第14話 ストリートショッピング!
一時間後。
日陰者ばかりが住むエリアを離れ、俺たちは闘技場の前までやって来た。
まだ朝だというのに、芝生が茂る広場には百を超える屋台が軒を連ねていた。
観光客と行商人が集中するためか、通行量も多い。少しでもよそ見をすれば、たちまち他人と肩をぶつけてしまうだろう。
蛙の肌を露出させないよう、注意を払って通りを進む。
どこもかしこもお祭り騒ぎだった。
海の向こうから輸入した、色彩豊かな絹織物を並べる服屋。特殊な研磨技術によってカッティングされた、絢爛たる宝石を宣伝する宝飾店。ぬいぐるみやお菓子といった景品で、親子連れの客に娯楽を提供する射的屋。
バラエティーに富んだ店の数々に、俺も思わず目移りしそうになる。
しかしながら楽しく買い物するために、俺はここへ来たわけじゃない。
用があるのは、闘技場の試験受付センター…………そこで『精霊騎士選抜試験』の受験出願をする。
そのためにこの、隣ではしゃぐリリを連れて来たのだ。
「――ねぇねぇ!」
「んぁ?」
「あそこにある、もの凄い大きな立て看板は何なの?」
リリが指差した先には、純度の高い魔鉱石でできた巨大なディスプレイパネルがあった。
よくぞ気付いてくれました、と俺は拍手を送ってやる。
「あれは闘技場の『魔晄掲示板』。
今日やる精霊決闘の試合スケジュールとか、大会に出資してる団体のCMとかを表示するやつだよ」
「へぇー!」
掲示板には様々な情報が表示されていた。
現在、投影魔法で画面に映し出されているのは、あと十分で始まる試合の対戦カード。
名前の下にはデカデカと顔写真も貼り付けられていて、屈強そうな男が睨み合っている。
だが、この試合は金を払って観るほど面白くはないだろう。
彼らの登録情報を読み、俺は萎えたようにため息を吐く。
「どっちも三部の下位グループか。つまらなそうだな」
「さんぶ?」
はむっとパニーニを頬張りながら、リリが訊いてきた。「なにそれ。お肉の部位?」
「決闘は四階級に分かれたリーグ制なんだよ。三部は一番下のクラスで…………って、お前どこでそのパン買ってきた」
「そこのおじさんがくれたんだー。後払いでいいよ、って言ってた♪」
「くっそ、もうカモにされたのか……」
財布からなけなしの銅貨を取り出し、さっさと屋台のおじさんに手渡す。
その間にも、俺はリリに説明していった。
「決闘は賭けの対象にもされてるからな。
実力が近しい騎士でランク分けしないと興行として儲からないんだよ」
「あー、だからあの掲示板にオッズ表なんかが出てきたんだね。なっとく」
「これから精霊騎士になる身だからな、基礎知識くらいは教えてやるよ――――」
♦️
そもそも。
精霊決闘のリーグは四つに分かれており、それぞれに特徴がある。
『三部リーグ』…………総勢五百名を超える精霊騎士が、ただひたすらに足掻いて上を目指す階級。
『二部リーグ』…………三部リーグの枠には収まらない猛者二十名が、その常人離れした技で観客を魅了し、火花散る激戦を繰り広げる階級。
『一部リーグ』…………その二部リーグ登録者でさえ歯が立たない強さを誇る鬼才十名が、究めに究めた己が能力をぶつけ合い、異次元レベルで鎬を削る階級。
そして。
『王座リーグ』…………四年に一度しかない世界最大級の称号争奪戦。大陸の東西南北全ての地域から集められた一部リーグのトップ、および同リーグ登録者の推薦を受けた不確定要素、計八名によって「大陸全土の覇者」を決める。
以上。
これが今から俺たちが踏み込むことになる、騎士たちの熱き世界である。
♦️
「――まぁ、実際にはリーグ毎に上位・下位って概念があるんだけどな」
鼻の穴を膨らませ、ひとり勝手に俺は語る。
「このリーグ以外にも団体戦とか芸術魔法コンテストとか一風変わった種目もある。
防具着用禁止に反則技全面解禁のノーガード・ルールが適用されることもあれば、まったく血の流れない演舞形式の試合もあって…………」
すると、ここで。
パニーニをぺろっと平らげたリリは、口元にソースを付けたまま俺の話に水を差した。
「あーごめん、オタク口調で気持ち良くなってるとこ悪いんだけどさ」
「なんだよ」
「わたし、まだ君の精霊になるなんて言ってないよね?」
「……やっべ」
忘れていた。
俺はまだこの精霊に、精霊騎士という職業に就きたい『執念』を打ち明けていない。
宿屋で話す機会はいくらかあっただろうに、すっかり頭から抜け落ちていた。
契約を交わした精霊がイエスと言わなければ、精霊騎士になることは不可能だ。
しかもコイツは自己中心的な性格。他人である俺の事情に協力する未来が見えない。
おそらくメリットがなければ、決闘に興味を示すことはないだろう。
さてどうする。
どうやってこの精霊の気を引くべきか。
…………懐柔するか。
「そうだ。あの店のポテト買ってやるよ」
行列のできるフライドボテト専門店を指差して、俺は言った。
「揚げたてホクホクの特大サイズ、食いたくないか?」
「え! いいの!?」
超が付くほど目を輝かせるリリ。
どうやら彼女は食べることが大好きらしい。細身で日頃から断食している神職っぽい格好なのに、まったく食欲を抑えようともしていない。
まるで自制の利かないワンころだ。
チャンスと思った俺は、財布の紐を限界まで緩める。
「いくらでも買ってどうぞ。あとジュースとか飲みたいだろ、何が飲みたいよ?」
「じゃー、ジンジャエール! あとフライドチキンも!」
「チキンが飲み物かは知らんけど、よし全部買ってやる!」
「やったぁ!」
「よしよし、全部買っていい。だから…………今日だけ俺の精霊ってことで頼むわ。な?」
「――そんなの何日でもやってあげるから、早く行こ! 売り切れちゃう!!」
昂奮したようにそう言うと、リリは店の前まで俺を乱暴に引っ張っていく。
彼女の腹に住む虫はせっかちなのか、くぅくぅ可愛らしく鳴いていた。
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