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遠慮はいらぬぶつかり合い~前編~

 その日のシルケイは朝からおかしかった。

 普段から他のゴンゲンの所やらバッティングセンターやらにちょこちょこ出かけるエイキと違い、シルケイは大抵三雲家の屋根の上でじっと座っていることが多いのだが、その日のシルケイはそれにしてもやけに動きがなかった。

 本体である風見鶏の下にあるこぢんまりとした巣に腰を落ち着け、ぼんやりと空を眺めたり瓦をじっと見つめたり。

 話を振ってみても、


「しばらくは危険もないみたいだな」

「ですね」

「お前もバッティングセンター行く?」

「バット持てませんよ」

「お前は体鍛えてみたりしねえの?」

「興味ないです」

「昇一郎たちあれからどうしたかねえ。いっちょ見て来るか?」

「見てきたら教えてください」


 雑な返事で早々に会話を切上げられてしまう。。


「なにウザがられる恋人みたいなことしてんの?」

「どういう比喩だそりゃ」


 構い過ぎて、寝床を求めてやってきたナズナにエイキの方が不振がられてしまった。シルケイは三雲家の家族としての一員ではないし家そのものでもない――あとからついた付属品だ――から、いつもは彼のことなど気にもかけていないエイキが熱心に話しかけていたらそう思われるのも無理はない。

 エイキはシルケイに聞こえぬようナズナに事情を説明した。すると返ってきたのは、


「そりゃ物思いにふけることだってあるでしょ」


 つれない言葉だった。

 そして鬼に冷たい猫はさっさと体を丸めて寝てしまった。シルケイが静かで黙っているというだけなら、むしろナズナにとってはありがたいことだろう。

 そのことを抜きにしても、ナズナの言う通りシルケイのことを過剰に心配する必要などない。エイキもそう頭を切り替えることにした。子供でもあるまいし、なにか困っていれば向こうから言ってくるはずだ。

 そう結論付け、エイキは気分を変えようと町へ出かけた。

 そして昼。シルケイは朝のままの状態から変化していなかった。


「まだそのままかーい!」

「なんですかいきなりッ!?」


 エイキは堪え性がなかった。


「なんで一日中ぼけーっとしてんだよ。なにかあっただろ。教えろ。全部俺に教えろ!」

「帰って来たかと思えば、なんでいきなりわたしが詰問されなきゃいけないんですか!?」

「なんだいあんたら、相変わらずうるさいね」


 こちらもずっと寝ていたのか、丸まっていたナズナが騒がしさに目を覚ました。騒動の原因がなんであるのかは寝起きの頭でもすぐに気付いたようで、ナズナは眉間に皺を寄せてシルケイの顔を見た。


「あんたの様子がおかしいからエイキが気になるってさ。どうせ大したことでもないんだろうから、さっさと答えて納得させてやってよ」

「……状況は理解できましたが、なにか理不尽な言いようですね……」

「いいから言えや。なんだ? ガー子に触発されて流浪したくなったか? よし、わかった! 出ていくことを許可する!」

「自分の願望を押しつけないでくださいよ!」

「じゃあなんだよ? 早く言え。それを聞いたら俺もこいつもぐっすり眠れるから」

「相談に乗るとかそういう方向性は考えてないんですね……」

「なに? なんか悩み事でもあるわけ?」

「いや、そういうわけじゃありませんよ。別に悩みとかでは――」

「だったらなんだよ、早く言え。はっきりくっきり一言一句を聞き取れるように喋れ」

「え~っと……」


 詰め寄るエイキに対し、シルケイは歯切れの悪い言葉を返すばかりだ。

 この野郎……。

 イライラを募らせるエイキが一発吠えてやろうと口を開いたその時、どこからか大きな欠伸の声が聞こえた。


「なんだいまの?」


 欠伸といえば、とエイキの視線はナズナに向かうが、


「あたしじゃないわよ。そっちから聞こえたと思うけど」


 ナズナが顎で指したのはシルケイの座る巣だった。

 二人の視線が向かう先、シルケイの体がもぞもぞと動き始める。そして体と巣の隙間から、


「おはよー、おとーさん」


 くぐもった幼さの残る声とともに、一羽の小さな鶏の顔が飛びだした。

 エイキとナズナはあんぐりと口を開いた。


「おとーさん、だれ?」


 小さな風見鶏はエイキたちの顔をその大きな瞳でじっと見ていた。


「この二人はエイキとナズナさん。お父さんの…………友達みたいなものですね」

「子供の……風見鶏か?」


 シルケイの腹の下から顔を出したその鶏は普通の鶏ではなくゴンゲンだった。ゴンゲンであるエイキには見ただけでそれがわかる。


「なんでそんなのがここにいるわけ……?」


 ナズナの半ばひとり言のような疑問の言葉。それを合図にするように、二人の視線はシルケイへ向けられた。いましがたのシルケイの言ったことがすべてを説明している。それは確かだったが、本人の口から正確に事実を告げられたいという思いがあった。

 シルケイはなにかを観念したような、その一方でどこかほっとしたようなそんな顔をしていた。


「この子は、わたしの子供です。名前はセルル」

「子供!? ゴンゲンに子供なんてできるの!?」


 珍しく狼狽えた声を出したのはナズナだった。それと比べてエイキの方の驚きは少ない。


「なんだよ、それを隠してたのかよ」

「あんた、いつもはどうでもいいことであんだけ騒ぐってのに随分冷静だね」

「あー、お前は知らねえのか」


 エイキはナズナに視線を向けて説明を始める。


「他の生き物とは違うけど、ゴンゲンでも子供は生まれんだよ。交尾する必要なしで、男と女のゴンゲンの間に強い信頼関係だとか精神的な結びつきだとかよくわからんものがあると、その両方の特徴を受け継いだ子供ができる。腹が膨らむなんてこともねえし、どっちからのゴンゲンの所にエネルギー体の幼いゴンゲンがいつのまにやら出てくるだけだから、生まれるっていうより自然発生って感じだけどな」


 こいつみたいに、とエイキはシルケイの子供であるセルルを指差した。

 そうやって生まれたゴンゲンはエネルギー体のみであり本体を持たない。基本的には親のどちらかの家を守るために活動することになり、親からすれば家を脅威から守る戦力が増えるというメリットがあるのだ。また、それらのゴンゲンが子を成すことはできず、いわゆる祖父母と孫という関係はゴンゲンには存在しない。

 エイキにしてはわかりやすい説明を一通り聞き終え、ナズナは理解を示すように数度頷いた。


「なるほどねえ。あたしらの知らない間にいつのまにやら子持ちになってたわけか」


 セルルはシルケイの腹の下から這いだして、いまは巣の周りをちょこまかと走り回っていた。


「それで親になって心境に変化ができてたそがれていた、と。ゴンゲンの常識は知らないけど、子供ができたならめでたいんじゃないの? よかったじゃない」


 さほど興味がなさそうな口調でナズナがおざなりな言葉をかける。


「確かに鶏冠とか長いし見た目もそっくりであんたの子って感じ…………」


 改めてセルルを眺めたナズナは、そこで妙なものに気づいた。


「ん? …………その尾から一本伸びてるのって、蛇の尻尾じゃない?」


 シルケイの頬が、ピクッと反応した。


「シルケイにはこんなの生えてないでしょ? 他は完全に鶏なのにここだけなんで蛇の尻尾が生えてるの?」


 ナズナが指摘する通り、セルルの尾からは真っ白な尾っぽに交じって鱗に覆われた爬虫類のそれが伸びていた。

 シルケイは一瞬口ごもったのち、言いづらそうに口を開いた。


「この子、実は風見鶏じゃないんですよ」

「どういうこと? あんたの子なんでしょ?」

「それは事実なんですが、この子はコカトリスなんです」

「コカトリス? ってなにそれ?」


 ナズナの頭には疑問符が浮かんでいる。それを見てエイキが口を挟む。


「よしよし、ここは知識のない駄猫に俺がよく教えてやろう」

「なに調子に乗ってるのこの脳筋は?」

「コカトリスってのはどこぞの国の伝説上の生き物だ。鶏のケツから蛇の尻尾が生えた見た目をしてて、まあそのまんまこいつだな。特徴としては、吐いた息に触れたものを石に変えるとかいう力があって、あんまりいいイメージはないはずだ。生き物っていうか、化物って言った方が早いな」

「なんでそんな外国の伝説上の生き物がここにこうしているわけよ? しかもシルケイの子供として」

「たまにあるんだよ、そういうことが。基本、ゴンゲンは同じモノ同士で子供を作る。鬼瓦は鬼瓦、風見鶏は風見鶏って具合にな。その場合は当然子供も同じモノになるけど、そうじゃない場合も当然ある。親の本体が別々なモノの時だ。そういう時は、親の特徴を分け合って変わったゴンゲンが生まれることになる」

「だからって空想上の生き物が生まれるわけ?」

「伝説だ空想だっていうが、それはあくまで人間から見た時の考えだ。その括りで言えば俺たちゴンゲンとそのコカトリスは同じ。人間には見えねえからな。俺たちが思ってるほどの境界はねえんだよ。そもそも俺なんて鬼だぞ」


 昇一郎などもいい例だ。彼は人間の手で作られた単なる鯉のぼりでしかないが、精神体の状態であれば伝説上の生き物である龍に姿を変えられる。


「組み合わせによっちゃ、とんでもねえ化け物が出てきたっておかしくねえってことだ」

「……ふぅん」


 ナズナはそれでも腑に落ちないといった顔をしていたが、エイキはそれ以上説明しようとはせず、シルケイの方へ顔を戻した。そして、その口元ににやにやと笑みを浮かべる。


「ナズナ、大事なのはその先だぜ。こいつの子供としてコカトリスが生まれた。それじゃあ、相手は誰だってのが問題だ」

「べ、別にいいじゃないですかそんなことは」


 いままで大人しく口を閉じていたシルケイが、途端に慌てた声を出した。


「よかねえだろ。この三雲家を守るものとしてこいつの母親の素性は明らかにしてもらわなきゃあ困る。なんせコカトリスが生まれてきたんだ。悪人だったりしたら事だしな」

「そんな危険な人じゃありませんよ」

「じゃあ教えてくれよ。なんなら挨拶に行ってやろうか?」

「あなたは保護者ですか……」

「あたしもそこは気になるね。浮いた話なんて聞いたこともなかったのに、どこの誰をかどわかしたのか」

「人聞き悪いですね」

「そうだな。かどわかされた方の可能性もあるしな。――はっ! もしかしたらその相手ってガー子じゃねえだろうな。子供がこの家にいるんだから母親である自分もこの家のゴンゲンになるとかそういう理屈で潜り込もうと……!」

「そんなハニートラップには引っかかってないです」

「でもあいつも爬虫類っぽいし、そのせいで風見鶏じゃなくコカトリスが生まれたんじゃねえか?」


 エイキはセルルの尻で揺れる鱗に覆われた尻尾を見つめる。


「全然違います。それにあの人はまだ昇一郎さんを追いかけてるじゃないですか」


 カクルとの勝負からすでに二週間が経過していたが、エイキたちが知る限りカクルはまだ昇一郎を狙っているらしく、昇一郎が家から出るとどこからともなく現れるという話だ。もちろんそこには紅子もいるのでひと悶着起きるのがお決まりのパターン。まだ大事にはなっていないものの、いつか血を見るのは明らかだ。


「じゃあ紅子か」

「じゃあってなんですか」

「鱗ついてるし」

「知り合いの名前を取りあえずあげるのはやめてもらっていいですか」


 シルケイはすっかり呆れた顔をしている。エイキの出す名前が見当外れなのはともかくとして、母親が誰であるのか言うつもりは微塵もないらしい。


「しかし気になるな」


 エイキは腕を組み、首を傾げて唸った。

 すると、そこらを駆けていたセルルの動きが止まった。視線はエイキの顔に向いている。


「ん? どうしたんですか?」


 それに気づいたシルケイが声をかけると、セルルは羽を激しく羽ばたかせ、屋根瓦を蹴った。小さな体が浮き上がり、そのまま放物線を描いてエイキの頭の上へ。


「おわッ!」


 頭のてっぺんに着地し、そのまま腰を下ろす。


「おいおい待て。なんだこりゃ」

「乗っかったねえ」

「乗っかりましたねえ」

「なんでてめえは他人事なんだよ。下ろせよ、父親」

「しかしこんなに心地よさそうな顔をしているのに下ろすというのも……」

「風呂に浸かったおっさんみたいな顔してるね」

「どんな顔だよ」


 エイキからコカトリスの姿は見えないが、頭に感じる温かさはまったく動く気配がなくじっとしている。


「あんたの芝生みたいな頭がちょうど巣みたいで居心地いいんじゃない?」

「嘘だろ……?」

「ありえますね」

「てめえはなに真面目な顔で頷いてんだよ」

「父親としてはそのまま気がすむまで乗せてやってほしいんですが」

「それはいまどうでもいい。そんなことより話の続きだ。こいつの母親を教えろ」


 エイキは自分の頭の上を指差す。


「絶対に教えません」

「ほほう。だったらこっちにも手がある。お前が言わねえんなら直接探しに行くまでだ」

「探す?」

「ここいらのゴンゲンを総当たりすればどこかに当たりがいるだろうが。それにお前とそいつがよく会ってたんなら目撃情報もあるはず。俺は自力で探してやるよ」


 エイキは腰に手をあて、胸を張った。


「それに丁度いい。子供であるこいつがいれば向こうもシラを切通しにくいだろ。実の子供の前で自分は親じゃないとは言いづらいはず。それにゴンゲンの子供は生まれた瞬間から自分の親を正確に認識できる。目の前にいればこいつ自身が母親かどうかを教えてくれるってわけだ」

「あんたその子を頭に乗っけたままいくつもり?」

「おう」

「だいぶ恥ずかしいと思うけど」

「なに言ってんだよ。このままこいつの母親をつきとめられない方が恥ずかしいだろ」

「その男気はなんなのよ」


 本気で困惑するナズナを無視し、エイキはシルケイに尋ねる。


「別にこいつをつれていってもいいよな? 気がすむまで乗せておいてほしいって言ったんだからよ」

「それは構いませんが、危ない目にはあわせないでくださいよ」

「心配性だな。ゴンゲンなんだから死ぬこともあるまいし」

「自分の子供とはいえコカトリスなんて本物を見たのは初めてですから、いろいろと心配なんですよ。どんな力を持っているかわかりませんからね」


 コカトリスは決していいイメージを持たれている生物ではない。人間の脅威となりうる力を持っており、創作の中ではモンスターとして描かれることも多い。シルケイの懸念はそういった要素がどれだけこのコカトリスの中に存在しているのか、ということだろう。

 鬼たちはエイキのようにまではいかなくとも基本的には粗野で暴力的なものが多い。また、鯉のぼりも龍に姿を変えると攻撃性が増すのが一般的と言われている。人間に認識されているイメージは実際のものとさほど乖離がないのである。つまり、コカトリスであるなら、種族として攻撃的な本能を持っていることは十分に予想されるのだ。セルルもいまは無邪気なものだが、もしかしたらエイキ並みに粗暴で暴力的な精神が芽生える可能性だってある。

 そうなれば、さほど武闘派とは言えないシルケイでは自分の子供を力で抑える自信はあまりない。


「もしもの時は俺が腕力で解決するから心配ねえよ」

「その短絡的思考が不安の種なんですけども……」

「とにかく大丈夫だ。お前は母親を俺に看破された時のリアクションでも考えとけ」


 そう言い放って、エイキは屋根から飛び跳ねた。


「一時間程度で戻ってくるぜ!」


 頭の上にセルルを乗せ、意気揚々と母親探しに向かって行った。






「全然見つからねえ」


 三雲家を出てから一時間が経過。母親探しは難航していた。

 家を出た時とは打って変わってエイキの顔はげんなりとしている。


「お前の親はどこにいるんだよ」

「んー? わかんない」

「そりゃそうだよな」


 いまだにセルルは頭の上だ。辺りの様子を物珍しそうにきょろきょろと見ているらしい。

 ゴンゲンの親子というのは互いに親子関係であることを本能的に察知することができるが、それはあくまで対象が目の前にいた時だけだ。生まれてから出会うまでの間は誰かに教えられでもしない限り誰が親であるのかを知ることはできない。シルケイもそれをまだ伝えていなかったようで、コカトリスの口から母親のことを知ることは不可能だった。


「しっかし誰も知らねえな」


 知り合いのゴンゲンの所や犬や猫、公園の鳩たちからも情報収集をしたのだが、誰もシルケイの妻に関する情報は持っていなかった。どこに行ってもシルケイに子供ができたというその事実に皆一様に驚き、逆にエイキの方が質問攻めにあう始末だった。


「エーキ」

「あ? どうした?」


 セルルはエイキを呼び捨てにする。最初こそさんを付けろと言ったが、改まる様子がないのでそのまま好きに呼ばせている。


「おとーさん、友達多いね」

「そうだな。結構顔が広いし、妙に敵対関係を作ったりしないからな」


 エイキが顔を出したのはエイキとシルケイに共通する知り合いの所だ。エイキの知り合いには、シルケイが寄りつかないような喧嘩しか能のないバカなゴンゲンやシルケイを新米と見ていて付き合いの薄い老犬がいたりする。それとは逆にシルケイの方もエイキが付き合いたがらないような連中との付き合いがある。


「まあ、そこは俺のおかげでもあるがな」

「どういうこと?」

「俺はもう四十年三雲家を守ってるからな。俺自身に四十年の歴史があるし、その中にはそれだけの付き合いがあるってことだ」


 四十年もあれば多くの出会いと別れがある。シルケイが三雲家に来たばかりのころ、エイキはよくシルケイを外へ連れ出していた。家を守るゴンゲンにとって外へ出ることはあまりほめられたものではないが、ともあれそのおかげでシルケイには多くの知人ができたのだ。家を襲う脅威にはどんなものがあるかわからない。もしものために助け合える仲間を作っておくことは重要なことである。


「じゃあ、ぼくも友達いっぱい作る」

「そりゃ結構なことだが、ゴンゲンである以上家を守るために役立つ力を身につけておかないといけねえぞ。知り合いだけ増やしていつも助けてもらいますってんじゃ話にならねえからな」

「役立つ力ってどんなの?」

「一番わかりやすいのは腕力だ。これは大事なもんだし、最低限必要なものでもある。敵に襲ってきたら力づくで追い返すのが手っ取り早いからな」

「腕力……」


 頭の上で羽の動く音がした。


「お前は基本が鶏だから殴る拳はねえけど、羽ばたく強さなり蹴りの威力なり嘴の突っつきの鋭さなり鍛えろってことだ。お前は親父に似て喧嘩は大して強くねえかもしれねえけどな」

「おとーさんは弱いの? 三下?」

「俺よりは断然弱い。その代わり空を飛んだりできるし、あいつがいないと危険予知もできないから役立たずってこたあないけどな。お前もなんかしら力はあるだろうし、せいぜい頑張ることだな」


 エイキは適当な励ましの言葉を言ったが、セルルはそれに応えなかった。しばしの沈黙が流れたのち、


「ぼくは強い方がいいな」

「おっ、親への反抗期か?」

「強い方がかっこいいもん」

「なんだ。思ったより単純な思考だな」


 だいぶ子供らしい考えとも言える。生まれたばかりのゴンゲンの子供はそうでないゴンゲンに比べて思考が幼い。エイキやシルケイはそれぞれ鬼瓦や風見鶏として作られ、ゴンゲンとしての体を持ったその瞬間から思考能力は変わっていない。しかしコカトリスのようなゴンゲンから生まれたゴンゲンはこれから知識や経験を積み重ねてそれ相応の思考力を持つのだ。

 もしかしたら目茶苦茶強くなるかもしれねえしいまのうちから仕込んどくか? とエイキは心の内で企む。いい喧嘩相手は少しでも多く欲しい。


「いや、しかしいい考えだ。その考えは正解。真理だ。お前は強くなれ。強さこそ真理。強さこそ正義。強いのが偉いんだ」

「ぼく頑張る!」

「そうだそうだ。強くなれ。まずはお前の親父をぼこぼこにしてやれ」

「うん!」


 適当なことを言って無垢な心を洗脳していると、ふとエイキの頭の中にとあるゴンゲンの姿が浮かんだ。


「そういえばあいつの所にまだ言ってなかったな」


 漏らした呟きに、セルルが反応する。


「あいつ?」

「俺の喧嘩相手の一人で鬼瓦のゴンゲンで、俺程じゃないがそこそこ強いやつだ。お前にとっては将来越えるべき壁の一人になるだろうな」

「行こー行こー!」


 コカトリスは思いの外乗り気である。強さへの興味はずいぶん高まっている。

 なんならあいつの所に行って一戦交えるのもいいかもしれない、とエイキは思う。目の前で戦っているところを見たら心の内に眠っている本能がむくむくと頭をもたげるやも。

 そんな期待に胸を膨らませながら、エイキは弾んだ声で言う。


「それじゃあ会いに行くか。ついでに俺の鉄棒捌きも見せてやれるかもしれないからな」

「鉄棒!? なにそれなにそれ?」

「これが俺必殺の武器でなあ、なにせ隕石を叩き壊すことのできる最強の――」


 なんてことをつらつらと語りながら、エイキは公民館へと足を向けた。






「三日ぶりだね、エイキ」


 屋根の上からいつも通りに胡坐をかいて簡素な挨拶をしてきたのは、公民館を守るゴンゲンであるセンキだった。エイキのよき喧嘩相手でありシルケイとも打ち解けられるほどに気性が荒くもないゴンゲンのひとりである。

 エイキはおもむろに頭からセルルを下ろす。エイキの中では早々に喧嘩モードに入っている。相手がやると言えばいつでも拳を交えようという気分だ。


「相変わらず覇気のねえツラしてんな」

「顔に関してあんたにあれこれ言われたくはないねえ」


 などと軽口を叩き合っていると、


「あッ!」


 唐突にエイキの手の上でセルルが大声を上げた。


「なんだなんだ、急にうるせえな。どうしたよおい」

「おかーさん!」

「おお、息子よ」


 エイキの手の平をセルルが蹴る。その体が宙に舞い、羽ばたきをもって屋根の上へと浮き上がる。


「おかーさんだ!」

「よーしよし。元気だねえ、あんたは」


 セルルはそのままセンキの胸に飛び込んだ。センキは両手を交差させるように胸の前にもっていき、セルルの体を包んだ。

 エイキはその一連の動きを目を丸くして見ていた。


「おー、本当に尻尾が生えてる。コカトリスって初めて見たわ」

「しっぽ、しっぽ」


 センキに蛇の尾を指先でいじられ、セルルはくすぐったそうな声を上げた。


「お前が母親かよ……」


 エイキは予期せぬ親子の触れ合いを見せつけられながら、不満顔でそう言った。

 こんな身近にいたとは。一時間うろついたのは完全に無駄足だった。


「候補としては妥当だろう? っていうか随分遠回りしてきたね。いの一番にここに来てもおかしくないと思ったけど」

「なんで俺が母親探しをしてるのを知ってんだよ」

「あんたが家を出た後にシルケイがここに来たんだよ。この子が生まれたことと、その母親をあんたが探してることを教えにね。子供ができるなんてさすがにあたしも驚いたけどさ」


 そう言ってセンキはセルルの頭を撫でた。セルルはされるがままで、くりくりとした目をセンキに向けた。


「びっくりしたの?」

「びっくりしちゃったよー」


 その笑みからは母性がにじみ出ている…………ような気がしなくもなかったが、普段とさして変わらない。


「しっかし、相手がお前ならなんでシルケイはそれを隠そうとしたんだよ。お前、本当は嫌われてるんじゃねえか? あいつ必死に知られまいとしてたぞ」

「なに失礼なこと言ってるんだよあんたは。あたしもそこは不思議だったけど、シルケイが、『わたしに子供ができたなんてことは、これまで四十年も生きていて恋のこの字とも無縁なエイキにはショックが大きすぎます。ましてその相手が旧知の間柄であるあなたならなおさら。きっと二人に同時に裏切られた気分にもなりましょう。詳しく知られないよう努めるのが、わたしにできる最大限の優しさです』って、涙ながらに語ってて、あたしはまあそんなもんかって納得したよ」

「俺はどんなキャラだよ」

「愛に飢えてるみたいだね。三日見ないうちに変わっちゃった?」

「変わりねえよ。おいコラ、セルルも俺を不憫そうな目で見るな」

「そうだよ。あの鬼のおっさんはちゃんと愛のある目で見てあげないと」

「だから飢えてねえよ! そもそもゴンゲンは他の生き物みたいに恋愛感情があるわけじゃねえだろ。子供を作るやつなんて少数派も少数派だし、愛だの恋だのの概念とは端から無縁だ。中には特殊なのもいるけどな」


 エイキの脳裏にはカラスを引き連れた色ボケ女の顔が浮かんでいた。


「シルケイだってそのぐらいわかってるだろ」

「それがわからなくなるぐらいに心境に変化があったんじゃない? あたしの方は特になにも変わりないけどさ」


 センキはいつも通りの顔と口調でそう言った。突然子供ができても変化なし。


「変わるっていえば、お前らの関係がそんな風になってるなんて全然気づかなかったぞ。まったく変わりなし。初めて会った時から知ってる身だけど親密さの変化ゼロ」

「親密さねえ…………。具体的にはどんなのよ?」

「例えばほら、二人で同じものを身につけるとか、交換日記をするとか、相手の名前を自分の体に刻みつけるとか、他人が聞いたら失笑ものの妙なあだ名で呼び合うとか、他のやつもいる時ふとした瞬間に意味もなく視線を合わせるとか、そういうのだよ」

「どういうのだよ」

「めちゃくちゃ!」

「ほら、あんたがつぎはぎだらけのような妙に偏ってるようなわけのわからないことを言うから、この子の中のツッコミ遺伝子が働いちゃったじゃないか」

「ぼろくそ言ってくれるな、てめえ」

「だって本当におかしいし。四十年間どこから知識を得てきてんだあんたは」

「親子そろって不憫そうな目で見るな!」


 見た目は鬼と鶏でまったく違うのに、親子らしくどこか似ている表情でエイキの顔をじっと見てくる。


「細かいことは別にいいんだよ。俺が言いたいのはお前らが親密そうじゃなかったってことだ。わかりやすく言えば、シルケイと一緒にいる時でもお前は紅子みたいになってなかった。そういうことだ」

「あの人はまた特別でしょ…………」

「…………確かにそれはそうだな。いまのは無しだ」


 ここ最近の紅子の嫉妬全開の姿を思い出して、エイキは前言撤回した。


「あんたにどう見えてるのか知らないけど、この子がいる以上あたしとシルケイの仲を証明する必要なんてないでしょ。紛れもなくあたしたちの子なんだし」


 ねー、と母と子は顔を合わせ笑い合う。それを見ていて、エイキはふと朝から抱いていた疑問を思い出した。


「そういえばこれも不思議なんだが、なんでお前らの子供は風見鶏じゃなくてコカトリスになったんだ? 特徴が混ざった結果羽の生えた鬼でも生まれるならともかく、お前に蛇要素なんてないだろ」


 エイキがコカトリスの母親に興味を持ったのは、シルケイの子供が彼と同じただの風見鶏ではなく蛇の尾を持ったコカトリスであったことも理由の一つだった。いったいどんな相手であれそんな子供が生まれるのだろうという疑問が頭にあったのだ。


「ああ、それね」


 センキは顔をエイキの方へ向き直した。


「シルケイもわかってなかったみたいだけど、そんな不思議なことでもないよ。あたしたち鬼瓦と蛇には関連があるからね」

「蛇との関連だあ? そんなもん聞いたことねえぞ」

「やっぱり知識が偏ってるねえ。あたしたち鬼瓦はその起源まで遡っていくとメデューサに行き着くって話がある」

「メデューサっていうと、人間の女の姿形をしてるけど髪の代わりに頭から蛇が生えてるっていうあれか?」


 どこぞの神話に出てくる化物かなにかだったとエイキは記憶している。あと、テレビゲームにもちょくちょく出てくるはずだ。


「そこは知ってんのかい」

「飛鳥の親父は歳いってからゲームを日課にしてたからな。その知識だ」

「メデューサの彫刻が厄除けとして使われていて、それがどんどん他の地方へ伝わっていってこの日本では鬼瓦として定着したってこと。つまりあたしたちの中には蛇の因子がほんのちょっぴりあったりするかもしれないわけよ。鬼瓦の中には知ってるやつも多いと思うんだけど、あんたはなんで知らないの?」

「そんなの知るかよ。聞いたこともないぞ」


 鬼瓦の知り合いはセンキの他にもいるが、一度も耳にしたことはない。


「あたしが知る限りじゃコカトリスが生まれたって話を聞いたことがある連中もいたよ。ただ、人間たちから化物として認識されているだけあって、結構やばい話もあったけどね」

「やばい?」


 その言葉に、エイキの目に好奇心の光が宿った。


「吐いた息に触れたものを石にするって能力自体もそうだし、そこらのゴンゲンと比べれば生まれ持って気性が荒いとか好戦的だとか、そんな感じらしい。コカトリス自体の絶対数は多くないから詳しいことはそいつらも知らなかったけどね」

「こうせんてき?」

「あー……セルルは気にしなくていいの。思うままにのびのび育てばよし。立派なゴンゲンになりなさいな」

「うん! ぼく、なる。強くなっておとーさんをぼこぼこにする!」

「お…………」


 センキが絶句した。珍しいことである。


「強さこそ真理。おっきくなる。強くなる」

「…………あんたか」


 センキの射抜くような視線がエイキを貫く。


「人の子供になに吹き込んでんの?」

「よく俺だってわかったな」

「さっきまで一緒にいたのはあんただし、こんなアホみたいなことを教えるのはあんたぐらいしかいない」

「いやー、いいこと聞いたな。さっき言ったことを要約すると、そいつは目茶苦茶強くて凶暴だって話だろ? 吹き込んで正解だぜ!」


 エイキは満面の笑みでサムズアップ。


「反省の色が見られないな」

「だって俺は強いやつと勝負できればそれでいいからな。強さこそ真理だ。間違いない」


 エイキは両手に力こぶを作って胸を張った。

 それを見てコカトリスが声を弾ませる。


「あっ、ケンカするの?」

「おいコラ、人の子供の闘争本能に火をつけるんじゃないよ」

「そんな怒るなって。なんなら本当にいまからここでケンカしようぜ。お前も俺を殴りたい気分だろ?」

「笑顔で言うことか」


 エイキの頭の中はすっかり戦うことでいっぱいになっている。普段から大抵そうだが。


「ほら来いよ」


 手招きするエイキに対し、センキはため息を吐いた。


「そんなに言うなら、望み通り一発殴ってやるよ。――セルル、ちょっとここで待っててね」


 センキはセルルをそっと屋根の上におろした。


「殴るの?」

「お灸を据えるんだよ」


 にっこり笑うセンキ。


「楽しそうだね!」

「おかーさんの真似しちゃダメだよ?」


 セルルの頭をポンポンと叩いて、センキは屋根から飛び降りた。

 エイキの前にしなやかに着地し、


「よし、来やが――」


 速攻でエイキに突進。


「ぅぐえッ!」

「ほいダウン」


 タックルをかまして倒したところで馬乗りになり、


「オラオラ、歯ぁ全部なくなるまで殴ってやるよ」


 顔面に拳を振り下ろしまくる。


「すごいすごい!」


 屋根の上の無邪気な声を聞きながら、エイキは殴られたまま体を無茶苦茶に動かした。


「えぇぇぇぇい! 邪魔だ、どけ!」


 センキの体を撥ねのけ、素早く体を起こす。口の端と鼻からは血が流れ、早々に顔が腫れ始めていた。


「いきなりかよ!」

「ルールなんて気にしなさんな、戦闘狂。これぞケンカだろ?」

「ふっふっふ。お前がそう来るなら俺も手加減しないぜ」

「いつもしてないだろ」

「お前は血を見ることになるだろう」

「もう見てるよ」

「よっしゃあ!」

「相変わらず血の気の多いおっさんだこと」


 エイキは立ち上がり、二人がともに構えを取った。

 セルルが見守る中、いつも通りの鬼のケンカが始まろうとしたその時、


「ビッグチャ~ンス!」


 だみ声が空に響いた。次いで、


「あっ……」


 幼く小さな声。

 二人の鬼の視線が空へ飛んだ。


「セルル!」

「てめえ、ボスガラス!?」


 屋根の上にあったはずのセルルの姿はそこから消え、空に黒い影が現れた。それはエイキにとっては見知ったもの、ボスガラスである。


「こいつは最高のチャンスだぜ」


 そう言ったボスガラスの足にはセルルの小さな体が掴まれていた。

 セルルはきょとんとした顔をしているが、


「カラス? バカガラス?」


 状況は理解しているらしい。見た目には怪我をしている様子もない。


「なにしてんだゴラァ!」

「トサカ野郎に子供ができたって聞いて探してみれば、ひとり屋根の上に座ってるとはな。おかげで簡単に捕まえられたぜ」

「だからなにしてんだって訊いてんだよ!」

「わからねえか? この状況でオレがなにをしたいのか、本当にわからねえか? 単純明快だろうが。こいつは人質にするんだよ」


 ボスガラスは笑い交じりにそう言った。


「てめえに散々殴られて子分どもの心は折れかけてたが、これでもう問題ねえ。こいつを無事に返してほしかったら、三雲家をオレたちの根城にすることを認めな!」

「急に出てきてなにを言い出すかと思えば、くだらねえ」

「くだらねえか? おい、そっちの女、お前もくだらねえと思うか? こいつはお前のガキだよな?」

「人質にするには十分価値があるねえ。バカなカラスの割には賢くて素早い判断だ」

「おいおい、そんな口を利いていいと思ってんのか? ちったあ怖気づいて口を慎めや」


 ボスガラスの声に僅かばかりの怒気が含まれるが、圧倒的優位のためかまだ十分に余裕が見られる。

 突如現れたボスガラスを前に、二人の鬼は庭先で立ちすくむ。

 エイキはボスガラスを睨みつけながら憤慨する。


「折角ケンカしようってのにとんだ邪魔だな。あんな雑魚はお呼びじゃねえってのに」

「あいつがセルルの存在を知ったのは、あんたが町中にそれを吹聴して回ったからじゃないの? 他に情報の出処なんてないし」

「それがどうした?」

「あんたが呼んだようなものだってことだよ」

「…………なるほど。お前、さらにもう一発俺を殴りたくな――ぶべらッ!」

「なにやってんだお前ッ!?」


 空から若干怯えたようなボスガラスの声が降ってくる。


「気にしないでいいよ。こっちの問題」

「ケンカ! ケンカ! おかーさん強い!」


 無邪気に喜ぶセルルににこやかに手を振るセンキ。

 無防備に殴られたエイキは、垂れてきた鼻血を拭いながら改めて空を見上げた。


「そろそろ俺も殴る側になりたいんだが、まずあれをどうにかしないとな」

「おい、下手なことを考えない方がいいぞ。こいつの命はオレが預かってるんだ。無事に返してほしかったら――」

「別にそいつが死んでも三雲家の屋根の上で復活するだけだぞ」


 人質を取った人間の常套句を述べるボスガラスに、エイキは平然と言い放った。


「え? いやちょっと待てよ仮にそうだとしても痛みはあるわけで――」

「エイキ、あのバカガラスの言う通りだよ。あたしはあの子に痛い思いをさせるつもりはない」


 ボスガラスの言葉を遮り、センキも異論の声を上げた。


「なに言ってんだよ、センキ。痛みなんてその場限りじゃねえか。それに何十回と死んでればそのうち慣れるもんだ」

「そんなに死に経験があるのはあんたぐらいだろうが」


 普通、ゴンゲンは消滅してしまうような危険に遭遇することなんてそうそうない。何十回と死ぬなんてことはケンカと称して戦いを吹っかけるエイキだからこそ経験していることなのだ。


「あいつは死んだって復活する。それなら人質なんてものは考えずにただあのバカガラスをぶっ飛ばせばいいだけだ。こいつは楽だし単純なことこの上ねえぞ」

「却下。あたしは認めないよ」

「オレも認めないぞ! それは人道に反する!」


 ボスガラスまで抗議の声を上げる。


「うるせえ! こっちははなから鬼じゃ、ボケ!」

「おい、あんた本気で――」

「よっしゃあ、いくぜ!」


 センキを無視し、エイキは素早く腰布の中に手を突っ込んだ。鉄棒がするりと出てきて、それを手慣れた動作で投擲の構えで持つ。

 そして、


「当たっても恨むなよ!」


 無責任な言葉とともに勢いよく空へ放った。


「ふっざけんなぁ――――ッ!」


 叫び声とともにボスガラスは動く。なんとしてでも避けようと、強く羽ばたいた。

 結果、鉄棒の先にあるのは身動きひとつとれないセルルの姿。


「「やばい!」」


 二人の鬼の声がシンクロした次の瞬間、三つの音が生じた。


 鶏の甲高い鳴き声。カラスのくぐもった声。そして大きな破裂音。

 そして音が消え去ったその場に現れた光景は、二人の予期せぬものだった。

 公民館の屋根の上、そこに公民館と同程度の大きさの鶏の姿があったのだ。鶏の鬼からは蛇の尻尾が伸びており、それがセルルであることは明白だった。


「なんだよこれは……!?」


 エイキが唸るようにそう言った時、すぐ傍の地面にボスガラスが落下した。さらにその上にどこからか鉄棒が落ちてくる。


「ぎょえ!」


 カエルが潰れたような声を出し、ボスガラスが気絶する。

 それを横目で確認しつつ、エイキは言う。


「自分で打開できたみたいだな。よし!」

「他に言うことないんかい」

「終わりよければすべてよしだ。しかしこれがあれか? お前が言ってたコカトリスのやばい部分ってやつか?」

「恐らくそうだろうね。まさか巨大化するなんて思ってなかったけど」


 二人はセルルの巨体を見上げる。体積で言えばのぼり夫妻を超える大きさ。エイキの知る中でもトップクラスだ。


「戦いへの好奇心が高まってたところに身の危険を感じて、眠ってる力が出ちゃった感じだね」

「すげえなあ。これは絶対強いわ」

「あんたはそれ以外考えられないの?」


 センキが呆れる。

 エイキは屋根の上のセルルに大きく手を振る。


「おーい、お前やるじゃねえか。こりゃいい機会だ。いまから俺と勝負しようぜ」


 思わぬ強敵の出現にエイキはワクワクした気持ちを抱えてそう言った。しかし、その浮かれた気持ちはこちらへ向き直ったセルルの目を見た瞬間消え去った。

 セルルの目は瞳孔が開き、焦点が定まっていない。


「「やばい……」」


 再び、呟きは同時に漏れた。

 そしてまた同時に、二人はその場から飛びすさった。

 庭に大きな影が差し、直後、巨体が地面を揺らした。二人の鬼がいたその場所に、セルルが飛び降りたのだ。

 セルルは顔を上げ、エイキたちの方へ向けた。目の様子は先ほどと変わらない。


「なんで生まれたばかりの我が子に殺されかけなきゃいけないのかね?」

「こいつ、完全にやる気だったな」


 意志の読み取れないセルルの瞳。しかしエイキとセンキはそこに攻撃的な衝動を感じ取ったのだ。

 エイキからの勝負の呼びかけに答えたものではなく、単なる破壊衝動。エイキの声など聞こえておらず、二人の姿を正確に認識してすらいないであろうことはその様子から計り知れた。

 エイキは回収していた鉄棒を握り直した。ボスガラスの方は引っ掴む余裕がなくセルルの足の下に放置したので、生死不明である。南無。


「これはいま、意識が飛んで暴走してるってことであってるか?」

「そんなもんじゃない? 完全に凶暴化しちゃってるように見えるし」

「このままだとマズイよな?」

「カラスを踏み潰して満足ってわけじゃなさそうだからマズイだろうね。あたしはまずこの公民館を守らなくちゃいけないし」


 口調は軽いものだが、二人は意識を目の前の巨体に向けて集中し、身構えた。さっきまでか弱い人質だったコカトリスが、いまは一転凶悪な難敵として目の前に立ちはだかっている。セルルを元の無力な状態に戻さなければ、暴走したセルルが町中の建物を壊してしまう可能性だってある。


「気絶させたら戻るかねえ」


 エイキは唇をひとなめし、呟いた。場に張りつめた空気が場を満たす。

 しかしそこへ、


「なんですかこの状況はぁ――――ッ!?」


 聞き慣れた声が飛んできた。


「げッ……」

「これはまた丁度いいタイミングで来たね」


 見上げれば、空にはいつのまにやらシルケイの姿があった。

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