アートマン・ラグナギウス
都市から離れた谷にある山賊の砦。
かつて古い時代において、そこは街道と関所として交通と検問を以て人々が安全に行き来していたのだが、今となっては、その地形や廃墟を利用され、山賊たちの要害となっている。
「なるほど。確かに守りは固そうだな」
「ホラ、あそこに砲台が6つもある。裏から回り込もうにもすぐ崖だから無理。行くのなら正面しかない」
「そんなのによくもまぁ挑もうとしたな。まぁいい。ここで待ってろ」
「待ってろって……どうするの?」
「決まってんだろ。ちょっと大暴れしてくる。注意が俺に向いてる隙に中へ入れ」
「あの人数をひとりで!?」
「今のお前連れてっても大した戦力にならねぇだろうが。それに、ひとりで戦うほうが性に合ってんだよ俺は」
そう言うやアートマンは正面から歩いていく。
夜の谷で黒いマントを不気味に揺らしながら、松明ともる砦へと強い殺気を立ち上らせた。
そしてそれは、歴戦の猛者である山賊の長の第六感に大いに響くことになる。
子分たちが狼狽する中、長は戦いの準備を指示した。
「こんなでっけぇ気配、魔物でも出せるもんじゃあねぇッ! この悪寒は……相当ヤベェ!」
子分を引き連れて外へ出ると、見張りをしていた子分たちが全員死んでいた。
ただの死に方ではなく、大きく硬い物で思い切り殴り飛ばされたかのようにひしゃげてしまっている。
「ひぃ!」
「こ、こりゃあ一体」
「お、親分! あそこに!」
指差した先にいたのは黒マントの男アートマン。
どこまでも黒ずんだ瞳を見開くようにして山賊たちを見据えるアートマンの姿に、誰もが怯んで動けなくなってしまった。
「テメェなにもんだ? 俺のかわいい子分どもをこんなにしてくれやがって……タダで済むと思ってんのか!?」
「夜分に悪ぃな。テメェら絡みのクソッタレな縁ができちまったんでね……今、機嫌が悪いんだ。あの世で好きなだけ文句垂れてていいからよ。────死んでくれ」
拳を鳴らしながらアートマンは一歩一歩踏みしめ、全員に対して憤怒にも似た形相を向ける。
それはまさに地獄の底から目覚めた鬼神そのもの。
「ひ、怯むな! 全員で囲んで斬りかかればどうとでもなる!」
「そ、そうだ! おい、銃もってこい!」
剣や槍を持った山賊がアートマンに襲い掛かる。
だが、戦意たっぷりの咆哮は、すぐさま断末魔へと変わった。
黒いマントから露わになる筋骨隆々の肉体。
特に上腕部・前腕部は、人間のそれというにはあまりにも鍛え抜かれ過ぎていた。
鋼鉄の棒を振り回すかのようなラリアットが山賊の頭を3人まとめて破裂させる。
「あ、悪魔だ……アイツは悪魔だ、化け物だ!」
「ひ、怯むな! おい、撃て! 撃て!! 味方に当たってもかまわん!」
最初こそ味方に当たることを懸念した子分たちだが、アートマンの腕力に恐れをなし、半ば発狂状態で引き金を引いていく。
「……安もんの銃で俺が殺せるかよ」
即座に展開した魔力障壁によって次々弾かれていく。
アートマンの行動は早く、猛牛のような勢いでそのまま突っ込んでいった。
並の速度ではなく、山賊の長はなんとか躱せたが子分たちは皆その巨躯からなる高速タックルによって轢き潰されてしまう。
「ば、化け物めぇ……ッ!」
「あとはテメェだけか? ……いや、いるな。魔力で気配を消してるが、ひとり。なるほど、例の殺し屋か」
(こ、コイツ! さっきの魔力障壁といい……魔力の扱いにも長けてやがるッ! こんな魔術師がいるなんて聞いてねぇぞ……一体どこの差し金だ)
焦りの中で山賊の長は冷静さを取り戻そうと、殺し屋のことを思い浮かべる。
そうすると自然に心が落ち着いていった。
(そうだ。いくらこの筋肉野郎でも……アイツを殺すことはできねぇ。へっ、誰の味方かは知らねぇが運が悪かったな)
「出て来いよ。そこにいるんだろう?」
松明の火で陰る暗闇の中、フワリと姿を現す仮面の人物。
対峙しただけでもわかるほどに、その殺気と闘気は山賊たちの比ではない。
ふたりの対決の前触れに、地面がチリチリと小さく音を立てる。
そんな中、ハンナは砦に入り込み、内部へと侵入しようとしていたが、ふたりのそれに目を奪われ、物陰で様子を伺っていた。
(すごい……あれだけの数を一瞬で。何者なのあの人)
アートマンと名乗る男の強さと闘気に生唾を飲む。
そしてこの戦いで、彼女はアートマンの片鱗を知ることとなるのだ。
本名、『アートマン・ラグナギウス』。
────かつて世界の均衡を崩しかけた男。
次話は……夜ですかね
★★★★★、ブックマークぜひぜひお願いいたします!!