第13話 いろいろな謎。あと、呪い。
(……痛く、ない?)
そこで、はたと思い出す。
悪漢のヨナスを斬って、そのまま気絶してしまった後。
ピクリとも動かない俺を助けてくれたのは、何処の誰だったのだろうか。
まさか、このリリじゃないだろうな。
恐る恐る訊いてみる。
「――俺を治療してくれたのって、お前か?」
自分の名前に用いられたバンの花言葉を説明して、気分が良くなっていたのだろう。話の腰を折る俺の質問にも、素直にリリは首を横に振ってくれた。
「ううん。通りすがった男の人が治してくれたの」
「あ、そう」
「凄かったよー、なんせ憲兵を引き連れて雪崩れ込んできたんだから……」
リリ曰く。
俺が気絶した直後に、あの地下空間に何十人という憲兵が突入したらしい。
ヨナスの違法取引を摘発するため、事前に入念な捜査を行っていたのだろう。
エンターテイメント小説でよくある国賊一派の一斉逮捕劇のように、それはもう圧巻の光景だったそうだ。
「そしたら、捜査員たちの先頭に立って指揮をしてた男の人がさ。倒れてる君に近寄ったんだよ」
「どんな人だったんだ?」
「二十代後半から三十代前半って感じだったかな。ミュージカルの主演を張れそうなくらい爽やかな顔で、結構な男前だったよ。あと治療用の薬品かなんかのせいで、アルコールの匂いが染み付いた白衣を着てたかな」
その男は俺の傷を一瞬で治してくれた。
手をあてがっただけで治癒魔法を発動させたというから、かなりの腕を持った治癒師なのだろう。
ただ流失した血は元に戻せないため、その時の俺は相変わらず気絶したままだった。
しかし、おかしい。
その男は治療の前に傷の具合を診察して、既に俺が蛙の亜人であることを知っていたはずだ。
なのに完ぺきな治療を施した挙句、俺を宿まで運んだと言うのか。
なんだろう。
多額の謝礼とかせがまれそうな気がする。
「……で、その人がここまで俺を運んでくれたのか?」
「うん。亜人が泊まりそうなところをシラミ潰しに探してくれたの」
「俺を置いた後、その男はどこへ?」
「あー、ちょっとわかんないかな」
リリは首を横に振った。
「お礼を言う前にいなくなっちゃったんだ。名前も名乗らなかったし、見返りも求めてこなかったし、正体も目的もさっぱりだよ」
「そうか……」
その男が善い人であることは、もはや疑いようがなかった。
無償の愛で怪我人を救う。大理石の神殿にて祀られる神からすれば、ぜひとも天国にお招きしたい部類の人間だ。
報酬目当ての行動でなかったことにも好感が持てる。
だが、不可解な点も多い。
なぜ俺がヨナスを無力化した、まさに絶好のタイミングで、その男と憲兵たちは突入を仕掛けられたのだろうか。
偶然にしては出来すぎだ。
物陰から俺とヨナスの闘いを監視でもしていて、俺が都合のいい窮鼠として猫を噛むのを待っていた……一般人を巻き込む事件に発展させ、ヨナスを確保するために。
そう考えた方がしっくりくる。
はたして、男とは何者なのか。
謎だらけの現状を呑込んでしまおうと、くいと俺は水を飲む。
……不味い。
「しっかしキミ、見た目に寄らず意外にお金持ってるんだね」
すると。
藪から棒にリリはこんなことを言った。
「貧乏くさいと思って悪かったよー。ごめんね」
「なんでそう思ったんだ」
奇想天外な発言に、俺は首を傾げた。
この殺風景で風通しの悪い部屋に泊まっていて、何年も着古した安物の服に擦れたマントを羽織る……そんな奴の何処に、金持ちの要素があるというのか。
リリは人差し指を立てた。
「――だぁって個室に天蓋が付いてて、こんな立派なベッドで寝れて、おまけに水場だって個人で勝手に使える宿に泊まれてるんだよ?
そんなの、相当偉い人でもなきゃ、一日で泥棒扱いされちゃうよ!」
「『宿に三日泊まる者、信用するべからず』みたいなもんか」
「そうそう!
だから、未だパンも肉も食べてなくて、盗賊に襲われた後の異邦人みたいな恰好をしてるのは、キミが質素な暮らしを望む奇特な金持ちゆえなんじゃないかな、って予想したんだ!」
「ふーん」
「どう、当たってる?」
リリの言うことは、ある意味正しかった。
普通の宿なら大部屋に複数人が押し込まれて、床に雑魚寝して腰を痛めるまでが都会の洗礼。
寝台のある個室で泊まれるなんてラッキーは、かなり地位の高い行商人や巡礼者でなければ先ず有り得ない。
推理としては、及第点を上げてもいいレベルだろう。
……しかし、彼女は一つ忘れている。
個室でも安く泊まれる、貧乏人にとって最大の祝福的条件がこの世にあることを。
その事実を、俺はぶっきらぼうに教えてやった。
「――まぁ呪われてるからな、この部屋」
「……はい?」
「呪いだよ、呪い」
その途端、リリの頬が大きく引き攣った。
殺人事件の真犯人とこれから殺されるモブが一対一で向かい合うシーンのように、大きく目を見開いて固まっていた。
俺は説明してやった。
「宿屋のおっさんが言うにはな。この部屋に泊まった奴らは、全員不幸な目に遭うんだと。
馬に撥ねられたり、足を踏み外して底なし沼で溺れたり、冤罪で死刑にされたりってな感じでね」
「ウソだよね?」
「事実かどうかは知らないけど、そこの寝台に払魔のお札は貼ってあったぞ。俺も半殺しの目に遭ったばっかだし、案外噂は本当なのかもな」
「ははは……マジでございますか?」
「マジでございますよ。夜中に足音が聞こえるとか、壁に血の手形がべっとり付いてたとかって話も聞いたから、もしかしたら幽霊でも出るんじゃないか?」
「~~~!」
恐怖心で血の気の引いた顔をするリリは、ぷるぷると全身を震わせていた。
どうやら怖いものが駄目らしい。先ほどまでの威勢はめっきりと消え失せ、檻の隅で丸くなった小動物のように縮こまっている。
湯屋で俺に暴力を振るったり、やたらとデカい態度を取ったりしていた時とはえらい違いだった。
その反応をみて、俺のなかに悪戯心が芽生える。
「……さてと」
水差しの水を全部飲み干した俺は、よいしょっと大仰な身振りで立ち上がる。
そして、放置された荷物の中から財布と鉄剣を取り出すと、リリの方を向き直った。
半泣きで上目遣いに見上げてくる彼女は、まだ俺の次の行動を予測できていなかった。
肩を抱き、唇を震わせ、純粋無垢な眼差しを此方に向けている。
俺は剣を担いだ。
「んじゃ。採用試験の出願をしに、闘技場へ行ってくるわ」
「……ふぇ?」
「別にお前は好きに過ごしてていいぞ。どっか出かけたい時は、下にいる宿屋のおっさんに一声かけてから出てくれ。俺は夕方に戻ってくる」
山へ木を伐りに行く樵が、出発前に家族へその日の予定を告げる。
そんな調子で淡々と述べると、俺は部屋を出ようとした。
リリの脇を通り過ぎ、錆びたドアノブに手をかける。
本気で彼女を置いていくつもりだった。
その意地悪い意図に、ようやく気付いたのだろう。
床下が火事にでもなったかのように焦り倒したリリは、勢いよく椅子から立ち上がった。
そうして、頬を膨らませた顔でこう言うのだ。
「――ちょっと、置いてかないでよ! わたしも一緒に行くからさ!!」
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