魔槍イシュタム
「でぇぇえりゃあああああッ!!」
拳闘士さながらのファイティングポーズからなる強烈な拳技。
一撃ひとつひとつが、並の者なら即死に値するだろう威力を持っている。
「ぐぅうう!」
「へっ、どうした殺し屋。そんなナイフ捌きじゃ俺は殺せねぇぞ」
「やるじゃないか。まさか人間にここまでの存在がいるとは思わなかったよ」
「ぬかしなッ!」
殺し屋の巧妙なナイフ捌き。
アートマンの攻撃のタイミングや軌道をこの短時間で読み取り、一太刀、また一太刀と傷を入れていく。
殺し屋は自身に魔力を回し、身体能力を格段に上げていた。
「分厚い肉の壁が……ッ! 貴様本当に魔術師か?」
「魔術が使えるだけだ。魔術師って言えるほどお偉いもんでもねぇよ」
「なるほど、俺と同じタイプの人間か。ではこれならばどうだ!」
黒い外套から放たれる無数の投げナイフ。
アートマンはそれをすかさず魔力障壁で防ぐも、殺し屋にとってそれは狙いの行動だ。
瞬間移動が如き速度で背後に回り込み、首や腰にナイフを突き立てようと振り上げた。
「ちぃ!」
蹴りや拳では間に合わないと判断し、背負っていた槍の1本ですかさず手に取り、防御ないし受け流しを行った。
「ほう、それは杖……いや、槍かな? グルグル巻きにされているからよくわからんな……だがようやく本気になったということか。嬉しいぞ。殺し甲斐がありそうだ」
殺し屋はさらに魔力を回し、ただでさえ超人的な身体能力をより底上げした。
最早人外の領域といってもよいくらいに戦闘能力は上がり、ただ立っているだけで周囲の物品を破損させるほどの覇気を見せる。
「ククク、どうだ素晴らしいだろう? これが俺の真の力だ。誰も俺を殺すことなどできない」
「……」
「ククク、いいぞその沈黙。わかる、わかるぞ? この俺のパワーを目の前にビビっているんだろう? なに、恥じることはない。強すぎる俺が悪いのだからな」
「テメェ、山賊退治の依頼した女を裏切ったんだってな」
「ん? あぁ、あのガンスリンガーか。銃の腕ならあの都市随一とも言われるトリガーハッピーだったけか。だが俺からしたら隙だらけの女だったよ」
「だろうな」
「それに今のご時世、正規で働くよりもこうして裏社会で悪人のために働いてるほうがよっぽど儲かる。ここの山賊は俺のお得意さんのひとつでねぇ。それを潰そうなんて言うあの女は邪魔だったんだ。だから見せしめに、目の前で裏切り殺してやった。……あとは知らん。山賊どもがあの女の身体からなにかを取っていたが、俺にとってはどうでもいいことだ」
「そうかい……それを聞いて安心したぜ」
「ん?」
「テメェ相手なら、"これ"を使うことに躊躇しなくていいってことだ」
槍を覆っていた布がバラバラと弾けるように取れていく。
「な、なん、だと……?」
「ひ、ひぃッ!」
「な、なに……あれ?」
槍、というにはあまりにも禍々しい見た目だった。
まるで呪われた邪悪な大樹の枝を折って、そのまま武器として使っているような。
どこからどこまでが穂で柄なのかわからぬデザインのそれの至るところに"まぶた"があり、一気に開眼する。
同時に殺し屋の身体に異変が起こった。
「ま、魔力が……魔力が回せないッ!? なぜ、どうして!?」
「お、おい……殺し屋ァ! なにやってんだ早く殺せ!」
「無駄だ。この『魔槍』は死神だ」
アートマンは地面が隆起するほどの踏み込みで、殺し屋目がけて直進する。
戦場の猛将か、果ては地獄の鬼が憤怒に駆られたような形相で、魔槍を握りしめ慌てふためく殺し屋に振り下ろした。
このとき殺し屋は自身の死を確信した。
長年死と隣り合わせでいて、死を商売にしてきたからこそわかる直感。
常人ならここであの魔槍に抉り潰されるだろう。
だが殺し屋は最後の意地を見せて、身を捩りながら後方へと回避した。
(あと一歩! あと一歩後ろへ! じゃなきゃ死ぬぅ! ぬ、うぅおおおおおおおおおおおッ!!)
得意の身のこなしをフルに使ったことで穂先は胸から腹をかする程度で済んだ。
魔槍は勢いよく地面に突き刺さり、アートマンもそこで動きを止める。
「フハ、フハハハハハハッ! や、やったぞ! どうだ! 見たか! これが一流の動きだッ! なにをしたかは知らんが、たとえ魔力を封じたとしても、臨機応変に対応できるこの熟練性! 相手が悪かったな……! 次はもうかすらせもしねぇ!!」
そう意気込んでナイフを構える殺し屋。
そんな彼をアートマンは冷めた目で見ながら、突如布で魔槍を巻き始めた。
「な、お、おいッ!」
「終いだ。テメェはもう終わったぜ」
「なにを言って────」
次の瞬間、殺し屋の胴体が爆発した。
肉片をまき散らし、吹っ飛ぶ頭部はなにが起こったのかもわからず驚愕の表情を浮かべながらゴロゴロと無様に転がっていく。
これが、魔槍の能力。
相手の魔術的な才覚やパワーをすべて封印するだけでなく、負わせた傷を任意で爆発させることができる。
自殺の神の銘を冠するそれは『魔槍イシュタム』。
世界にふたつとない、最上位級の伝説武器だ。
「ひ、ひぃいいいいッ!! ば、ば、化け物ッ!」
「さぁ次はテメェか。拳でいいなコイツは。夜明けまでまだ時間あるからよ。じっくりたっぷり遊んでやるぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべ近づいてくるアートマンに恐れをなし、逃げようとしたときだった。
「どこ行くっての?」
行く手を阻むようにハンナがいた。
手には子分が持っていた銃、カチャカチャとリロードをしながら睨みつけていた。
「お、お前……死んだはずじゃッ!」
「私の武器、どこ?」
「……と、砦の中だ。売ってもいねぇしまだ使ってもいねぇ。俺の部屋にあるッ! 本当だ! こ、こ、殺さないでくれぇ」
「やだ」
引き金とともに山賊の長の身体は仰け反るようにして吹っ飛ぶ。
ドシャリと倒れた長に近づき、ハンナは残弾すべてを撃ち込んでいく。
一夜にして阿鼻叫喚地獄へと変貌した砦に、山賊が来る前の静寂さが戻った。
「ふぅ……終わった終わった。ありがとねアートマン。お陰でスッキリした」
「……おう、てか見てたのかよ」
「あ、ちょっと待ってて。武器取りにいくから。あとは、お宝も持ってかない?」
「勝手にしろ」
特にハンナを待つ理由はなかったが、アートマンはまだ壊れていない木箱の上に座った。
目を閉じて深く呼吸を繰り返しながら、戦闘の熱気を冷ましていく。
しばしの休憩だ。
しばらく歩きっぱなしでろくに休んでもいない。
都市についたら……と、ハンナのいない静かな時間の中思考を巡らす。
まだまだ行くぞ~!
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