路地裏の信頼
入り組んだ裏路地。
人気もなく、ほどよく物陰ができる場所でハンナとアートマンはようやくひと息と座り込んだ。
「お疲れさまアートマン。すごい戦いだったね。あの……ロゴスって?」
「知らなくてもいい」
「え~、知りたいなぁ。だって、あの黄金の女を圧倒したんだよ! しかもタイマンで」
「簡単に言えば魔術とはまた異なる力。もう使わないと思ってたんだが……。へっ、わかんねぇもんだな」
「槍、使わなかったね」
「まぁな。強すぎるしなにより目立つのは避けさせたい」
「ふ~ん。私に見せちゃったけどね」
「お前しゃべったんじゃねぇだろうな?」
「まさか。そこまでは言ってないよ」
「わかった。信じる」
ありがと、と短くこたえて軽く伸びをするハンナ。
両腕をグッと伸ばし、パタパタと足を動かすと、とわずかに髪とその豊満な胸が揺れる。
無意識かつ無自覚なのか。
もっとも際どい衣装をまとっている地点で、本人にとっては大丈夫なのか。
アートマンも女に興味がないわけではない。
出会ったときより距離が近くなったゆえか、変に意識してしまう。
彼女が視線に気づく前に、話題を別に振る。
「そういうお前も、あの銃の腕はどこで?」
「あ~あれ? まぁ、自己流?」
「認めるよ。お前は銃の天才だ」
「お、嬉しいねぇ~」
「あとはその性根さえ叩きなおしゃ一人前だ」
「あっひど~い! ……ぷっ、あっはっはっはっはっはっはっはっ!」
「ははは……」
こうして笑ったのはいつぶりだったか。
マリアンヌの前でもこうして笑っただろうか。
そして、『あの人』の前でもそうして笑っただろうか。
アートマンの中でひとりの女性のシルエットが浮かぶ。
そうなったときのアートマンの姿は特徴的だ。
普段から彼には、その図体には似合わないほどの物憂げな感じを持っている。
色々と疲れた人間にある姿だ。
だがあるひとりの女性についてふと考えるとき、そこはマリアンヌでさえも踏み入れない聖域になるのだ。
「どうしたの?」
しかしハンナはかまわず踏み入る。
それでどうということはないのだが、近付きがたい雰囲気をハンナは気にも留めなかった。
「……え?」
「え、じゃないよ。さっきからなに考えてるの? ……あ、わかった! 女の人でしょ!?」
「な、な、なんでこの流れでそういう発想が出てくるんだ!」
「なんとなく? あ、もしかして図星?」
「関係ねぇだろ」
「もしかしてさっきの女じゃないよね? ダメだよ。あれはクズだから」
「お前も大概だけどな」
「あ、ひっどーい!!」
「半分冗談だよ。……まぁそこは置いといてだ。そろそろいいだろう。俺は街に出て、もうひと回りしたら図書館に戻る。お前は?」
「半分ってのが気になるけど……う~ん、じゃあアナタについていく。ふたりで回ろ」
言うと思ったと彼は否定や肯定の言葉もかけずに、そのまま街のほうへと歩き出す。
ハンナがうしろからついてくるが、特に咎めもしない。
裏路地から出ると、変わらない賑わいがふたりを迎える。
行き交う人々の波に揺られながら、ふたり並んで市中を歩いた。
音楽に合わせてベリーダンスを踊るうら若き乙女たち。
熱狂的な空気に観客たちも感嘆の息を漏らす。
生命の脈動、精神の呼応を感じながら、アートマンは一瞥をやりながら通り過ぎようとしたとき、ベリーダンサーのひとりの娘と目が合った。
彼女はウインクをくれた。
観客は気付いていない。
よくある光景だ。
偶然目が合った殿方にそういった所作をすることで印象づける。
「へっ」
金貨を1枚。
背中越しから指で弾いて、隅にあった籠にいれる。
「アートマン今お金入れた?」
「目ざといなテメェは。入れたからなんだ?」
「べっつに~。そういうの興味あるんだって思って」
「なんとなくだよ。深い意味はない」
「ふ~ん。ねぇちょっと小腹すいちゃった」
「……なんか屋台で食ってくか?」
「うん!」
待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに飛び上る。
本当に目についた適当なもの。
ふたり並んで座り、サンドウィッチめいた軽食を黙々と食べる。
ガトリング砲のようにしゃべってくるかと思ったのだが、気を利かせてくれたのか、それとも特にそんな気分じゃなくなったのか。
「なんか、さっきの戦闘が嘘みたい」
「現実感ないってんだろ。そんなもんだよ」
「そうかなぁ」
「なんなら戦場行った方がいいんじゃあねぇか?」
「いや、戦場はちょっと……」
「わがままな奴だな」
「この街、好きだからあんまり離れたくない」
「まぁ生まれ故郷ってのはなぁ」
「違うよ」
「え」
「私の出身は小さい村。親が死んでからはずっと放浪の旅をしてたの。銃とか山刀は形見なのよ」
驚くことに、彼女は元々異邦人だったようだ。
「色んな街とか村とか寄ったんだけどねぇ。どうもしっくりこなくって」
「大方ドンパチやりすぎて追い出されたんだろ」
「なんでわかったの?」
「わかるわボケ」
「……私は命がけで戦っただけなのにぃ」
「ま、しゃーねぇさ。でもそのお陰でこの大都市に来れたんだからいいじゃねぇか」
「うん、アナタとも出会えたしね」
「……ふん、言ってろ」
奇妙な縁というにはあまりにも。
これっきりと思っていたものがここまで長続きするとは、実に皮肉めいたものを感じるが、特段悪い気はしなかった。
「じゃあ、俺はあっちだ。そのほうが図書館にすぐつく。お前もさっさと帰れよ」
「りょーかい」
ハンナと別れて図書館へと戻るころには日は傾きかけていた。
今日1日だけでもイベントが多すぎたゆえか、リフレッシュのつもりが疲労が溜まってしまった。
「今日は早めに切り上げるか」
図書館内は相変わらず、見知ったようなメンツが書物とにらめっこしている。
あれはないかこれはないかと本棚を漁る者もまだいた。
叡智への探求は一種の重力場のように、ひとりひとりにのしかかっている。
自分もまたそのひとりだと密やかに思いながら、いつもの席を確保していつもの書物を開き、続きを読んでいった。




