ムツミとの会合
次の日の朝、時間通りにムツミは図書館にやってくる。
アートマンは昨日の最初のハンナとのやり取りを思い出していた。
『もしかしたらムツミさ、アートマンのこと前から知ってたんじゃない?』
ハンナの声を反芻しつつ、応接室で静寂に耳を寄せていた。
しばらくして廊下のほうから靴音がふたり分聞こえてくる。
「アートマン、お待たせ」
「おう、悪いな」
「おはようござッス!!」
ムツミは両手を後ろに、足を肩幅に開いて大きな声でお辞儀をする。
自慢の赤毛をまとめたポニーテールがブンと揺れた。
手入れを欠かさないらしく、いい匂いがアートマンのほうにまで届く。
「お、おう。相変わらず……元気いいな」
「オッス!」
「まぁいい、座れ。……すまねぇ、少しだけふたりだけにしてくれ」
「うん、いいけど……」
マリアンヌはそれぞれにコーヒーを出して、応接室から出た。
静寂とコーヒーの薫りが、ふたりだけの空間に色合いをもたらす。
ぎこちなさが残る空気が徐々に柔らかくなっていき、アートマンは自然と話を切り出した。
「まだ弟子になりてぇって思いは変わらねぇか?」
「はい、自分……先生の弟子になりたいッス」
「……ちょっと聞きてぇんだが、いいか?」
「はい、なんでも!」
「……お前、俺の過去を知ってんのか?」
「……はい」
ムツミは一瞬視線を逸らすも、悲壮な瞳を向ける。
「シィペトテク教団。教祖『レウコティア・イーノー』の愛弟子のひとり。彼女の死後、教団随一の賢者として君臨して、その後……」
「……」
レウコティア・イーノーは彼にとって特別な存在だった。
ロゴスを教えてくれたのは彼女であり、【白い女神】の異名を持つ女導師だ。
師弟の関係でありながらも、互い思い合っていた。
ともに協力して、世界をより良くしよう、と。
その中で一緒に暮らそう、いつかふたりだけで、静かな場所で。
それはほんの一瞬の過去の幻視。
思わず目を指で軽く押さえた。
「……なんで知ってんだ」
「意外かもしんないですけど、自分ン家は暗殺稼業で食ってた一族なんです。だから色んな伝手があるんです」
「暗殺稼業か……しかも過去形ってこたぁ……」
「うす。色々あって、依頼主の裏切りで自分以外皆殺しになっちまったんです。自分は崖から落ちて、運良く軽傷で済む程度だったんで……」
壮絶すぎる人生だ。
元気いっぱいに挨拶をするあの姿の背後に、暗殺の世界に生きる者の哀しい闇を彼女は抱えていた。
「この都市に来るまで色んな仕事しました。どんなに汚くても、どんなに安くても……」
「それで食っていってたんだろ? ……続けろ」
「……かの教団が滅んだのを知ったのは3年くらい前です。そこから情報を集めて、そんときに先生を……アートマン・ラグナギウスを知りました。アナタが賢者と呼ばれていたとき、ほかの弟子たちが裏でなにをやっていたのか。そしてそれを知ったアナタが、なにをしたのかを……」
「教団員皆殺し……そこまで知ってんならもう言いよどむ必要ねぇだろ」
「────ッ!!」
「……やれやれ、すっかり暗い話に逸れちまったな。俺の話はもういいだろ?」
「え、あ……その」
「今はお前の話だ。……ぶっちゃけ、この俺の弟子になりたいとかおかしいだろ? この流れで」
「いえ、全然」
即答に近い彼女の姿に類友という言葉を思い出したアートマンであった。
ハンナとつるむわけだ。
「先生は命の恩人で、メッチャ強いお人です! 自分は、そんな先生に惚れちまったんです。一生ついていきたいって思ったんです!」
「俺はただの愚か者だ。賢者とか先生とか言われるような奴じゃあねぇ。言ってみりゃならず者だ」
「それを言ったら自分もッス」
「……俺は誰も弟子にしない。お前に進んでなにかを教えてやろうとも思わない。────学びたいことがあるのなら、自分で学べ。その中でわからないことがあったら、まぁ聞くだけ聞いてやる」
「せ、先生? じゃあ……」
「勘違いするな。お前は弟子じゃない。弟子じゃないが、学びたいことがあるのなら勝手にしろ。それだけだ」
「ありがとうございますッ!!」
立ち上がって深々と礼をするムツミを見て、アートマンは話は終わりだと応接室を出ようとする。
「あ、先生、どこへ?」
「……調べ物だ」
「お手伝いさせていただきます」
「いらん。ひとりがいいんだ」
「先生は……先生はなにを求めてるんですか? あの教団をブッ飛ばしたあと……どうして過酷な旅をしてここまでやってきたんですか?」
ムツミの問いに足を止めて、アートマンは視線のみを彼女に向ける。
ムツミの瞳は真っ直ぐ彼をとらえており、単なる好奇心ではないことを悟った。
ハンナと同様、ムツミも知りたがっている。
気になる対象のあれこれを詮索しようと、見極めようとしているのだ。
「……『アラハバキ』」
「え?」
「なんでもない……」
そう言っていつものあの空間へ行こうと、廊下へと出た。
それを黙って見送るしかなかったムツミは、胸の前でキュッと両手を合わせるようにして握る。
聞き取ることができなかったが、さっきアートマンが呟いた直後、どこか寂しそうに感じたのだ。
そして去り行く背中は、森の迷子のように小さく見えた。
────あの人になにがあったのだろう。
ムツミはアートマンのことをもっと知りたくなった。
そうしないと、切ない気持ちで押しつぶされそうになったから。
「先生、自分、頑張ります……おともさせていただきますッ」




