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遠慮はいらぬぶつかり合い~後編~

「どういうことですかエイキ!」


 シルケイはマッハでエイキの前に着地した。セルルに背を向け、顔をぐいっと近づけ嘴が刺さろうかという勢いでエイキに迫る。


「なんで俺に訊くんだよ!」

「どうせあなたがなにかしたんでしょう!?」

「まあまあシルケイ、落ち着いて。あたしが説明しよう」


 エイキとセルルが公民館に来てからの一部始終をセンキが簡単に伝えた。


「やっぱりあんたのせいじゃないかぁ――――ッ!」


 シルケイの足がエイキの鳩尾にめり込んだ。


「あんた今日はやられ役だね」


 センキに同情の欠片もない言葉をかけられながら、エイキはその場で悶絶する。


「ひと蹴りいれたことですし、早くセルルを元に戻さなければ……!」

「でもどうやって? あの体に真正面からぶつかるのはさすがにビビっちゃうよね」

「なんだぁ? 随分弱気じゃねえか」


 エイキが早々に復活した。


「お前ら親コンビが手をこまねくんなら俺がやってやるよ。一発ガツンと殴って正気に戻してやる」


 肩を回しながら自信満々で前へ出る。


「体中傷だらけで顔には血の跡がついてるのにやる気十分ですね……」

「鍛え方が違うからな」


 不敵に笑う。相変わらずずれたコメントを返す男だ、とシルケイは思う。


「さあいくぜ、セルル! 格の違いを教えてやらあ!」


 威勢よく叫び、エイキは大地を蹴って真っ直ぐセルルへ飛び込んだ。

 セルルが羽を大きく薙ぐ。


「うおわッ!」


 エイキの体が真横へ吹っ飛び、公民館の壁に激突した。手から鉄棒が転がる。


「こら! 壁に傷つけるな!」

「なんで真正面からいったんですか、あなたは……」


 エイキは地面の上に大の字に倒れた。呻き声を上げるだけで起き上がる気配はない。これまでのダメージの積み重ねが効いているのだろう。


「こりゃ本当に面倒なことになったね」

「わたしたちでどうにかしなければなりませんね」


 それは当然のことだが、敢えて口にすることで自分のやる気を刺激する。


「わたしがやってみます。センキは下がっていてください」

「ひとりでやるつもり?」

「わたしにはエイキのような腕力はありませんが、言葉の力を使うことはできます」


 シルケイは力強く言って、前へ進み出た。なにも殴って大人しくさせるだけが手ではない。こういった場合の手段には説得というものだってあるのだ。錯乱した相手に信頼関係のある者が声をかけ、正気に戻す。これぞまさに王道とも言える解決手段だ。

 シルケイは大きく息を吸い、吐く。呼吸を整え、セルルの意志の窺えない瞳を見上げる。


「セルル、わたしの声を聞いてください。あなたはいま――」


 セルルが羽を大きく薙ぐ。


「あ~~ッ!」


 シルケイの体が真横へ吹っ飛び、公民館の壁に激突した。


「不覚……」

「いでッ!? おい、人の上に乗るな!」


 落ちてきたシルケイの体にのしかかられ、エイキが意識を取り戻す。


「二人とも速攻で撃沈だね」


 視線はセルルに向けたままセンキが言う。


「わたしの声が届かないとは、無念です」

「顔を合わせて数時間じゃ父親もくそもねえしな」

「ああ…………無情です」


 シルケイは悲痛な面持ちで天を仰いだ。


「本当にどうしようかねえ」


 センキは動かない。迂闊に前へ出ればシルケイたちと同じようにやられるだけだ。幸いセルルが目の前の相手に対して警戒しているからか自分の方から積極的に動こうとしないのが救いである。いまのような調子で問答無用で暴れられたら手の付けようがない。


「これはわたしたちだけでは無理な状況ではないでしょうか」


 そう言ったのはシルケイだ。


「なんだよ諦めんのかよ」

「ここで無謀なことをするより加勢を得る方が解決の近道です」

「けど俺は人に助けを求めるのは信条じゃねえ!」

「あなたの信条なんていまは知りませんよ!」


 いつも通りの言い合いが始まろうとしたその時、セルルが身をわずかに屈めた。

 そして小さく唸り始める。


「親父のツッコミ聞いてやる気になったじゃねえか。遺伝子ってすげえな」

「感心はいりませんから!」

「シルケイ、早くしないとセルルが先に動いちゃうよ」


 セルルは臨戦態勢に入り、三人の姿をその瞳に捉えている。


「あたしはその案にのった。だからシルケイ、飛んでいって呼んできて。できれば昇一郎がいい」

「確かにこいつと対等に戦えるって言ったらあいつぐらいだな」


 エイキが呑気な口調で賛同する。


「あたしが時間を稼ぐから」


 早口でそう言って、センキは前へ出る。


「ちょっとセンキさん!?」

「セルル、ちょっと聞きなさい!」


 やられる、とシルケイは思った。セルルの羽の射程内に入れば自分たちと同じように薙ぎ払われて終わりだ。当然そうなると思ったのだ。

 しかし、


「あんた、あたしが誰かわかる? まだ会ってほんの少しだけど誰かわかるでしょ?」

「…………」


 セルルは微動だにせず、じっとセンキを見ていた。


「あれ? 話を聞いてる?」

「父親の語りは完全に無駄だったのに母親の声は届くんだな。さすが腹を痛めただけのことはある」

「誰の腹からも出てきてませんよ」


 なんてバカなやり取りをしている間にもセンキは言葉を続け、セルルはそれに大人しく耳を傾けている。


「ちょっとショックですがこちらとしてはありがたい。すぐに昇一郎さんを連れてこねば」


 シルケイは気を取り直し、空へ飛び立とうとした。

 だがそこへ、場違いな黄色い声が飛んできた。


「きゃ~~~~ッ! なにこれなにこれなにこれ!? デカすぎ!」

「なんだぁ?」

「デカい! これ絶対強いじゃん! 最強でしょ!?」


 聞いただけでエイキがことさら顔をしかめるその声は、聞き間違えようもなく恋するガーゴイルのゴンゲンであるカクルのものだった。

 公民館の屋根の上、四つん這いになって覗き込むようにセルルを眺めるカクルの姿。


「あの人がなんでここに……?」


 突然の登場に、シルケイも思わず動きを止めてしまった。


「ああぁぁぁ、スゴい…………。スゴすぎてスゴいしか言えないぐらいスゴい」

「おい、そこのアホ女! お前なんでここにいるんだよ!?」

「え? なによ、あたし弱いやつには興味ないんだけど」

「誰が弱いんだよ! 俺に負けたこと忘れたか!?」

「いまそれはどうでもいいですから!」


 ヒートアップするエイキを一喝し、代わりにシルケイが話を進める。


「どうしてここへ? ちょっと危ないんで離れた方がいいですよ」

「どうしてって、カラスたちに呼ばれたからよ。あなたに子供ができたことと、それを聞いてボスがよからぬことを企んだけど返り討ちにあったみたいな話をされて。別にあいつらを助けてやる義理はないけど、あなたの子供がこんな素敵な人だったなんて、無視せず来てみて良かったわぁ!」


 言っている間もカクルの視線はセルルに釘付けで、口はにんまりと笑みを作っている。

 ボスガラスがセルルにやられて計画が失敗した一部始終をどこからか子分のカラスが見ていたのだろう。そしてカクルに助けを求めた。だが、本人が言っている通りカクルにカラスたちに手を貸す理由はなにも存在しない。現にいまもカクルはセルル自体の強さに目を奪われている。


「なるほど。強いやつを求めるガー子からしたらいまのセルルはどストライクだな」

「かもしれませんけど、そういう状況じゃないでしょう……」


 と言っているシルケイもこんなことをしている場合ではない。いまもセンキはセルルを足止めしているのだ。すぐに昇一郎を呼んでこなくては。


「では、わたしは行ってきます。エイキ、戻るまでよろしくお願――」

「ねえお義父様、あたしと彼の交際を認めてくれない?」

「うわッ!」


 再び飛び立とうとしたシルケイの眼前に、瞬間移動の如くカクルが現れた。


「なんですか、そのおとうさまっていうのは!?」

「だって彼とそういう仲になればあなたは義理の父になるわけで、なにも間違ってないでしょ? あなたとあの…………えーっと、センキ? さん? とがそうしたように、二人は仲睦まじい生活を送るわけだし」

「話が飛躍しすぎだし、あなたは初対面のセルルを夫にするつもりですか!?」

「だってそれだけ彼って魅力的だもん。セルル君っていうの? 彼、昇一郎さんよりも強いかもしれないんじゃない? それに若くて将来性も抜群じゃない!」


 シルケイはいまのカクルの顔に見覚えがあった。昇一郎を初めて目にした時もいまと同じように輝いていたのだ。


「とにかくいまはそういうことを話している暇もない緊急事態なので――」

「なんで? なんで駄目なの? セルル君の意思を聞いていないから?」

「お前はまず人の話を聞け」


 エイキがぼそりと言う。


「だからそうじゃなくて――」

「わかった。じゃああたし思いのたけを精一杯伝えてくる。全力で!」


 カクルはひとりで結論を出し、その場でびしっと敬礼をした。


「お義父さん、あたし行ってきます!」

「あなたなんなんですかぁ――――ッ!」


 シルケイの悲痛な叫びを聞き流し、カクルはセルルに向かって突っ込んでいった。


「だからあんな単細胞で殴るか殴られるかしかコミュニケーション手段を持たない鬼は例外なんだから、もっとまともな人を見習って――って、えっ!?」

「セルル君、大好きぃ――――ッ!」


 説得を続けていたセンキの上を飛び越え、カクルはセルルの喉元に勢いよく抱きついた。

 大きく広げた両腕をぎゅっと締め、真っ白な羽毛に体をうずめる。


「あたし、ガーゴイルのカクルっていうの。あなたはあたしの運命の相手。だからあたしと添い遂げましょッ」

「いきなり変な女が出てきたんだけど。あれなに?」


 センキがシルケイたちを振り返り、困惑した顔をみせる。


「カクルさん離れてください、危険です!」


 シルケイは叫んだ。センキが言葉をかけるのをやめてしまえば、セルルがいつ暴れ出してもおかしくない。

 しかし、セルルの暴走状態など知りもしない彼女は身の危険など感じるわけもなく、


「あたし、こんなに体が大きくて逞しい人初めて見たわ。きっとすっごく強いんでしょ?」


 親しげにセルルに語りかける。


「聞く耳持ってねえな」

「早く逃げなさーい!」

「カラスも一発で倒しちゃったって話だし、あそこにいるバカ鬼とかも紙くず同然にぺしゃんこにできるんだろうなあ」

「あぁ!?」

「エイキ、ここは反応しなくていいですから!」

「あんな威勢が良くて口だけの赤ら顔したおっさんより、まだ若いのにドンと構えて大物感まであるセルル君の方が断然かっこいいし強いよね」

「ホント?」

「「「ッ!?」」」


 その瞬間、三人の身に電撃が走った。


「喋った……」


 セルルが口を開いたのだ。


「それホント?」

「あっ、やっと返事してくれた。ホントホント。セルル君と比べたら他のゴンゲンなんてゴミクズ同然の価値しかないもん」


 セルルの目に、光が宿っていた。意思を持った瞳になっている。


「なんで…………?」


 センキの口から漏れたのは当然の疑問だった。シルケイとエイキの二人も同じ問いを頭に浮かべ、カクルとセルルの姿を見守っている。


「僕はエーキより強い……。おっきいし、強い」

「そうだよ。下を見ればみんなちっぽけでしょ?」


 カクルに促され、セルルの視線が下りた。自分と向かい合う三人のゴンゲンの姿をまじまじと見る。


「……弱そう」

「ああぁ!?」

「だから反応しないでくださいって!」

「ぼく、こんなにおっきくなってたんだ。全然わかんなかった」


 セルルは翼を広げ、自分の体をしげしげと眺め始める。

 すっかり大人しくなったセルルを見て、シルケイはある可能性に気づいた。


「もしかしたら、セルルの暴走は破壊衝動によるものではなかったのかもしれませんね」

「……とういうと?」

「いまの言動から推測すると、セルルが正気に戻ったきっかけはカクルさんの言葉です。彼女が言った、強さを褒める言葉。それにセルルが反応したとすれば、その言葉によってセルルの中で暴走する理由がなくなったということです」

「意味がわかんねえぞ」


 顔をしかめ、エイキは首をひねる。


「セルルは強さを褒められることで暴れる理由がなくなった。であれば、暴れる理由となっていたのは強さを褒められたい、認められたいといった感情だったということです。それなら一連の行動も理解できます」


 エイキとシルケイが羽の一振りでぶっ飛ばされたのは強さを誇示するためだった。そして、


「あたしの話を黙って聞いてたのは、褒められるのを待ってたってことね」


 そうやって見せた強さを誰かに認めて貰いたかったのだ。


「身の危険を感じてコカトリスの力が目覚めたのと同時に、何故か強さを認めてほしいという感情が心を支配したようです。要は単純な承認欲求ですね」

「なるほどねえ」


 センキは数度小さく頷き、エイキの方に視線を向けた。それに合わせるように、シルケイの視線もエイキの方へ。


「うん? なんだよ、俺がどうかしたか?」

「いまの話を聞いていてわかりませんでしたか?」


 シルケイの顔には怒りが、


「なんでそんな欲求が生まれたかといえば、原因はわかるよね?」


 センキの顔には呆れがあった。

 シルケイはエイキの顔を指す。


「あなたが妙なことを吹き込んだからこうなったんでしょうが!」

「マジか!?」

「なんでわかってないんですかぁ! あなたが強さこそ正義とか親父をぼこぼこにとか教えたからこうなったんでしょう!?」

「えーっと…………。なるほど確かに」


 エイキはぽんと手を打った。


「では覚悟はいいですね?」


 シルケイの目が据わる。


「待て待て待て待て、ちょっと待て。だけどそのおかげでいまこうしてガー子の言葉で正気に戻ったんだろ? だったら結果オーライだろ。本当に破壊衝動で暴れてたらいまごろ町は壊滅状態だぞきっと」

「でも鉄棒投げてきっかけを作ったのはあんただよね」

「え……」


 一瞬の沈黙。


「制裁です!」

「うぐぇッ!」


 シルケイの足が腹にめり込み、エイキは公民館の壁まで蹴り飛ばされた。


「――だからあたしはいま流浪中ってわけ。正直不安もいっぱいあったけど、それも今日までかな。セルル君みたいな素敵な人を見つけちゃったんだもん。もう心配なんてなにもないよ」

「ホントに? ぼくって頼れる?」

「もちろんだよ~」


 そんな揉め事はどこ吹く風で、カクルとセルルは会話を弾ませている。シルケイは親の心子知らずと言う言葉を早々に味わっていた。

 ほっとしたような少し残念なような、すっきりしない気持ちを胸にシルケイはセルルを見上げた。すると、その顔がこちらを向いた。


「おとーさん、ぼくって強いんだって!」


 それは、無邪気というほかないものだった。朝方の小さく幼い彼と寸分たがわぬ声で発せられた無邪気な思い。

 シルケイは口元を緩め、頷いた。


「セルルは強い。わたしもそう思いますよ」

「あたしたちも胸を張れるってもんだね」


 続いたのはセンキの声。それはかなり棒っぽさがあったが、言われたセルルの方は満面の笑みを浮かべていた。その瞳はキラキラと輝いて見える。


「ぼく、もっと強くなるよ」


 セルルがそう言った時、破裂音がした。

 そして、庭を覆い尽くさんばかりのセルルの姿は消え去り、代わりに地面の上に小さな一羽のコカトリスの姿が現れた。


「戻った……?」

「あれ? ――えっ、嘘!? なになに!? セルル君なの!? やだかわいい~!」

「成長じゃなく変身みたいなものだってことね」


 そう言ってセンキが見下ろす先には、ほんの数分前に腕の中に抱いていた息子の姿がある。いまは速攻で地面に降りたカクルに、全力で抱きしめられている。

 シルケイはそれを見て、大きく息を吐き出した。自然と体の力が抜けていき、尻もちをつく。


「よかったぁ……」


 これで完全に暴走の心配はなくなった。同時に、シルケイの緊張も完全に解けた。

 父親初日にしてどうなることかと思ったが、大事にもならず事態は収まった。


「なんかすっごいいい! これがギャップ萌えってやつ? あたしセルル君めっちゃ好き~!」


 元に戻ってもカクルが手のひら返しをする様子もないので、セルルが再び暴走状態になることもないだろう。


「親になるって大変だねえ」


 センキがしみじみと言った。


「一般的な大変さとは違う気がしますけど」

「でもこうして息子に彼女ができる現場まで見てるし、結構一般的じゃない?」

「普通はそんな現場に立ち会いませんよ……」


 そもそも彼女というのはもう決定なのか、という疑問もある。だが、いまはそんなことを考えるのも面倒だ。

 息子には話を聞いてもらえないし、ぶっ飛ばされるし、他人からお義父さんとか呼ばれるし、四十のおっさんのせいで非行に走らされるし、彼女といちゃつくところを見させられるし、もう踏んだり蹴ったりだ。

 頭を垂れてもう一度息を吐いたところで、


「セルルはうちに置いておいた方がいいかもね。あの子がセルルに会いに来たりするならその方がいいでしょ?」


 センキがそう提案した。

 シルケイの脳裏には一週間前の出来事が浮かぶ。


「確かにエイキとカクルさんを会わせるのは避けたいですね」

「そうでなくてもセルルがエイキの悪い影響を受けそうだしね」

「セルルへの教育はよろしくおねがいします。わたしも時間を作って会いに来ますので」

「どーんと任せなさい。そっちはデカい子供がいてお守りが大変だろうしね」


 センキの言葉に、シルケイは公民館の方へ視線を向けた。そこにあるのは大の字に倒れる満身創痍の赤鬼の姿。


「ほんと、大変ですねえ」


 シルケイの顔には苦笑いが浮かんだ。






 ナズナにとって、三雲家の屋根の上は絶好の昼寝スペースである。見上げれば、雲ひとつない青空。本日は誠によい天気だ。昼の食事を終え、今日も今日とて屋根の上へと向かうナズナ。日光で瓦がフライパン状態になってないかだけが心配だが、ナズナは弾む気持ちで庭の梅の木を駆け上った。

 そうして見た屋根の上には、しかし先客があった。


「おとーさん、ぼくまた強くなったよ」

「そうそう。蹴りの威力はまだまだだけど、速度がどんどん増してるんだよ。体が小さいのもあって動きを追うのが大変大変」

「さすがセルル君! 成長性を感じ取ったあたしの目に狂いはなかったわ!」


 コカトリスに鬼にガーゴイルとバラエティ豊かな彼らは、それに比べて見た目にインパクトのないただの鶏を囲むようにして話を弾ませている。


「すっかり戦いの練習が日課になってるようですね」


 ただの鶏であるところのシルケイは、素直に喜べないといった顔で応えている。


「おとーさんもやる!? ぼく、戦ってみたいな。おかーさんとの練習だけじゃ飽きちゃうもん」

「それはわたしが惨敗する未来が見える気がするので勘弁してもらいたいですね……。しかしセンキ、あなたもなんだかんだでエイキと同じ喧嘩好きの血が――」

「そんなことないよ。あたしは愛する息子の願いを叶えさせてるだけ。決して誰かを殴りたいとか自分が殴られるスリルを味わいたいとかいう変態性癖があるわけじゃないから」

「その言い方だと俺にはそれがあるみたいじゃねえか」


 少し離れて胡坐をかいて座っていたエイキが口を開いた。


「俺もお前もただ戦うのが好きなだけだ。そんでお前のその血は息子にもしっかり受け継がれてるってことだな」

「わたしの要素は見た目だけなんでしょうかね」

「なに言ってんだよ。お前の性格はしっかり出てるだろ。自分の強さを認めてほしいとかいう承認欲求だっけ? あれなんてまんまおまえだろ」

「ちょっとちょっと、なに言ってるんですか。わたしにそんなところないでしょ」

「ばーか。自分で自分がわかってねえな。おまえよく俺に自分がいなければあれができないこれができないとか言ってるだろ。カラス退治もだし危険予知もだ。承認欲求バリバリだろうが」


 エイキに断言され、シルケイは戸惑いの顔を見せる。


「え? あれ? …………あ、確かに。確かにそう……言える? いや、でも……」

「シルケイはむっつりだからね。承認欲求まで隠しちゃってるから」

「おとーさんってむっつりなの?」

「そのワードチョイスは止めてください!」

「はっはっは、いいじゃないかシルケイ。むっつりだろうが丸出しだろうが欲求があるのは自然だよ。僕なんてあらゆる欲求は紅子との間で満たされてしまうから欲求不満の心配もないしね」


 快活な笑い声を上げたのは鯉のぼりの昇一郎だ。三雲家の屋根の上、空中にふわりふわりと浮かんでいる。


「その通りです、昇一郎さん」


 傍に寄り添う紅子が一段と体を密着させ、それに賛同する。


「僕同様にきみにはセンキがいるし、セルル君にはすでにカクルちゃんというパートナーがいる。なんの心配もいらないじゃないか」

「本当にお似合いのお二人です。これはまさに運命の出会い。末永い幸せを祈りますわ」

「いやぁ、そう思う? あたしも今回ばかりは、ガチだ! って思ったんだぁ。電撃走っちゃったよ」


 てへへ、とはにかむカクル。


「それ、紅子さんは裏の思惑がありますよね? 自分の恋路に邪魔な虫が消えてしまえばせいせいするとか、そういう意図で発言してますよね!?」

「別にいいじゃないシルケイ。結果的にはなにも変わらないし、息子を巻き込んで愛憎劇繰り広げられなければさ」

「センキ、フォローになってないフォローはやめましょうよ」

「しっかし、ガー子とセルルはすっかり親公認の仲なんだな。こんなやつでいいのか? 母親の嫉妬とかなんもねえか?」

「ちょっと、部外者がなに言ってくれちゃってんのよ! お義母様にそんなのあるわけないでしょ!? ねえ、お義母様」

「うん。ないねえ」

「淡白すぎるだろ。っつかガー子、誰が部外者だコラ!」

「部外者じゃん。親でもなんでもないし、ポジションとしてはお義父様の知り合いのただのおっさんでしょ?」

「小うるさい親戚のおじさんってやつだね、エイキ」

「わたくしも、説教くさいのはあまりよろしくないと思いますわ」

「寄ってたかってうるせえ! おまえら、俺に文句があるなら俺の領分であるこの屋根の上から退け! 話はそれからだ!」

「別にあたしは飛べるからなんの影響もないけど」

「僕らはすでに空中だしね」


 速攻で言い負かされているエイキ。それを指差しセンキが言う。


「セルル、何度も言ってるけどあんな風になっちゃダメだからね。強いだけじゃいけないんだよ」

「うん。おかーさんの言う通りだね。ぼく気をつけるよ」

「おいセルル、おまえ師匠に対してその認識はどうなんだ? ええ?」

「誰が師匠ですか! 勝手に変なポジションに立とうとしないでください!」

「待てよ。そこまで必死に拒否すんじゃねえよ」

「そんな世迷言を言ってる暇があったら、この家に関わる予期せぬトラブルを防ぐことの方を考えるべきです」

「なんだよ。急にどうしたよ?」


 場の空気とかけ離れた真面目なことを言い出すシルケイ。


「予知でもなにも出なかったし、備えることなんてねえだろ。カラスもあれから来てねえしよ」

「その考えが甘いんですよ。あの予知は直接的にこの家に及ぶ危険だけを知ることができるもの。わたしたち自身に及ぶ危険だとか不確定要素の強いものは予知できません。ここ最近だって、カクルさんのことやセルルの暴走のことは予知できなかったじゃないですか」

「そういやそうだな」

「わたしたちの身になにかあれば、それはこの家の守りが薄くなることに直結する。そんな事態は防がなければなりません」


 力強いその言葉に、昇一郎が感心する。


「いいねいいね。シルケイは随分やる気だね」

「父という立場になったことがそうさせるのではないでしょうか」

「おとーさんかっこいい!」

「きゃ~、お義父様素敵ぃ~!」

「さすがカクルは媚を売るのを忘れないね」

「断然俺のホームのはずなのにすげえアウェイ感だな……」

「ということで、そろそろみんな帰りましょう。ゴンゲンの役目は家を守ること。その役目を全うすることが第一です!」


 ゴンゲンの鏡ともいえるような教科書的なシルケイの言葉。しかしそれに対し、


「――けッ! そんな役目クソ喰らえだ!」


 突然の野次が上空から飛んできた。


「ゴンゲンなんざ、オレたちがボロ雑巾にしてやるぜ!」


 空にあるのは、群れを成したカラスたちの姿だった。その先頭を飛ぶのは、すっかり顔なじみとさえ言っていいほどに見知った顔。ボスガラスだった。


「あいつら……久々に来やがったな」

「結構な大所帯だが、そんなことは関係ねえ。完膚なきまでの敗北を知り一皮むけたオレたちの力、見せてやるぜ!」


 いままでにないぐらいに威勢よく吠えるボスガラスに対し、


「元気がいいなあ。エイキたちはいつもあんなのの相手をしてるのか」

「粗暴の権化といった振舞いですわね」

「ちょっと、あいつらあたしの存在無視してない? そりゃ公民館でのあれ以降一度も顔は合わせてないけど」

「ケンカ! ケンカ! また倒す!」

「セルル、屋根の上で巨大化は駄目だよ。あたしがカラスに向かって投げてあげるから思い切り蹴りを入れてきなさい」


 屋根の上の面々は存外呑気な口調で言葉を交わし合っていた。


「丁度いいところにサンドバッグが来たな」


 エイキの目がギラリと光る。手のひらに拳を打ちつけ、口を三日月に歪める。


「その顔だいぶ邪悪ですよー」

「生まれつきこうだからセーフだ」

「そういうルールありましたっけ」


 エイキが鉄棒を取りだし、シルケイが羽ばたいた。


「いっちょカラス退治だな」

「わたしの出番はありますかねえ」


 呟くシルケイに、


「ないんじゃねえか?」


 帰る気配がまったくない周囲のゴンゲンたちを見てエイキが答える。


「俺は久々にスカッと大暴れができればそれでいいけどな!」

「わたしは家が無事ならいいですよ」


 ゴンゲンの模範的な解答をしてシルケイは飛んだ。その下で、エイキがボスガラス目掛けて鉄棒を放つ。






 一連の光景を見て、ナズナは一度目を閉じた。

 頭の中で町の安眠ポイントを検索し、いくつか目星をつけてから目を開ける。そして、ナズナはそっと梅の木を下りた。


 こりゃ寝れないわ。


 赤鬼の怒号、鶏のツッコミ、青鬼の呟き、コカトリスの歓声、ガーゴイルの声援、まごいの笑い声、ひごいの賛美の声、そしてカラスの叫び声。

 三雲家の屋根の上は、寝るには少し騒がしすぎる。

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