「大好きです、結婚してください!!」と、転生少女は推しに叫ぶ。
「大好きです、結婚してください!!」
私、フェミナー・キーファはその人を見た瞬間、そんなことを叫んでいた。
――その瞬間、その場が固まったのを理解していたけれど、私はそれどころではなかった。
目の前にいる青髪の美しい顔立ちをした男の子――サラデーレ・セラフ。親を亡くして、ギルドで幼いころから働き始めた秀才。いずれ貴族にその才能をかわれ、後見を得て、魔法学園に通うことになる私の前世からの推し!!
そう、私には前世の記憶がある。
前世ではバリバリのキャリアウーマンだった。仕事が何よりも楽しくて、仕事を優先した結果、二十代で彼氏にフラれてからはおひとり様を満喫していた。
そんな私が気まぐれに手を出した乙女ゲーム。テレビの画面にかじりついて、ひたすらにゲームをしていた。
そのゲームは剣と魔法の世界のゲームで、悪役令嬢なんかはいなくて、学園に入学したヒロインが聖女になって恋をしていくっていうストーリーだ。ストーリーが分かりやすく、基本的に登場人物が不幸にならないその物語に私は引き込まれた。
リアルイベントにも参加していたし、ドラマCDだって買っていた。はまり込んでいたそのゲームには私の推しがいたのである。
その推しこそ、今、私の目の前にいるサラデーレ・セラフ。
私の愛してやまない推し。
いや、もう小さなころからどれだけかっこいいの? 私はときめいてばっかりなのだけど。本当に綺麗で、幾らでも見ていたい。
「えっと……」
困惑した表情の推しも麗しい。ああ、カメラが欲しい。どうしてこの世界にはカメラがないんだろう?
カメラがあったら幾らでも推しの写真を撮るのに。
それにしてもしゃべったぁああああ!! っていう気分である。でも推しの言葉を聞き逃すまいと私は黙る。それにしても声も素敵。乙女ゲームで聞いていたままの声。ああ、もうその声で囁かれたい。お休みボイスとかほしい。素敵!!
私の心は大興奮である。
「フェ、フェミナー!! 何を言っているんだ。お父さんは許さないぞ!!」
「パパ、黙って!! 私は推しの返事を聞かなきゃいけないの!!」
「推し……? というのは分からないが、駄目だぞ!!」
私の今世のパパがショックを受けたように私に声をかけてくる。
ちなみにここは私のパパの職場である。私はパパの職場にやってきて、推しに出会えたのだ。ああ、パパありがとう。パパのおかげで私は推しに出会えました!!
「……まだ君は子供だろう。結婚は出来ないよ」
「じゃあ大きくなったら結婚してください!!」
推しに断られたけど、私はまた言った。
その後ろでパパが「まだフェミナーには結婚の話なんてはやい!! お父さんは許さないよ!!」と叫んでいる。
その時、私六歳、推しは十二歳だった。
*
「サフ君、私と結婚してください!!」
「……なんか挨拶みたいになってない?」
私の推しであるサフ君に出会ってから早二年。私は八歳、推しは十四歳になった。
嬉しいことに私は推しをサフ君呼び出来るようになったのである。滅茶苦茶嬉しい。
ちなみにここはパパであるギルドマスターの職場である冒険者ギルドだよ!! 推しは両親を亡くして、冒険者ギルドで働いているんだよねー。
徐々に大きくなっていく推しに出会えるなんてとても素敵。
なんて幸せなことだろう。いや、でも欲を言うならば、私は推しと同じ年が良かった!! 何故、私とサフ君の年の差は六つも離れているのだろうか。
私はサフ君が大好きで、サフ君と結婚したくて、サフ君の特別になりたくて仕方がない。だけれど、年の差というのは残酷だ。
同じ年だったならば、同じ学園に通ってサフ君と一緒に学園に通う事が出来たのに。大好きなサフ君が乙女ゲームのヒロインに攻略されるなんて嫌だああああああ!! って言う気持ちでいっぱいだ。
いやね、推しが幸せになるならいいっていう人もいるかもしれないけどさ。私はそういうのは嫌なんだよね。私はサフ君と出会って、サフ君とリアルで接してサフ君が大好きで仕方がないってそんな気持ちで一杯なんだよ!! サフ君と結婚したいし、サフ君に囁かれたいし、サフ君に抱きしめられたいし。私は煩悩に満ち溢れているよ。
それにしてもあと二年もすればヒロインと出会う学園にサフ君は行っちゃうんだよね。嫌だなぁ。私はサフ君をヒロインには取られたくないの。
「……フェミナー、どうしたんだ、むずかしい顔をして」
「ああ、もう私を心配してくれるサフ君かっこいい。大好き!!」
「……君がいつも通りで安心したよ」
「もう私はサフ君が隣にいてくれるだけで幸せなの!」
ちなみにギルドでこんな会話をしていてもすっかり周りは慣れた様子である。パパは私が如何にサフ君を愛しているかを伝えたら分かってくれた。
今では私の本気をすっかり分かっているのか、応援してくれている。
ちなみに私はサフ君と並び立ちたいから色々とパパやママ、それにギルドによく来る冒険者の人に色々習っているよ。魔法がもっと使えるようになりたいしね。
「サフ君、私将来凄い美人さんになると思うよ!! ね。私と結婚しよう」
「はいはい」
「釣れないサフ君も素敵!」
でもママも凄く美人さんなんだから私も美人に育つはずなんだよね。
だからサフ君と同じ年代だったらサフ君をドキリとさせられたと思うんだけどなぁ。はやく大人になりたい。ああ、でもその時にサフ君が結婚してたら嫌だ。ヒロインにサフ君が好意を寄せたらどうしよう。嫌だなぁ。
そんなことを思った一年後、サフ君は貴族の後見を得て、魔法学園に通うことが決まった。ああ、やっぱり乙女ゲームと一緒。サフ君……ヒロインのことが好きになっちゃうかなと落ち込んでしまう。
「……嫌だな」
「何が?」
「わっ、サフ君!!」
嫌だなと呟いた言葉をサフ君に聞かれてしまって驚く。大好きなサフ君の接近に気づかなかったなんてっ。
それにしてもすくすくと大きくなるサフ君、麗しい。もう大好き。やっぱりサフ君と一緒の年代だったらよかったのに。こんなに小さな私はサフ君と一緒に学園になんて行けない。
私はサフ君の横顔に見とれてしまう。ああ、こんなに素敵なサフ君が私以外の誰かのものになるなんて嫌だなぁ。
「……サフ君」
「なんだか今日は大人しいね?」
「サフ君、かっこいい。大好き。……サフ君、学園に行っても私のこと忘れないでね。ちゃんと帰ってきてね」
そう言ったらサフ君に頭を撫でられた。
ああ、私推しに頭を撫でられている!! なんて幸せなんだろう。
「僕は学園にいる間もギルドには来るよ。卒業後もね。貴族の後見を得て学園には通うけど、僕はこのギルドを大切に思っているから」
そうは言ってもサフ君はヒロインに夢中になると、ギルドには確か来なくなるのだ。それにヒロインと恋をしたら、そのままギルドで働く事なく貴族になっちゃうのである。
サフ君、ちゃんと戻って来てくれるかな。
「サフ君、約束ね。ちゃんと、戻って来てね。そして戻ってきたら私と結婚して!!」
「最終的にそうなるんだね、フェミナーは……」
「当たり前だよ。私はサフ君のこと、大好きなんだもん!!」
大好き、大好きと、何度も何度も口にする。その言葉をサフ君がどれだけ信じてくれているかは分からない。子供の戯言だと思っているかもしれない。
それでも私はサフ君のことを大好きなのだ。前世から含めてずっとずっと大好きなのだ。
サフ君が戻ってきた時に、良い女になっておかないと!!
「フェミナー、元気かい?」
「サフ君!!」
学園に通うようになったサフ君は、とても素敵だった。制服姿が素敵すぎて、私は幾らでも見ていられると思った。
サフ君は思ったよりも、ギルドに顔を出すことが多かった。もちろん、学園との距離があるから前ほどではないけれど、サフ君が来てくれるというだけで嬉しかった。
サフ君はそろそろヒロインと出会っているはずである。
私はそれが気になっている。サフ君は……全然前と変わらないように見える。乙女ゲームの世界では、サフ君が恋をして、ヒロインに甘える描写もあった。……サフ君、私の大好きな声でヒロインに囁いているのかな。嫌だな。
「……サフ君さ、誰か気になる人とか出来ていない?」
「神妙な顔して何を聞いているのフェミナー。僕は勉強しに行っているんだから。それよりも最近大人しいね? 何を気にしているかは分からないけど、今まで通りでいいよ」
私はサフ君がヒロインとくっついていたらと気にして、大好き、結婚してと言うのを少し抑えていた。とはいえ、サフ君を見ると「大好き!」「かっこいい!!」「結婚して!!」って我慢しても何度も告げてしまうのだけど。
それでも私が少し我慢していることはサフ君にはバレバレだったらしい。ああ、長い付き合いだからこそ、こうしてサフ君が私のちょっとした変化に気づいてくれることが嬉しい。サフ君、愛している。
「サフ君愛してるぅうううううう!!」
そう言ってサフ君にとびかかれば、サフ君に避けられた。
「サフ君、何で避けるの!?」
「……いや、君のお父さんの目見なよ。ギルドマスターが凄い目しているから」
……パパは私の事を応援してくれているけれど、それでも娘である私がサフ君大好きってしているとたまにそういう目をしている。
それにしてもサフ君大好き。
ヒロインとどうなっているか分からないけど、私は幾らでもサフ君大好きって言い続ける。
大好きです、結婚してくださいって、出会った時と変わらずに私は言い続けるよ!!
サフ君が本当に誰かと結婚するとかなら私にそれをちゃんと言ってくれると思う。だからこそ、私はサフ君からそういう報告を聞くまではずっとサフ君に好きと言い続けると決めた。
サフ君は学園に通っている間もちょくちょくギルドにやってきてくれていた。
私はサフ君が恋人が出来たって報告をしないのをいいことにずっとサフ君大好きって言い続けた。
「ねー、サフ君、本当に恋人とか出来ていない?」
「出来ていないな」
……サフ君はかっこいいからきっと告白されているだろうし、サフ君と結婚したいって言っている人が沢山いるだろうに、それでもサフ君が恋人を作っていないことには驚いた。
サフ君は結局学園を卒業するまで、恋人が出来たという報告を私にしなかった。
「サフ君、卒業おめでとう!! 大好きです、結婚してください!!」
「……花、ありがとう」
サフ君は花束を受け取ってくれたけれど、私の言葉をいつも通りスルーしていた。
私十二歳、サフ君十八歳の時のことである。
私も胸も少しずつ大きくなってきたし、少しずつお姉さんになってきているのに、サフ君は私に相変わらずなびいてくれない。
ああ、でもサフ君にまだ恋人がいないなら、私はもっとサフ君に求婚するよ!! サフ君と結婚したいもん!!
*
サフ君は学園を卒業してから、貴族と結婚したり、王家につかえたり――といったことはなく、ギルドで働き続けることにしたようで、サフ君が学園に通う前と同じようにギルドに顔を出してくれることが嬉しかった。
「サフ君、大好き」
私は今日も今日とて、サフ君に大好きと言い続けている。
私ももうすぐ十四歳を迎える。十五歳になったらサフ君が通っていた魔法学園に私も通うことになっている。
来年、サフ君の後輩になれると思うと楽しみで仕方がない。
でもサフ君と中々会えなくなると思うと嫌なので、やっぱり好き、大好きって沢山伝えようと思った。
「サフ君、私サフ君一筋だからね」
「サフ君は相変わらずかっこいいね」
「サフ君あのね――」
六歳の時から早八年。
ずっと私はサフ君に大好きって告げ続けている。だけれど、サフ君はいつも通りである。
サフ君は恋人を作る気配もない。ちなみにギルドでサフ君に手を出そうとしている女性もいるけど、そんな人とは私がお話をしている。
サフ君に好きな人が出来たら別だけど、そうじゃないなら、私がサフ君の恋人になりたいもん。
そうして、学園に入学する少し前にも――私はいつも通り告げた。
「サフ君、大好きです。結婚してください!!」
いつも通りの言葉である。サフ君にどうせ簡単に流されるんだろうなと思っていたのだけど、予想外の言葉が返ってきた。
「……フェミナーが学園卒業したらな」
「もうサフ君は冷たい……って、え? サフ君、今なんて言った? 私と結婚してくれるって言った!?」
聞き間違いじゃないかと慌てて問い返す。
私の願望が生み出した幻聴だろうか……と思ってしまったのだ。
「そう。フェミナーが学園から卒業したらいいよ。それまでは恋人ね」
「……やばい。幻聴? サフ君が私になびくなんて……。私があまりにもサフ君を好きすぎて、サフ君と結婚したすぎて、こんな幻聴を聞いてしまっているのだろうか……ブツブツ」
「……フェミナー」
「サフ君はとってもかっこよくて、私の推しで、今世で会えただけで幸せなのに、まさかサフ君が私の言葉に……ブツブツブツ」
「フェミナー!」
「はっ、サフ君。ごめんなさい。サフ君が結婚してくれるって幻聴を聞いてしまって、思わずトリップして――」
「幻聴じゃないよ。君は全く……僕が結婚するよって言ったらなんで現実逃避しているの?」
サフ君の声が近い。サフ君が私の目を見て真っ直ぐそう言っている。
……って、幻聴じゃないの? 私は絶賛、混乱中である。
「……サ、サササフ君、近くない? というか、サフ君、私と本当に結婚してくれるの? サフ君、私のこと、好きになってくれた?」
「恋人なんだからいいでしょ。何年もずっと好きだって結婚してくれって言われたら僕だって気にかかるからね。フェミナーのこと、好きになったんだよ。君が何度も好きだって言ってくれたから」
そう言ったサフ君に抱きしめられた!!
私は、どうしたらいいか分からず混乱している!!
いや、まって本当に? 夢じゃない? サフ君、私と結婚してくれるの?? と混乱中の私はサフ君の腕の中でようやく今起こった出来事を自覚し、「やったあああああああ!!」と大きな声で叫ぶのだった。
そうして「大好きです、結婚してください!!」とひたすら叫び続けて私は、推しの心をゲットする事が出来たのである。
やったー!!
――「大好きです、結婚してください!!」と、転生少女は推しに叫ぶ。
(何度も何度も叫び続けて、私は推しの心をゲットした)
フェミナー・キーファ
前世日本人。推しに今世で出会えてしょっぱなから求婚していた。
金色の髪を持つかわいらしい少女。ギルドマスターの娘で、魔法も得意。
告白し続けて、無事に推しの心をゲットした。この後、学園に通いモテモテになるが、サフ君一筋のため、黙々と勉学に励む。
サラデーレ・セラフ
乙女ゲームの攻略対象の一人。魔法を極めた秀才。
両親無くしてギルドで働いて生計を立ててた。その才能をかわれ、魔法学園に通うことになった。
乙女ゲームの世界ではヒロインと恋をしたり――とするわけだが、それより前にフェミナーと会い、フェミナーのことを気にしながら生きてきた。
日に日に女性らしくなるフェミナーを気にしていて、フェミナーが学園に入学する前に告白する。
書いてみたいなと思いついた年の差の乙女ゲーム世界転生ものです。
軽く読める感じの話にしたくて書いてみました。