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晴れがましい空ですね~後編~

「だからカラス退治においてエイキが必要だというのは事実です。ですが、わたしの存在が必要不可欠であるというのもまた事実なんです」

「ほほお……」


 シルケイと逆さてるてるは屋根の上で顔を突き合わせて駄弁っていた。


「エイキは確かに腕力もありますし喧嘩慣れしています。ただ、カラスを追い払うのはエイキ一人では無理なんです。これはどうしようもないこと」

「なるほどなるほど」

「それに力だけあってもその使い方が下手であればどうしようもない。運用がうまくいかなければ宝の持ち腐れです。単純に力があってもそれを使う頭脳がなければ意味がないということなんですよ」

「確かにその通りですね」


 なんて事を話している内に、


「おーい、戻ったぞ」


 エイキが屋根の上を跳ねるように走りながら帰ってきた。その背後には何か大きな筒状の物体がついてきていた。


「あれは……!」


 それを見て、シルケイはエイキが連れてきた人物が何者なのかわかった。

 エイキの後ろにいるのは二匹の鯉。しかしそれは鯉といっても、三メートルほどの巨体を持った、鯉のぼりだった。それぞれ黒と赤を基調とした鮮やかな色を纏っている立派な鯉のぼりのゴンゲンである。


「大きい…………」


 逆さてるてるはその巨大さに圧倒されている。空を悠々と泳ぐ彼らの姿を初めて見ればそうなるのも無理はない。


「そらっ、こいつらが来たからにはもう安心だぜ」


 エイキは三雲家の屋根に飛び移ってくるや否や、ふんぞり返ってそう言った。


「やあシルケイ、こんばんは」

「お久しぶりねえ」


 鯉のぼりたちは大きな口をぱくぱくと開閉しながらそう挨拶した。


「ご無沙汰してます。急に呼び出してすみません」


 シルケイはこの二人とはかねてより面識があり、そう頻繁に会うものでもないがそれほど気兼ねすることもない知り合い程度の間柄ではある。


「なに、困った時はお互い様だよ。僕の力が借りたければいつでも呼びつけてくれればいい」

「五月でもなければ暇をしているだけですからねえ」

「その通り。あんまり暇だと干からびて干物になってしまうよ」


 そう言って鯉のぼりたちは笑い合う。鯉のぼりお決まりのジョークだろうか。


「でも、あなたが例え干物になってしまってもわたくしの愛は変わりませんわ」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「昇一郎さんもそうなのでしょう?」

「いや、僕は違うかな。きみを干からびさせなんてしない。そうなる前に出来得る限り精一杯の力を持ってそうなることを防いでみせるよ」

「昇一郎さん……!」

「ぼくがきみを一ミリたりとも悲しませることはないよ」

「ああ…………愛しています」

「ぼくもさ」


 二匹の鯉のぼりはその長く大きな体を絡ませ合い、小さな声で愛の言葉をささやき合った。

 陽気に笑っていたかと思えばすぐにいちゃつき始めた鯉のぼり夫婦。久しぶりにあった知人だが、それはシルケイにとってとても見慣れた変わらぬ光景だった。


「……あの、この方たちは……」


 しかしそうではなない逆さてるてるは、おずおずといった様子でシルケイに尋ねてくる。

 それに答えたのはエイキだった。


「こいつらはとある家の鯉のぼりの夫婦だ。黒い方が昇一郎で赤い方が紅子。俺ほどじゃないがまあまあ長く生きてて、ここいらじゃ結構な有名人なんだぜ。なにより体がデカくて目立つしな」


 あとラブラブっぷりでも有名である、とシルケイは心の中で補足する。これはわざわざ言わなくてもわかるだろう。

 エイキの紹介をうけ、昇一郎と紅子は名残惜しそうに体を離し逆さてるてるの方へと首を向けた。


「そちらは初めましてだな。よろしく」

「これからよろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそよろしくお願いします。今日は私の個人的な問題でご足労いただき感謝いたします」


 バカ丁寧なあいさつを交わし、双方が頭を下げる。


「挨拶なんてどうでもいいから本題に入ろうぜ。どうせこいつは明日にはお役御免だし捨てられるだろ。これからなんてねえよ」

「辛辣な物言いはさておき、どうしてこの二人を連れてきたんですか? わたしにはこの二人を呼んだ意図がまだわからないのですが」

「なんだよ察しが悪いな。ピンとこい、ピンと」

「それについてはぼくも詳しい話を聞きたいんだが。なんせ用件も言われずに呼ばれたものだからね」

「……説明してないんですか?」

「とりあえず急いで連れてきたんだよ。いまからちゃんと教えてやる」


 エイキは逆さてるてるのこととその願いについて二人に説明した。これまでのエイキとシルケイの奮闘ぶりも説明したので二か所ほどショッキングなシーンがあったが、二人ともその程度のことには慣れたものなので反応は薄かった。


「というわけで気象精霊との交渉が唯一の解決策だと思うわけだ」

「なるほどそういうことか」


 昇一郎はあっさりと納得した様子だが、シルケイの疑問は解決していない。


「だから、どうしてそれでのぼり夫妻に頼むことになるんですか?」

「簡単なこった。昇一郎の滝登りで空に上がって気象精霊に会ってもらうんだよ」

「滝登り?」


 それはシルケイが初めて聞く言葉だった。のぼり夫妻との付き合いは三雲家にいる年数とほとんど変わらないが、その数年間の間に耳にしたことはなかった。


「それはいわゆる鯉の滝登りですか?」


 中国の故事にある、とある滝を昇り切ることのできた鯉は龍になるという話だ。シルケイの知っている滝登りはそれしかない。


「それであってるといえばあってる。簡単に言えば、こいつらは龍になることができるんだよ」

「…………なにをさらっと重大な発言を」

「本当だよ、シルケイ。ぼくらは空高く、高く高くうんと高くまで昇ることで龍に姿を変える力を身につけることができるんだ。そして一度昇ってしまえば、つまり滝登りを成功させればあとはいつでも好きな時に龍になることができるようになる」

「確か何度挑んでも失敗するやつもいて、並みの鯉のぼりじゃできないことらしい。けど昇一郎は三度目の挑戦で滝登りを成功させてる」

「龍の状態であれば数万メートル上空まで昇ることもできるからね。これは本当に素晴らしい力だよ」


 昇一郎は自分のその力に感謝するように言った。


「では龍になって空に上がるということですか? そうやってそこで気象精霊を探すと?」

「その通りだよ。ぼくは龍になってから何度も空へ上がった。そこでは当然出会いもあって、気象精霊の中には知り合いと言える者たちもいる。上手くいくかはわからないが彼女たちにお願いをすることは可能だよ」

「これほど成功に近い案はねえだろ?」


 エイキのドヤ顔には内心むかつくが、シルケイはその言葉に同感だった。考え得る方法の中ではこれがベストだ。これで駄目ならもう後はない。それぐらいにベストな案である。


「凄い……! 本当に凄いです! 同じゴンゲンなのに、エイキ様も昇一郎様もこれほどまでに凄い力をお持ちだとは……! 私とは大違いです!」


 逆さてるてるは感銘を受けたような声を出した。


「とにかくこれで万事解決だ。こうなったら善は急げ。昇一郎、さっさと空に上がって気象精霊に頼んできてくれ」

「了解した。いい知らせを持ってこられるよう尽力するよ」


 爽やかにそう言い放ち、昇一郎は大きく体をくねらせた。そしてそのまま空を見上げる。


「それじゃあ諸君、行ってくるよ」


 そこらに買い物にでも出かけるような気軽な言葉を残し、昇一郎は大きく跳ねた。何もない空間に水が弾け、シルケイたちに飛沫がかかる。


「ぅわっぷッ」


 反射的に目を閉じ、そして開いた時にはもうそこに昇一郎の姿はなかった。

 遥か上空、黒く派手な鯉のぼりの体は、一息に吸い込まれていくような速度であっという間に空へと消えていった。


「これで解決だな」


 エイキは大きな欠伸をし、その場に寝転がった。完全に終わった気でいる。


「最後まで気を抜かないということができないですか」

「俺が気を抜こうが抜くまいが結果に関係ねえよ。だからだらける。なんの問題もねえ」


 言っていることは間違っていないので反論しようもない。

 シルケイはエイキほど気が大きくはないので、やはり多少の不安感はある。当事者である逆さてるてるなどは余計そうだろう。はっきりと結果が出るまでこれで安心とはならないはずだ。

 そう思ってシルケイが逆さてるてるの方を見ると、てるてるの顔は紅子の方を向いていた。

 なにか気になることでもあるのだろうか。まさか夫のいる相手に恋をしたとか面倒なことを言い出すこともあるまい。なんてことを思いながら紅子の方へ視線を移す。

 そこでシルケイは思う。そういえば先ほどから紅子がやけに静かだ。それどころかまったく言葉を発していない気がする。


「あれ?」


 紅子は、固まっていた。黙ったまま無表情に空中で静止していた。

 ただ、静止しているもののほんのわずかな動きがあった。体が小刻みに震えている。ぷるぷるぷるぷると、何か抑えきれない感情に動かされるようにして震えている。

 明らかな異常事態に、シルケイは紅子に声をかけた。


「どうかしましたか?」

「はッ! あ、あの人はどこへ!? 昇一郎さんは!?」

「気象精霊の所に行きましたけど」


 見ていなかったんですか、と続く言葉を口に出す前に、


「あのクソ女の所へですか!?」


「「「え!?」」」


 男三人の声が重なった。エイキも思わず飛び起きる。


「あの女、昔昇一郎さんに色目を使っていたのです。昇一郎さんがあまり空に上がらなくなると会う機会も無くなって何事もなく終わったのですが、いま顔を合わせればきっとまた色目を……!」

「いや、そんなことは――」

「絶対にそうです! わたくしから昇一郎さんを掠め取る気なのです!」

「掠め取るってお前……」

「こうしてはおれません! 早く連れ戻さなければ昇一郎さんがあのクソ女の毒牙にかかってしまう!」

「おい! ちょっと待て!」


 エイキが制止するも、紅子はその場で身を大きく翻した。シルケイたちの顔に水しぶきがかかり、猛獣のような唸り声が耳に飛び込んできた。

 紅子の姿は、一匹の龍へと変貌していた。鯉のぼりのような作り物ではなく、鱗に覆われた太く逞しい体を持ち鋭い角と牙を生やした伝説上の生き物。ぎろりと動く眼光鋭い眼は、空を見上げる。


「いま参ります、昇一郎さん!」


 昇一郎同様、紅子も目にも止まらぬ速度で空へと昇っていった。

 場には、しばしの沈黙が流れる。突然の出来事に三人ともに半ば放心状態のような様相だった。

 しばらくして、エイキがぽつりと呟く。


「こりゃやっちまったな」

「嫉妬深いのは知ってましたけど、こんなところに地雷があるとは思いませんでしたよ」


 ラブラブっぷりに比例するようにのぼり夫妻、というか紅子の嫉妬深さは有名だった。基本的には二人一緒に行動するし、そうでない場合も女性と二人きりであったり女性に囲まれるような状況であったりすれば烈火のごとく怒りだすというのはシルケイもよく聞いていた。


「しかも紅子さんも龍になれるんですね」

「あいつらは夫婦そろって凄えから。しかし、妙に黙ってると思ったら怒りでなにも見えなくなってたとはな。どうせなら昇一郎が帰ってくるまでそのままだったらよかったんだが」


 龍になった紅子のあの勢いならば、先に空へ昇った昇一郎に追いつくのは容易だろう。そしてあの勢いならば、昇一郎が気象精霊に会わずに連れ戻される形になるのは確実である。


「思わぬ罠というかなんというか」

「なんつー落とし穴だよ」

「あのー…………これは完全に駄目な流れでしょうか?」


 逆さてるてるの弱弱しい問いかけに、シルケイとエイキは顔を見合わせため息を吐いた。

 そうして気落ちした男三人が待っていると、しばらくして空から二匹の鯉のぼりが下りてきた。


「だからいまはなんともないんだから、心配いらないよ紅子」

「いま現在がそうであっても、再び出会った直後、その瞬間からあの女の猛攻が始まるかもしれないではないですか!」

「それは否定できないけれど、ぼくが彼女に靡くことはないわけだし」

「その心配をしているのではありません! わたくしはあなたにメスの顔を向ける女どもが無性に腹立たしいだけなのです!」

「なるほどなあ……」


 どう見ても交渉どころか出会うことすらできていなかった。

 二人はさらに何事かを言い合いながら屋根の上まで下りてきた。


「おい、もめるのは後にしろ」


 エイキが仏頂面で言う。


「別にもめてはいないよ。ぼくが紅子の心配の種を取り除こうとしているだけさ」

「っていうかもう帰れ」

「いやー、ひどいなあ」


 完全な修羅場状態だが、昇一郎の受け答えは気楽なものである。


「昇一郎さん、気象精霊には会えなかったんですよね?」

「ああ、うん……」

「当然です! わたくしが会わせるわけがないではありませんか!」

「あっはっは。そうですよねえ…………」


 そうであるなら、失礼な話だがエイキが言う通りもう帰ってもらって構わない。シルケイは乾いた笑いを上げながらそう思う。エイキもそう思っているだろうし、逆さてるてるは…………ショックが大きくてそこまで考えていなさそうだ。

 そんなシルケイたちの思いを察したようで、


「それじゃあエイキの言う通り帰るとしようかな。力になれず本当に申し訳ないけども、許してくれたまえ」

「その点についてはわたくしからもお詫び申し上げます。しかしこれは仕方のないこと。昇一郎さんをあの女の目に映すのは許されざることなのです」


 のぼり夫妻は揃って頭を下げた。不満感はあるものの、元が一方的な頼みごとだっただけに文句を言うのも少し憚られる。


「まあ、そもそも個人的な願いで天候を変えてくれなんて頼みを聞いてくれるかは大分怪しかったけどね。正直門前払いだった可能性が高かったと思うし」

「そうなのか?」

「そうだよ」

「そうだよってお前……」

「じゃあそういうわけで、なにか別の案を考えてみてよ。ぼくたちは影ながら成功を祈っておくからさ。さあ行こう、紅子」

「はい、昇一郎さん」


 嫉妬の炎はどこへやら。紅子は昇一郎に促されるままに身を翻し、


「それじゃあまた近いうちに会おう」


 一度頭を下げ、仲睦まじそうに体を寄せ合って飛んで行った。


「慰めにもならない慰めの言葉を残していったな」

「あれは追い打ちっていうものですよ」

「……………………」


 最早逆さてるてるは言葉も発さない。


「あれだけ自信満々で連れてきたのに、とんだざまじゃないですか」

「俺のせいかよ! 俺が責められるところかこれ!?」


 救世主として召喚されたのぼり夫妻はなにも為すことなく去ってしまった。まるで一陣の風のようにさっと現れてさっと消えていってしまい、後には何も残っていない。


「彼らを呼んだことが完全に無駄になったことは残念ですが、確かにそれをどうこう言っても仕方ありません。いま考えるべきは、これからどうするのかです」

「どうするもなにも打つ手なしだろ。あれ以外になにかいい方法があったかよ」

「そんな一蹴しないでくださいよ……」


 シルケイはそう苦言を呈するが、内心ではエイキと同様の感想を持っていた。もうどうしようもない。

 気まずい静寂が場を包みそうになるが、


「…………お二人は」


 不意に逆さてるてるが口を開いた。


「お二人は凄い力をお持ちなんですよね? なにか方法はないんでしょうか。明日の天気を変える力はお持ちでないのでしょうか?」

「そう言われても…………」

「ない!」


 エイキは言い切ってしまう。完全に諦めている。というか、せっかく思いついた解決方法が不発に終わり、単にやる気を失っていると言った方が正確だ。


「力といっても、わたしたちにできることといえばせいぜい予知ぐらいで――」


 申し訳なさがありありと出た口調でそう言いかけ、シルケイはふと思った。


「いや、予知。…………予知か」

「急に俯いてどうした?」

「エイキ、わたしたちの予知の力を使ってみましょうか」

「予知? そんなもんでなにをしようってんだよ」

「わたしたちの力は便宜上予知と呼んでいますが、厳密にはあれは予知能力ではなく占いのようなものです」


 シルケイとエイキの行う予知は、その先一週間の間に三雲家に襲い来る危険がないかを頭の中で強く念じると、それに対する答えが返ってくるというものである。この力の構造自体は、なんらかの問いかけを行うとそれに対する答えが返ってくるというものであり、二人は普段その力を危険予知というものにしか使っていないだけなのだ。


「天気を変える方法を問いかければそれに対する答えが得られるかもしれません」

「…………なるほど」

「やってみる価値はあるでしょう?」


 リスクもコストも不要でいますぐに試すことができるのだ。訊くまでもなくやる価値はある。むしろ逆さてるてるから話を聞いた直後にやっておけと言われてもおかしくないぐらいだ。

 エイキはシルケイに頷きを返し、鉄棒を取りだした。

 シルケイは逆さてるてるに予知の力について簡単に説明をして、すぐに予知の準備に入った。準備といってもさしたるものはなく、ただ鉄棒の上に飛び乗って精神を集中させるだけのことである。


「では、始めます」


 シルケイは目を閉じ、片足立ちになって控えめに羽を広げた。すると、その体がゆっくりと回転を始める。

 そしてしばしののち、


「コケコッコーッ!」


 一鳴きした。

 エイキが鉄棒を突き上げ、シルケイは宙を舞って瓦の上にしなやかに着地した。


「どうだ? なにかわかったか?」


 急かすようにエイキが尋ねる。


「う~~~~ん」


 シルケイはまだ目を閉じたままだった。


「う~~~~~~~~む」

「なにもでそうにねえな」

「が、頑張ってくださいシルケイ様! どうか! どうかいい手を!」


 シルケイは眉間に皺を寄せ、ひたすら唸り続けていたが、


「むうぅぅ~~~~ん――――はッ!」


 突如、その目を大きく開いた。


「来たか!?」

「おおッ!」


 二人が期待に声を弾ませる中、シルケイは目を見開いたまま言う。


「明日の天気は、晴れです」

「「え?」」

「降水確率はゼロパーセントで、洗濯物がよくか――」

「そんな無慈悲な宣告はいりませ――ッん!」


 逆さてるてるの慟哭が辺りに響き渡った。


「なんでてめえは明日の天気を予知してんだよ!」

「頭の中に浮かんできたのがそれだったんですよ! わたしはそれをそのまま口にしただけです!」


 エイキの拳を顔面に喰らいながらシルケイは反論した。


「問いが正確に伝わらなかったのか、それとも問いに対する答えがなかったから問い自体が歪曲されたか。――何が原因かはわからねえが、ともかくお前が使えねえやつだってことは確実だな」

「予知は共同作業なんだから結果の半分はあなたの責任でしょうが!」

「やっぱり駄目だあ! もう無理なんだあ!」


 二人の口論に被さるように逆さてるてるが悲痛な叫びを上げる。最早初めに姿を現した時の落ち着いた様子は微塵も感じられない。


「なにもできず、もうこのまま首を括って死ぬしかないんだあ!」

「おいおい泣き言言ってんじゃねえよ。あと、お前はもう首を括ってる」


 泣き言どころか実際に泣いているとしか思えない声を出している相手に、エイキは冷静に追撃を加える。


「しかしこれはもう本当に八方ふさがりですね」

「こうなったら逆転の発想を考えるしかないな」

「逆転? どういう意味ですか?」

「ここはひとつこの鉄棒で更沙の脚の骨を叩き折ろう」

「なに言ってるんですかあなたは!?」

「そうすれば体育なんて出なくていいだろ。天気にこだわってるのが駄目だったんだなあ。本当の目的はその先にあるんだから」

「だからって骨折させていいわけないでしょうが!」

「なんでだよー。治った時に折れる前より頑丈になるタイプの折り方するからいいだろ?」

「そんな折り方知らないでしょう!?」


 不毛極まりない言い合いをしていると、そこに唐突な第三者の声が割って入った。


「なんだいあんたら、もう夜になるってのにうるさいね」


 その声の主は梅の木の枝からひょいと屋根の上に飛び乗ってきたナズナだった。


「ナズナさん。――それはどうもすみません。少し厄介ごとがありまして」

「そいつなに? あんたらより段違いでうるさいんだけど」


 顔をしかめたナズナの視線の先にいるのは、泣き喚いている逆さてるてるだった。


「不審者連れ込んでなにしてんのさ?」


 怪訝な顔で睨むような視線を送るナズナに、シルケイは事の始まりからこれまでのことを簡単に説明した。


「あー、更沙がそんなこと言ってたわ。中学生でやるもんかね、とか思ったけどこうしてゴンゲンになってるとはね」

「なったはいいけど自分で雨を降らすことができないんだからどうしようもねえけどな」

「存在価値がないってことじゃん」

「二人とも辛辣すぎます」


 ナズナが加わったことで逆さてるてるへの当たりがさらに強く容赦ないものになってしまった。シルケイは慌てて話を方向転換する。


「ナズナさんにはなにかいい案はありませんか? 思いつき程度のもので構いませんので」

「こいつに訊いてどうするんだよ。さっきの予知でも出てこねえんだしもう無理だろ」


 エイキはそう言うが、ナズナの方はそれを無視して思案顔をした。

 そして、おもむろに口を開く。


「古い言葉に、ツバメが低く飛んだ次の日は雨が降るっていうのがあったね」

「へ?」

「それって本当ですか!?」


 喰いついたのは当然逆さてるてるだった。ナズナが屋根の上に現れても見向きもしなかったのに、いまにも跳びかかりそうな勢いでそちらを向いた。


「まあ古い言い伝えみたいなものだね」

「いや、それって――」

「なるほど!」


 エイキはパン、と手を打ち合わせた。


「ツバメが低く飛べばいいんだな! それなら早速実践だ!」

「いや、それは因果関係が――」

「でもツバメなんていないでしょうよ。捕まえんの?」

「なーに言ってんだ。ツバメとはなにか。鳥だ! では鶏とはなにか。鳥だ! つまりツバメは鶏だ。鶏ならここにいる! 問題なし!」

「なるほどねー」

「おかしいでしょ!」

「さあシルケイ、飛べ! 低く飛べ!」

「後生ですから飛んでください!」

「なにを言ってるんですかあなたたちは!?」

「難しいってんなら手伝ってやる!」


 そう言って、エイキはまだしまっていなかった鉄棒を素早く構えた。そして、


「いくぞ!」


 振った。


「――――ぅぶッ!」


 叩き下ろすような鉄棒の一振りはシルケイの体を薙ぎ、瓦の上を滑らすようにその身を殴り飛ばした。

 シルケイの体は一直線に庭に突っ込んでいき、地面に激突した。


「よっしゃ! これは低い!」

「低いです!」


 満足げなエイキと、一緒に喜ぶ逆さてるてる。しかしナズナは、


「これは……」


 低く呟く。


「叩き落としただけでしょ」






「なぜ一日に二回も殴られなければならないんですか」

「死ななかったんだし別にいいだろ」

「死なない方が痛みを引きずるから苦しいんですよ! 死ねば一瞬ですからね!」

「へー、すげえな。さすが殴られ慣れてるわ。俺なんてそんなの全然わからねえもん」


 屋根の上に這い上がってきて至極真っ当な文句を言うシルケイを前に、エイキは豪快に笑った。


「それに必要な犠牲だったんだから我慢しろよ。お前の痛みは無駄にならねえ」

「それは違います。そもそもナズナさんが言ったあれは因果関係が逆です。ツバメが低く飛ぶことによって雨が降るのではなく、雨が降るような気候だからツバメが低く飛ぶんです!」

「え、そうなの? マジで?」


 エイキがナズナを見る。


「マジ」

「マジかー」

「なんですかそのやり取り!」

「そんな怒んじゃねえよ、頭に血が上り過ぎだ。ほら、頭の先っぽが真っ赤じゃねえか」

「これは鶏冠です!」


 シルケイが怒り、エイキが笑い、ナズナが傍観し、逆さてるてるは悲しみをぶり返していた。

 そこで、


「そんな簡単に雨を降らせられたら人間も苦労しないしね」


 無慈悲にもナズナが呟いた。


「おお……」

「いまさらながらそんなどうしようもないことを……」

「人間だって大昔から命を捧げたりして雨乞いをやってたわけだし、そう簡単にできるもんじゃないって。ゴンゲンだって無理でしょ?」

「……生物や物質に干渉できる者はいても、天候そのものとなると元々そういった願いを込められたものでない限り無理でしょうね」

「大それた願いだってことだね。更沙には悪いけど、こいつ自体にその力がないんじゃどうしようもない。それが結論」

「じゃあ……やっぱりもうなにもできないってことですか?」


 震える声でそう訊ねたのは逆さてるてるだ。もう何度目となるかわからない、いい加減聞き飽きた台詞である。


「そうなるな。もう無理。絶対に無理」

「……申し訳ありませんがこれがわたしたちの限界のようです。手は尽くしました」

「う……うぅぅう…………」


 咽び泣き。場には再び気まずい沈黙が流れる。


「せっかくこうして生を受け命を授かったのにこの体たらく……。私は……私はぁ……」

「うるさいねえ。こっちはいまから寝ようと思ってるのに」


 ナズナは屋根の上に上がってからこっち、全身から不機嫌さを醸し出している。さっさと騒ぎが収まって快適な安眠スペースが確保されることだけを願っているのだろう。


「まあまあ、てるてるさんもつらいところですし」

「さっさと軒先の本体に戻ればいいだろ? その中で静かに泣いてくれればいいじゃないか」


 そう言っても、逆さてるてるはその場で嘆き続けた。どういう意図かはわからないが、さっさと戻る気はないようである。


「あー、もう邪魔だね」


 シルケイとエイキとしてもナズナの意見には賛成であるが、それではあまり邪険に扱い過ぎな気もしていた。ほんのちょっぴりではあるがゴンゲンとしての仲間意識があるし、情が移っていないこともないからだ。

 二人が何も言わず静観していると、


「――古い言葉に、猫が顔を洗うと雨が降るっていうのがあるね」


 唐突にナズナが言った。


「え?」

「まさか……」


 ナズナは、ゆっくりと丁寧な動作で自分の顔を洗った。


「これでいいだろ? もうさっさと戻って大人しくぶら下がっときな」

「ちょっと待って下さいナズナさん。それも因果が逆ですよね?」

「うるさい。信じるか信じないかはそこの能無し次第だ」


 ナズナは顎で逆さてるてるを指した。逆さてるてるは嘆くのをやめ、言葉を発することなく三人の顔にせわしなく視線を走らせていた。


「あたしはただの猫だけど、あんたらにはない力がある。それを信じるかどうかはあんた次第だ」

「はあ? お前にそんな力があるなんて聞いたことねえぞ」

「あたしは眠いんだ。これ以上説明はしない。どうせ他にできることもないんだから、信じようが信じまいが結果は一緒だけどね」


 ナズナの突き放すような物言い。

 しかし言っていることは正しい。シルケイはそう判断した。


「確かに、やれることはやりつくしましたからね」

「そうだな。お前も低く飛んだしな」

「あれはカウントされません! まず飛んでませんし!」


 二人がまた言い争いを始めようとした時、


「…………わかりました」


 逆さてるてるが言った。


「私は、信じてみようと思います。人事は尽くしていただきました。ならば、天命を待つのみです」


 その声は、シルケイが聞く限り確固たる意志があるとは思えなかった。揺らぎ、不安が多くを占めた声だった。


「あなたがそう決めたのならそれでいいと思います」


 シルケイにはそう言うことしかできない。元よりなにもできない身である。


「嫌だといってもやることもねえしな」


 エイキの方は完全にこの状況に飽きた様子である。すでに瓦の上に寝転がっている。


「お二人もありがとうございました。突然の無茶なお願いに尽力していただきまして、私は非常に幸せ者です」


 逆さてるてるの頭が、ぐいっと上を向いた。

 助けを求められたものの結局なにもできなかったが、逆さてるてるはその結果を受け入れる覚悟をしてくれたのだ。


「私は軒先で祈りながら明日を待ちます。きっと雨が降ることを信じて、ただただ祈り続けます」


 その言葉を最後に、逆さてるてるの姿は屋根の上から消えた。






 翌日。東の空に太陽が赤々と輝いていた。


「快晴じゃねえか!」


 エイキは空に向かって吠えた。


「ナズナさん、どういうことですか?」

「どういうって……」


 戸惑い気味のシルケイに問われたナズナは、屋根の上で毛づくろいをしながら答える。


「あんなもんで雨が降るわけないじゃないの。あんたが言った通り因果関係は逆だし、あたしに雨を降らすよな特殊な力はないし」

「き、昨日言っていたこととは……」

「雨が降るなんて言ってないだろ?」


 確かに言っていなかった。しかし、力があるというのはどういう意味だったのか。


「力ってのはなんだったんだよ、おい」

「それは、あんたらみたいに解決策のないものをいつまでもぐだぐだと話し合うんじゃなく、無理だとわかったら相手を上手いこと納得させてその場を切り上げられるってこと。これはあんたらにはない力だろ?」

「「う~~ん」」


 二人は声を揃えて唸った。そうだけど。そうだけども。


「更沙には悪いけど、どうせ一生避け続けられることなんてそんなにないんだし、学校の授業ぐらい我慢してさっさと終わらせた方が楽ってもんでしょ」


 そう言って、ナズナはぐるりと丸くなってしまった。完全に寝る気モードである。


「しかしてるてるさんが不憫な気が……」

「いや、確かにてるてるの野郎には悪いけどよ。元はといえばあいつが無能なのがいけねえんだし、もしまたてるてる坊主として生まれ変わることがあったら天候操作の能力を持ってゴンゲンになれって話だろ」

「厳しい正論ですね」


 だが、そもそもてるてる坊主なのにそれができないのがおかしいのは当然である。


「来世に期待…………か」


 シルケイは複雑な心境でぽつりと言った。同じゴンゲンとして彼の身になれば悲しみもひとしおである。


「でもまあ、世の中は無情ですからねえ」

「そうそう」

「同意してくれるのは嬉しいんですが、欠伸交じりで返事するのはやめてくれませんか、エイキ」


 屋根の上で交わされるそんなゴンゲンたちの会話を知る由もなく、


「ちぇー、晴れちゃったかぁー」


 主人ともいえる更沙が漏らす不満を耳にしながら、逆さてるてるはゴミ箱の中で己の無力を嘆いていた。しくしくと、涙は降りしきる雨のように絶え間なく流れ続けていた。

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