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第12話 その名はリリアーナ・アルストロメリア……(以下略)

「で、お前の名前は?」


 水を一口飲んだ俺は、巫女服姿の彼女に質問を投げかけた。

「契約をしたにはしたけど、まだ聞いてなかったよな」


 フンッ、と鼻を鳴らす彼女は、さも不満そうに腕を組む。


「……覗きが趣味のスケベ野郎に、名乗る名前なんて持ち合わせてないでーす」

「まだ、へそ曲げてるのか。あれは、木戸のとこに『入浴中』の木札をぶら下げなかったお前にも非があるんだぞ?」

「でも、せめてノックぐらいしてよ! おかげでわたしの裸を君は……あー、今思い出しても顔から火が出そう」


 そう言うと椅子の背もたれに身体を預け、ため息交じりに彼女は舟を漕いだ。


♦️


 …………あれから。

 結局俺は、湯屋に入ることができなかった。


 当然だろう。

 あれ以上彼女ともめ事を起こしたくはなかったし、男女兼用とはいえ女子の湯浴み直後の湯を利用すればあらぬ誤解を受けることは必至。


 潔く入浴を諦め、落ち着きを取り戻そうと俺はしばらくの間井戸の前で顔を洗っていた。

 そして十分に血を冷ました後、井戸水の入った水差しを手に部屋へと帰る。


 部屋の戸を開けると、室内にはなぜか例の彼女がいた。


 俺が顔を洗ってボケーッとしている間に侵入を果たしたのだろう。

 何食わぬ顔をして、彼女はボロ椅子に腰かけていた。


 そんな極々自然に寛ぐ彼女の異常性について、俺は全く追及しなかった。

 対面の席に着き、縁の欠けた木のコップに水を注ぐ。


 そうしていまに至るというわけだ。


♦️


「――まぁ、過去のことは赦してくれよ。じゃなきゃ話が進まない」

「えー。もっと謝罪しなさいよ、頭を深々と垂れてさー」

「はいはい、ごめんごめん、すいませんすいません」

「……誠意が感じられないんだけど」


「とにかく、だ。互いの名前を知らなきゃ始まるものも始まらないだろ?」

「……」

「俺の名前は、イオリ・ミカゲ。

 ――お前、名前はなんて言うんだ?」



 ふぃっと肩から力を抜いた彼女は、腕組みを解くと自分の胸に手を当てた。まるで自分は某国の姫なのだと言わんばかりの、いやに気合の入ったポーズだ。


 「おほん」とわざとらしく咳払いを挟むと、やっと彼女は自身の名を明かした。



「――わたしの名前は、リリアーナ・アルストロメリア・フロクス・バン・メリッサ。

 その正体は何を隠そう、百年の眠りから目覚めた世にも珍しい人型の精霊よ。

 千の魔法を操り千の技能を謳う、精霊界でもエリート中のエリート。

 それこそが、見目麗しきこのわたし…………存分に崇めなさい、ヘンタイさん?」



「なげぇよ」


 無意識のうちにツッコんでしまっていた。


「せめて『ユリ科』なのか『マメ科』なのか『バカ』なのか、由来を統一してから名乗れ」



 相手の精霊は、エヘンと胸を張っていた。

 ずいぶん偉そうな態度である


「この名前はね、百年前に友達が付けてくれた大切な名前なの。きみのイオリ・ミカゲって名前より数万倍価値があるんだから」

「嘘つけ。そんな長い期間あのオブジェの中で熟成された精霊なら、もっと清楚で御淑やかな性格になってるはずだ」


「ホントですよーだ。だからわたしには、悪人に売られそうになるくらいの価値があるの」

「……まぁいいや。リリって呼ぶから」

「あっ、勝手に略さないでよ!」

「なんで?」


「君は知らないでしょうけど、この名前にはとっっても深い意味が込められてるんだから!」

「へー(棒読み)」

「いい? 例えば、リリアーナって名前はユリの小花を表しているんだけど、その花言葉には『洗練された美』っていうのがあって――」



 話半分に耳を傾け、俺は口に付けたコップを傾ける。


 亜人専用の宿に引かれた水なだけあって、その品質はかなり悪かった。一口飲むだけで芋虫の体液のような臭いが鼻を抜ける。

 風味の劣化は、水道管理局の浄化魔法のせいだ。

 味を優先して腹を下すよりはマシなのだろうが……やはりこの都会の水にはまだ慣れそうにない。


(それにしても……)


 テーブルの向こうで、リリは自分の名の由来を饒舌に語っている。

 その快活な姿を背景に、俺は人生の巡り会わせというものについてぼんやりと思った。


(……精霊使いになったんだよなぁ、俺も)


♦️


 世間一般では意外に思う人が多い事実なのだが、精霊使いという職業人口はこの国でも多くいる。


 確か去年の統計では、千人に一人の割合で社会に溶け込んでいるという結果になったはずだ。

 町を歩けば肩に精霊を乗せた人間とすれ違うことは間々あるし、急に台頭するベンチャー企業のほとんど精霊の力を借りているとまで言われている。


 それだけ精霊使いは身近な存在なのだ。



 そして、精霊には人間の様な自我がある。

 人語でコミュニケーションを取ることもできるし、個体にもよるが感情だって豊か。

 クラウディアと契約している鷹の精霊が良い例だろう。


 自分の存在をこの世界に固定化する代わりに、己が持つ力を貸し与える。

 それが人と精霊が結びし血の契約。


 ――人と精霊は、対等関係の下で手を結んでいた。



(しっかし、この世に『人型』がいるなんてなぁ……都市伝説だと思ってた)


 精霊には幾つかタイプがあり、それぞれに特徴がある。


 体躯が小さく、連携の取りやすい『昆虫型』。これがヨナスのアゲハチョウ。

 強き野性の力を持ち、ある程度独立して行動できる『動物型』。これがクラウディアの鷹。


 他にも精霊は数タイプに分類されるのだが…………中でも『人型』は、世界的にも希少と言われている。


 理由は未だによくわかっていないが、一説によると「連続する自然現象が像を帯びたものが精霊であり、自然と対極の位置にいる『ヒト』という像では精霊化しにくい」らしい。


 なんにせよ、リリが闘技場の地下で違法取引されそうになった理由は、彼女がレアな精霊だったからだ。


 そんな精霊と俺は契約した。

 養成所に入る金がなく、外部の選抜試験をパスしなければ精霊騎士になれない俺にとって、このタイミングで精霊使いになれたのは、まさに奇跡だ。



 となれば、善は急げ。


 今日中に闘技場へ行って選抜試験の出願をしてしまおう。

 精霊騎士になって正式に決闘を申し込めば、いくらクラウディアも断れない。


 ようやく自分に風が吹いてきた。そう思い、俺は大きく胸を膨らませる。



「…………あれ?」


なぜか、ヨナスに罅を入れられたはずの鎖骨は、全くもって痛まなかった。


 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!

 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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