夢
僕は最近、なんだか毎日に違和感を感じている。いつもとても楽しくて、みんなも優しいのに…なんだか…おかしいような気がするんだ…。
たとえば、お母さんとお父さんと、一緒に見た星空。深い深い藍色に、宝石の粉を撒いたように、星がきらきらしてた。ミルクをこぼしたような天の川が、藍に染まっていく。すごく綺麗で、よく覚えている。でも、時々、見たのは一回きりのはずなのに、その記憶がいくつもあるような気がして…。変だなとは思うんだけど、気のせい…と思うようにしてる。
そんなことを考えながら、僕は車に揺られている。お父さんとお母さんが「今日は驚かせてあげる。あなたに見せたいとずっと思ってた。」って言って、その場所に今向かっている途中だ。もう、車のライトが眩しい時間だった。でも、8月だから、なんとなく蒸し暑かった。
「どんな場所…」
そうつぶやいて、窓の外に目をやった。街灯がなく、暗くて何も見えなかった。少し怖かった。何か、お化けというか…そういうのがそこから出てきそうで…
「…あれ?」
僕は気づいた。この景色…この気持ちは、もう味わったことがある。そして、ここの道は…あの星空を見に行く道だ。
「ここ、前も来たことあったよね?」
僕がそう言おうと思ったとき、お父さんに遮られた。
「きっとびっくりするぞ。もうすぐだから、楽しみにしてろよ。」
「…?」
あれ、おかしいな…前にここに来た時と全く一緒の言葉…
「そのセリフ、前も聞いた気がするんだけど…」
「…」
「お父さん?え…?」
えっ、どうして…
聞こえてなかっただけかもしれない。でも…急に不安になった。
「ねえねえ、どんな場所なの、教えてよっ。」
「ははは、それは行ってからのお楽しみだ。」
「もー、意地悪しないでよぅ。お母さんは知ってるんでしょ?」
「だーめ、教えない。何も知らないで見たほうが楽しいわよ。」
…あれ、今僕なんて言った?自分の意志で出た言葉じゃない…
でも、今回はみんな反応してくれた。さっきのは気づかなかっただけ…か。
「ねぇ、実は…今どこに向かっているか、僕、知ってるよ。」
「…」
…え、やっぱり反応してくれない?どうして…
そうしていると、お父さんの声が響いた。
「よし、着いたぞ!」
僕は外に出た。見上げると、あの時の星空。今、時計は…8時…。長針が…あれ、汚れてて見えない…
前着いた時も8時だったはず…何分かは忘れたけど…
僕たちは星空を見終わり、車に乗った。
見ていた時も不思議だった。会話は前来た時と一緒だし、僕はしばしば思ってないことを口走るし、自分で話したときは誰も応えてくれない。
ガタガタと揺れる車。山を下りて、ポツポツと街灯が流れてくるのを数えていたとき、突然、大きな音と衝撃を感じた。
キキーッ!ドン!!
「!?」
ぐしゃぐしゃにブレた視界の中で、激痛が走った。
そして、何も見えなくなった―。
目が覚めた。
ここは…自分の部屋…そして、ベッドの上だった。
頭がすっきりしてる。さっきの痛みが嘘みたいに…
僕は起き上がって壁のほうのカレンダーをみた。今日は…1月…日にちが…汚れてて見えない?
さっきまでは8月だった。
あれは...夢?
窓からひどい雨の音が聞こえる。
「ちょっと!ご飯よ。はやく来なさい。」
僕は気づいた。この場面はもう、一度見たことがある…
ここは、きっと星空を見る前の1月だ。
なんとなく、わかってきた気がする。僕の…"違和感"…
それから、7か月が過ぎた。
今日は、あの星空を見る日。
あれから、汚れている場所がだんだん多くなっていって、みんなのしゃべる声もだんだん遠くなっていくのを僕は感じていた。そして、僕はこの…"違和感"…この世界の正体に気付き始めていた。
「ねえ、お父さん、お母さん…」
「…」
相変わらず、普通にしゃべってもだれもこたえてくれなかった。でも…僕は、もう慣れていた。もう、いいかなって、思った。
星空を見終わって車に乗った。急に悲しくなって、気づかない二人の後ろで泣いてしまったんだ…と思う。流れてくる街灯をポツポツと数えていたら、その時は来た。
キキーッ!ドン!!
全身に激痛が走る。久しぶりの、この感覚。
でも、今回は少し違った。
目を覚ますと、白い電灯の光が視界いっぱいに流れ込んできた。
ここは、病院のベッドだった。
少し頭が痛いと思った。だけど、汚れている場所はないし、音もはっきり聞こえた。
そして、あの"違和感"も、もう消えていた。
僕は、なにか長い長い夢を見ていたような気がした。徐々にこの空間にもなじんでいく。そして、夢を見る前のことも思い出した。
僕は、あの星空を見た後、交通事故にあったんだ。
「まあ、やっと目を覚ましたのね!」
看護師さんが僕の顔を覗く。
僕は、こう聞いてみた。
「あの…お父さんと、お母さんは…」
看護師さんは、残念そうな顔をしてこう言った。
「…もう……手遅れだった…ごめんなさい。」
僕は分かった。あの夢は楽しかったころの僕の"記憶"だったんだ。
きっと、僕は、気づいていたんだよ…お父さんとお母さんが戻ってこないことに。だから、あんな夢を見たんだ。でも…あの夢は、もう…
あの"違和感"の正体が、すべてわかってしまった。白い電灯の光が、再び消えていった―。