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図書館のゴリラ

 ────『図書館にゴリラが現れる』。


 その噂は都市の王城にも、魔術学園にも広まっていた。

 アートマンが来て数日、奇異な瞳は窓の外からも向けられている。

 

 窓からのそれは、特に朝方に多い。

 ひと目見ようと登校途中の生徒たちが、ひとつの窓に集まって彼を見ているのだ。


 まだまばらな利用者たちは大層居心地悪そうにしている。

 しかしアートマンは意にも介さず山積みの書物に目を通していた。


 この土地の歴史や因習、栄えた神に廃れた神、魔術における儀式や世界中の伝説の武具など、調べ物に枚挙がない。

 

 朝早くからあんな巨漢が本をめくっているなどという姿は年ごろの生徒たちからすれば物珍しさの対象として相応しいものがある。

 本人ももう慣れてしまっているのか、勝手にしやがれと言わんばかりの雰囲気だ。

 

「噂は本当だったんだ……確かにあの筋肉、まるでゴリラだなハハハ」


「なにを調べてるんだろう……?」


「おい、そろそろ授業始まっちまう。行こうぜ!」


 ひとり、またひとりと離れていき、外からの視線に解放された内部に安息の空気が流れた。

 やれやれといった雰囲気が漂う中、アートマンは背後で別格の気配を感知する。

 

「ずいぶんと注目されているな君は」


 その人物はアートマンの隣に座り。


「お陰で私もこの数日は楽しませてもらってるよ」


 その人物は怪しい雰囲気を醸し出しながらも美しい見た目をした神秘的な青年だった。

 思わずアートマンも書物から目を離して、しばらく視線を向けるほどだ。


 青年は微笑みながら、手に持っていた本を開き始める。

 

「見世物じゃあねぇ」


「そう言っても君のその見た目では難しいだろう。そうそう、難しいと言えば君の読んでいる本。ずいぶんと難しいそうなものばかりだ。……なにかお探しかな?」 


 関係ねぇだろと言いかけたが、青年の視線はアートマンの傍らに置いてあった2本の槍に向けられていた。

 妙な間合いのようなものを感じたが、アートマンは構わずページをめくる。


「動じないんだな。私はコソドロかもしれないよ? 君のソレを狙っているのかもしれない」


「白昼堂々と真正面からか。そりゃご苦労さん」


「無愛想だなぁ君は」


「初対面とそこまで話すことはねぇってことだ」


「そうか。それは申し訳ないことをした。私はシャマール。愛と死の伝導者さ」


「愛と死だぁ? ロマンチストだな。詩でも詠んでくれんのか」


「どちらかというと詩集を読んでいるほうが多いな。私はどうも詩の才能がないようでね。だが人にはどうしても伝えたいことがあるだろう? そういうのを学んでいる」


 酔狂なことをと思いながらも、自身の『目的』を思い浮かべれば大差はないと感じるアートマン。


(いや、むしろ俺のほうがこじらせているか……)


「どうしたんだい黙り込んで。君もまた愛と死について考えていたのかな?」


「なんでそうなる」


「君からは鋭い死の匂いがする。これまで出会ったどの戦士よりも、どの魔術師よりも……そこまで来ると、もう"呪い"だ。拭いきれないコールタールのようなね」


「言ってくれるな。それで? そんな俺には死神が来るってか?」


「死神……あまりその表現は好きではないな。ただ、そうだな……大いなる運命と、だけ」


「へっ、それこそチープだぜ」


「すまないね。良い言葉が見つからない。……なにを求めているのかは知らないでおこう。だが少しは考えてみるといい」


「ふん、愛と死をか? くっだらねぇよ」


「くだらないことはないさ。覚えておくといい。命はただ生きているだけでは輝かない。愛と死について考えるときこそ、命は神が如き輝きを持つのだ」


「テメェ、なにを言って……────」


 本から視線を青年に向けたとき、彼の姿はそこにはなかった。


「……どこにでもいやがるな、あぁいう意味深なヤローはよ」


 あぁいう輩に出会うのは初めてではない。

 預言者のような者もいれば、聖女のような者もいた。


 だがその誰もが、なんらかのタガが外れている。

 穏やかそうに見えて、その瞳の奥は理想という狂気に満ちていた。


 仲間のように共有したがっているように見えて、寂しがりやのように結論を急ぎすぎているような。

 

 だがシャマールは違う。

 その身にまとう雰囲気も言葉も、その瞳の奥の光も、すべて落ち着いた一定の気配があるのだ。


 ブレない、といったほうがいいだろうか。

 何者にも侵害されないなにかを持っていると言うべきか。


 そんなシャマールの登場でペースを乱されたアートマンは、気晴らしに外へと出ることにした。

 日差しを浴びながら明日も晴れそうだなどと、たまの呑気な気分に心をほぐしていると。


「あ、見つけた! おーい!!」


「げっ、テメェは……」


 息を切らしながら走ってくる、忘れようにも忘れられないあの女。

 逃げるように方向転換をするが、急にダッシュしてきてしがみついてきた。


「はなせッ!!」


「いーやーだ! さっき逃げようとしてたでしょ!」


「そのとおりだよ! どうせまたトラブル持ち込んできたんだろ!?」


「え、なんでわかったの!? あ、じゃあ……」


「じゃあ、じゃねぇよ! 自慢の武器でなんとかしな!」


「それができない事態になってるから言ってんの!」


「どういうことだおい」


「友達が、私の友達が……ッ!」


「……落ち着いて話せ。なにがあった?」

★★★★★、ブックマークぜひぜひお願いいたします!!

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