと、俺は憲兵の厄介になってしまうのだ。
「ええっと……やっぱり、気が変わりました。
受験要項を満たすために、今日のところは帰りますね。出直します、サヨウナラ」
「ますます怪しいですねぇー。まるで万引きし終わって退店する子供みたいな動き……ってことはあなたぁ。まさか本当にウソついてたんですかぁー?」
「んなわけないでしょうが! 人聞き悪いこと言わんでください!」
「だったらぁー、証拠のひとつくらい見せられますよねぇー」
心底かったるそうに、受付嬢はページをめくった。
「例えばですよぉー。
このマニュアルに載ってるぅ、『せいれいもん(?)』とかいう奴ぅ、そこの精霊さんなら出せるんじゃないですかぁー?」
「ぐ……」
「ほらぁ、出してくださいよぉー。早くぅー」
唇をすぼめ、語尾をやたらと伸ばし、受付嬢は俺にそう催促してくる。
人をおちょくるような口調だというのに、奇しくも的確な質問と要求の連続攻撃をする彼女。
いつの間にか、俺は崖っぷちに立たされていた。
いよいよマズい。
本当にヤバい。
それでも時は止まってくれない。
そうして。
あわや身分詐称で留置所行きにされそうになった……その瞬間。
「――おーい、スティーブン!」
「……?」
「君だよ君! そこのカエルくん!」
何者かが俺に声をかけた。
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