表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

自宅警護が役目です~後編~

 明けて翌日。昨日に引き続いての晴天で、ナズナは梅の木をひょいひょいと軽い足取りで上り、屋根の上へ上がろうとしていた。

 しかし、目の前に現れた光景を見て、伸ばしかけていた前足が止まった。


「ふん! ふん!」

「そうです! その調子です!」


 屋根の上では、エイキが鉄棒をフルスイングしていた。何度も何度も。

 昨日決定した通り、二人は隕石を打ち返すためにバッティング練習を始めたのだ。エイキが鉄棒を両手で持って振り、少し離れてシルケイが声援を送っている。ひたすら素振りを繰り返し、定期的に少し休憩を取って、また素振り。

 しばらくそれを見ていても、エイキが隕石を打ち返せるなどとはとても思えない。隕石の威力や落下速度を考えれば、そんなことは土台無理だ。ナズナは冷ややかな目で屋根の上の光景を眺める。

 おまけに、屋根の上では休憩している間を除き鉄棒が空を切る音と二人の声が絶え間なく続いており、うるさくて寝ることなどできやしない。練習は勝手にしてくれという思いだが、そのせいでナズナに実害が出てしまっている。

 ひとつ文句でも言ってやろうか、なんてことを思ったが、昨日のあのやる気に満ちた顔を思い出すに倍以上の文句が返ってきそうだ。

 ナズナは前足を引っ込めて、上ったばかりの木を駆け下りた。そしてそのまま庭を突っ切り敷地の外へ出る。他に寝床を探す方がいい。ナズナはそう判断した。

 二人の声が聞こえてこない程度の距離を取って、ナズナは手近なよその家の塀の上を今日の寝床とした。別段変わったこともなく、午前中をだらだらと寝て過ごす。そうして昼になったら、キャットフードを食べるために一度家へと帰る。

 その帰りの道中、ナズナは予期せぬものを見て足を止めた。


「おい、それどかせ。邪魔だ」

「はいはい」


 聞こえてくるのはよくよく知った二つの声。ナズナの視線の先にあるのは何の変哲もないゴミ捨て場だ。ゴミの収集時間はとっくに過ぎているのだが、そこには粗大ゴミと思しき家具や電化製品が放置されている。このゴミ捨て場は不法投棄されたものがそのままになっている状態なのだ。その光景自体は珍しいものではなく、ここらを通る者であれば日常の風景として見知ったものである。

 ナズナが見た予期せぬものはそのゴミではなく、ゴミ捨て場には場違いな真っ赤な鬼と真っ白な鶏の姿だった。


「あんたら、なにやってんの?」


 ナズナは怪訝な顔でそう言った。


「うおうッ!?」

「あっ、ナズナさん!」


 振り返った二人は、ゴミの山に手を伸ばしているところだった。完全にゴミを漁っている現場である。


「なにやってんのさ…………」

「ひかないでください! わたしたちは崇高な目的のために行動しているだけです!」


 シルケイは慌てた様子で言い訳を始めた。


「わたしたちはちょっとテレビが欲しいと思っただけなんです。わたしたちゴンゲンの身でその欲求を叶えるには捨てられたものを拾うのが一番いいと考えまして、それでいまこうしているというだけなんです」

「テレビなんてどうするのよ?」


 ナズナの表情はますます疑わしげなものになっていく。


「それはですね――」


 なおも説明をしようとするシルケイだったが、それを遮りエイキが一歩前へ出る。


「安心しろ、ナズナ。俺たちはお前の目当てのものを奪う気なんてない。ゴミ捨て場にある残飯は気兼ねなくお前が喰え」

「誰が残飯漁るか!」


 昨日の意趣返しらしき言葉に、ナズナは反論した。


「ちょ、ちょっとナズナさん、声が大きいですよ。誰か来たらどうするんですか」

「おい、説明なんて後でいいからさっさとずらかろうぜ」

「確かにそうですね。すみませんナズナさん、取りあえず私たちはお先に失礼します」

「シルケイ、さっさとそっち持てよ」

「それでは」


 そう言って、二人はテレビを抱えて家の方向へと慌ただしく走っていってしまった。ナズナはその後ろ姿を呆気にとられて見ていた。


「……本当になにしてんだあいつらは」


 ゴンゲンは理解不能。ナズナの中で、その認識は確固たるものになっていく。

 その後、二人を追って家へと急いで戻り昼食を終えたナズナは屋根の上へと向かった。そこにあったのは、薄汚れたテレビとアンテナだった。棟の上に小型のテレビがぽつんと置いてある光景は、ナズナがいまだかつて見たことのないものである。


「おお、映ってるな」


 延長コードもどこからか拾ってきたのか、電気は家のコンセントから取っているらしく電源は問題なく入っていた。


「ほら、それちゃんと持ってろよ」

「ここら辺で大丈夫ですかね」


 エイキはテレビの前に胡坐をかいて画面を見て、シルケイの方はアンテナを手にして微調整するように動かしながら画面を見ている。


「なにを始めてんのよ……?」


 半ばひとり言のようなナズナの呟きに、エイキが振り向いた。


「やっぱり素振りしてるだけじゃ駄目だと思ってよ。ここは一発プロの技を見てその技術を盗もうって話になったんだ」

「できれば生で見たかったんですが、さすがにそれは不可能ですからね。テレビ中継で手を打つことにしたんです」

「それでわざわざ拾ってきたって……?」


 行動力のあるバカだ。

 ゴンゲンは普通の人間の目には見えないため、家の中のテレビを見るというわけにはいかない。その現場を翔子が目にすれば、怪奇現象とは言わないまでも不振がられることは間違いなしだ。だからといって捨てられたテレビを拾ってきてもいい道理はないが。


「しかし、野球をやっていませんね」


 チャンネルを切り替えながら、シルケイは顔を曇らせた。


「なに? 野球は年中やってるもんじゃねえのか?」

「これは妙ですね」


 妙なのはお前らの方だ。


「テレビってもんはつければ大体野球をやってるもんなはずだ。俺の記憶では確かにそうだ」


 それは何十年前の記憶だよ。


「やはり捨てられていたテレビでは何か不具合があるのでは……!」

「なにもおかしなことはないっての」


 心の中でツッコミを入れるだけでは我慢できず、ナズナは口を開いた。


「試合の中継は夜が多いし、そもそもいまは野球中継なんて専門チャンネルだかなにかじゃないとほとんどやってないでしょうよ」

「なんだと……!」

「こ、これはとんだ誤算です……!」


 二人してわなわな震え出す。ナズナもテレビの番組事情に詳しいわけではないので正確とは言えないが、少なくともいまの時間帯に野球中継を見ることはできないだろう。


「いや、ちょっと待て。落ち込むのは早計だ。それならその専門とやらで見ればいいだけだ! そうだろ!?」

「そ、そうです! その通りですよエイキ!」


 二人の顔が急に明るくなった。


「テレビなんだから、飛んできた電波をアンテナでキャッチできればなんでも見られるはずだ。テレビってのはそういうもんだろ!」

「冴えてますね、エイキ!」

「いや、それは――」

「さあやれ、シルケイ! 野球電波をキャッチしろ!」

「はい!」

「飛べ! そして電波を拾うんだ!」

「……しかし電波をキャッチと言われても、目に見えないものなのでどうしたものか」

「いいからやれい! 風見鶏なんだから電波が飛んでくる方角ぐらいわかるだろ!」

「そんな方角はわかりませんよ!」

「風向きを見るぐらいしか能がないのになんだそりゃ! それが本職だろうが!」

「電波は関係ないって言ってるんでしょうが!」


 ぎゃーぎゃー騒ぎ始めた二人には、最早ナズナの訂正の言葉は届きそうもない。


「……放っとくか」


 見慣れた光景を前に、ナズナはいつも通りの選択を下す。今日の寝床は、やはり近所の塀の上で決定である。






 エイキとシルケイの二人がそんなバカなことをしている間に、隕石落下の日は少しずつ近づいてきた。


「ファイッ!」

「オーッ!」

「ファイッ!」

「オーッ!」


 どこから調達してきたのか、鉄下駄を履き腰に結わえたロープでタイヤを引きずりながら瓦を走るエイキ。驚くほどに似合い過ぎなその姿は、普通の人間が見ればはポルターガイスト現象だとしか思えないだろう。走っている場所が人気のない河原だからいいようなものの、そうでなければ洒落にならない騒ぎが起こる。


「なにを思ってあんな前時代的な練習をしてるわけ?」


 ナズナは欄干の上からエイキを見下ろし、隣に座るシルケイに尋ねた。シルケイはエイキに合わせて声を出していたのをやめてナズナに顔を向け、


「古本屋で漫画を立ち読みした成果です!」


 自信満々で答えた。

 さもありなん。大方、よほど古い野球漫画だったのだろう。

 ナズナは呆れた顔でエイキを見た。この二人といる時、ナズナはよくこんな顔をしている気がする。

 予知をしてから四日が経過。エイキとシルケイの二人は、三雲家に文字通り降りかかろうとしている危機を排除するため、できる限りのことをしていた。テレビで野球中継を見ることが叶わなければ、代わりに近場の高校の野球部の練習風景を熱心に観察したり、バッティングセンターで飛んでくる球の勢いに目を慣らしたり。プラスになると思われることを貪欲にやっていた。

 その努力の姿勢は素晴らしいものだが、ナズナはそんな二人の姿をやはり呆れ顔で見るしかなかった。なぜなら、


「頑張るのは結構だけど、本気で隕石を打ち返す気なの?」


 目的そのものが、実現不可能としか思えないからだ。


「本気に決まってるじゃないですか」


 あっはっは、という笑いまでつきそうな気軽さでシルケイは答えた。とち狂っとる、と率直な感想を抱いたナズナは、自分が常識人であることを再認識。


「隕石の落下速度を舐めてない?」

「いやだなあ、エイキじゃあるまいしその程度の知識はありますよ」

「エイキだってそれぐらいは知ってるでしょ」


 思わず自分でフォローをいれてしまったが、改めて訊くまでもなくそんなことは二人も知っている。知っているうえで、隕石を打ち返すなんてことを言っているのだ。


「ナズナさん、あなたはいつも一緒にいるから意識しなくなっているのかもしれませんが、わたしたちはいわゆる普通の生物ではありません。わたしは普通の鶏ではないし、エイキも普通の鬼ではない」


 普通の鬼ってなんだよ。


「わたしたちはゴンゲン。その性質は、人間が神と呼ぶものにさえ近しいものなのです」


 ナズナの心の声など露知らず、シルケイは不敵に笑った。


「落下速度を舐める? いやいや、こちらこそ舐めてもらっては困ります。ゴンゲンならば落下してくる隕石を打ち返すなんてこと、お茶の子さいさいというやつですよ」


 相変わらずそこのところの詳しい説明はないが、一貫して自信に満ち溢れているのは変わりない。努力の方向性がおかしかったり明らかに無駄っぽかったりもするが、それでも自信だけは揺らいでいない。


「その口ぶりからすると超能力でも使えそうな勢いじゃない」

「察しがいいじゃないですか、ナズナさん。当たらずとも遠からずです」

「……マジで?」

「そんなに驚くことですか? 予知能力だとかエイキの鉄棒の出し入れだとか、そういったものも超能力と似たようなものじゃないですか」


 そう言われればそうだが、ナズナはこれまで八年間ほどの二人との付き合いでそんな超能力的なものを見たことはなかった。第一、そんな力を持っているのならあのカラスたちを追い払うのにしたってもっと楽にできそうなものだ。

 ナズナはその疑問をそのまま口にした。


「確かにそう思うのは当然ですね。けれど、そこまで便利な力はないんですよ。直接的に物質を操作したり攻撃を加えるとかいうことはできない。そんな念動力的なものがあるのなら、その力で隕石を壊してしまえばいいという話になりますから」

「じゃあどういう力なのよ?」

「簡単に言うと、超高速で動くことができる力です」

「はあ?」


 あっさり出てきた答えに、ナズナは拍子抜けした。


「恐らくいまナズナさんが思い浮かべているものとは違います。イメージとしては、自分が速くなるのではなくて自分以外のすべてのもの、時間の流れ自体が遅くなる感じですね」

「それはそれで強力すぎる気がするんだけど」

「ですが、それが事実です。ゴンゲンはこの世界の物質的な縛りを部分的に超越した存在。意識次第で物質に干渉することもできるし、その逆にすり抜けることもできる。そんなわたしたちは、時間という概念にさえ縛られない。意識次第で、精神と肉体の両方を時間を超越した速度で動かすことができるんです」

「そんな凄いことができるなんて一ミリも聞いたことがなかったんだけど」

「凄いですけど、そうほいほい使えないから言ってなかっただけですよ。とてつもなく体力を消費するので、毎朝カラス相手に使えるようなものでもありません。とっておきのとっておきですから」


 なるほどそれはとんでもない隠し玉である。シルケイの言うことが本当なら、隕石の落下速度を上回る速度で動いて打ち返すという芸当は可能だ。その光景を想像することは結構難しいし説明をされたいまでも正直信用しきれていないが、理屈は通っている。


「納得できましたか? いつ来るのかがわかっていれば隕石を打ち返すことは可能です。なんの心配もありません」

「なるほどね」


 ナズナは呟き、いまだ河原を走り続けているエイキの方を見た。それはそれとしていまやっている練習はやはり無駄に思えるが、それを指摘するとまた面倒なことになりそうなので黙っていることにした。

 本当に隕石を打ち返せるのならなにも口を出すことはない。自分と三雲家の人間に被害が及ばないのであればナズナにはなにも文句はないのだ。

 ただ、


「最後に一つ訊くけど」


 ふと疑問に思うことがあった。


「威力の方はは大丈夫なの? 鉄棒で打ったとして、エイキは無傷で済むの?」

「あ…………」


 沈黙。


「えーっと…………」


 シルケイの目が明後日の方向を見る。そしてそのまま言う。


「大丈夫ですよ」

「どこ見てんのよ」

「ここだけの話、ゴンゲンには自分の体を超硬度にする不思議な力が――」

「嘘を吐くな嘘を」

「まあ言いだしっぺはエイキですから、責任は彼にあります」


 そうですそうです、とシルケイは不自然なほどに頷きを繰り返す。


「わたしたちにできるのは無事を祈ることだけですよ」

「あんたが見た予知の通りになったりして」

「……………………。わたしたちにできるのは無事を祈ることだけですよ」

 そう言って、シルケイは静かに目を閉じた。

 特別な力を持っていても、やっぱりこいつらはバカだ。ナズナは強くそう思いながら、現実から目を背けている鶏の顔を見ていた。






 シルケイが予知を見てから一週間。とうとう隕石落下の日が訪れた。

 予定時刻の午後三時を五分後に迎え、エイキとシルケイは屋根の上で隕石を待ち構えていた。ナズナは隣の家の屋根に上がり、そこから二人の姿を見ていた。シルケイから説明を受けた結果、さすがに同じ屋根の上で隕石を待つ気にはなれなかったからだ。隕石の破片が飛んできて怪我でもしたら事である。


「俺はやるぜ。今日までの一週間にやってきたことのすべてをここで見せてやる」

「見ています! わたしがしっかり目に焼き付けます!」


 鬼と鶏は気合十分やる気に満ち溢れているが、それを眺めるナズナの方はさしたる緊張感もなく、普段通りにゆらゆらと尻尾を揺らしリラックスしていた。

 その心境の理由は、なにもエイキとシルケイの不思議な力とやらを信用しているからというわけではない。別にそこを疑っているわけではないが、今現在三雲家が無人であるという事実が理由だった。隕石が落ちようというこのタイミングで、翔子は買い物に出かけて不在なのだ。

 三雲家の人間に危険がないのであれば、ナズナは自分の身を守ればいいだけである。そしてそれは隣家の屋根の上にいれば果たされる簡単なことだ。


「この家には傷ひとつつけさせやしねえぜ」

「その意気です!」


 二人の変わらぬモチベーションの高さは、家そのものを守るというゴンゲンの持つ使命感から来るものだろうが、ナズナはそれをどこか冷めた目で見ていた。

 これで本体である鬼瓦の方が破損したりすればエイキは本当に死を迎えることになる。そうなればさすがに悲惨だなあなどと思うが、


「自分が犠牲になろうとも、家だけは守ってみせる!」

「あなたはゴンゲンの鏡です!」


 本人も言っていることとて、エイキからしたらそれも本望なのだろう。あと、今日はやけにシルケイがノリノリなのはそういったゴンゲン特有の心理からくるものなのか、ただエイキをのせてやろうという考えからか。どちらにせよやる気は十分らしい。

 二人がそんな調子で盛り上がっている間に、時刻は一分前を迎えた。

 屋根の上から空へと視線を向けたナズナは、空できらりとなにかが光るのを見た。


「来ます!」


 同時に、シルケイがそれに気づいていた。

 エイキが鉄棒を構え、シルケイがその斜め後方に立つ。そして、空から降り落ちるモノを睨みつけた。






 エイキは鉄棒を構えた。写真で、漫画で、生で、いくつも見たバッティングフォーム。それを自分なりに取捨選択し決めた最も打ちやすい構え。

 グリップを固く握り、足を踏ん張る。構えは野球のそれだが、いまこの場で必要なのは対象を叩き壊すだけの力だ。エイキは全身に気力を漲らせた。

 瞳孔が開く。音が遠のき、肌を撫でる風の動きが止まる。

 世界がスローモーションを開始した。

 隕石は、見えた。視認できる距離。

 デカい!

 直感した。人間の頭よりも確実にでかい。その分衝撃が増すはずだ。

 予知の誤差。ありえることだ。

 破壊できるだろうか。一瞬不安がよぎったが、それを振り払うようにエイキは鉄棒を握る手に力を込めなおす。

 やりようはある。

 エイキは体をスライドさせた。視線に対して斜め後方、半歩程移動した。そして同時にスイングのモーションに入る。

 隕石はまだ遠い。狙いは、目の前にいるシルケイだ。

 気配を察知し、シルケイの顔がエイキの方を向いた。シルケイもエイキと同じタイミングで力を使っているので、素早い動きが可能なのだ。

 シルケイはエイキがなにをするつもりか即座に理解したようだ。目と口が驚愕で大きく開かれる。なかなか珍しい表情だな、なんて呑気な感想が頭に浮かんだ。

 エイキはその顔をじっと見たまま鉄棒を正確に、


「――――ッ!」


 振り抜いた。

 羽毛が弾けたように飛び散り、真っ白な塊が砲弾のように隕石に飛び込んでいく。

 叫び声を聞きながら、エイキは素早く鉄棒を構え直した。隕石を視界に捉え、落下地点で待ち構える。

 視界の中で、鈍い音と共に何かが弾けた。羽と礫が空を舞い、鶏の姿が消え去った。

 よし! と心の中でガッツポーズ。隕石の勢いは少しばかり落ちたはずだ。

 ちょっぴり小ぶりになった隕石が、正確にエイキ目掛けて突っ込んでくる。

 いける。エイキは確信した。

 隕石をギリギリまでひきつけ、そして、渾身の力で鉄棒を振った。

 耳障りな金属音が生じ、鋭く大きな破砕音が空気を震わせる。


「――ッし!」


 エイキは、渾身の力で隕石を打ち砕いた。

 鉄棒が真っ二つに叩き折られ、明後日の方向に飛んでいく。無数の欠片になった隕石が、屋根の上に降り落ちた。


「ふッ!」


 直後、エイキの感覚が通常に戻る。

 屋根の上には砕けた隕石の残骸たちが点々と落ちていて、空中にはまだ白い羽がひらひらと舞っていた。

 ざっと周囲に視線を巡らせるが、瓦には損傷を受けたような部分はなかった。エイキの体にも痛みを感じる箇所はなく、鉄棒を握っていた両手がびりびりと痺れているだけだ。被害と言える被害は、長さが半分ほどになってしまった鉄棒ぐらいのものだった。


「――――ッよし!」






「まさか本当にやるとはね」


 すべては一瞬だった。ナズナは三雲家の屋根の上に飛び乗り、思わず感嘆のため息を漏らしながら言った。

「どうよ。これが俺の底力ってもんだぜ」


 エイキの顔は得意気な笑みで満たされていた。それはナズナがよく見慣れた表情で、いつもであればそんな時は呆れ顔を返すだけだったが、今日ばかりは素直に感心するほかない。称賛を送ったっていい大金星だ。

 ナズナの目には隕石が落ちてくる瞬間もエイキが鉄棒を振る動作も見えやせず、ただ耳障りでバカみたいに大きな不協和音と屋根の上でなにかが破裂したことが認識できただけだった。


「あんたらの評価を見直さなきゃいけないかもね」

「当然だ。俺は瓦の上に載ってるだけの置物じゃねえんだからな。エイキのエイは英傑の英。この家に降りかかるどんな危険も退ける並外れた力を持った鬼ってことだ」


 がっはっは、と豪快に笑うエイキ。隕石を叩き壊すなんて無茶苦茶なことをしたくせに、すこぶる元気である。

 そんなエイキを見ていて、ふとナズナは気付く。


「あれ? そういえばシルケイは? 隕石が落ちてくるまでちゃんとここにいたよね?」


 白い鶏の姿が見当たらない。あんな目立つ姿をしているからそうそう見失うこともないのだが。

 ナズナの疑問に対してエイキが答えを返す前に、


「これはどういうことですか!?」


 ナズナの背後から、当のシルケイの怒鳴り声が飛んだ。

 振り返って見てみれば、風見鶏の下の小さな巣にシルケイが座っていた。


「なんでわたしを隕石に向かって打つんですか! そのせいでわたしは一度死んだんですよ!? 鉄棒のフルスイングと隕石の直撃を受けて、その痛みを味わったうえで死んだんですよ!?」

「なにそれ」

「聞いてくださいナズナさん、この男の卑劣なる所業を! まさに鬼畜! こいつは鬼畜生です!」


 エイキに非難の声を浴びせるシルケイは、せっかく隕石を退けられたというのに一ミリも喜べていないようである。


「文句言うなよ。お前がぶつかったから威力が落ちて鉄棒で叩き壊せたんじゃねえか。あのままだったら屋根の上に被害が出ててもおかしくなかったぞ」

「だからってあんな手を使いますか!? わたし死んだんですよ!?」

「本体は無事だったんだから別にいいだろ? そうして五体満足で復活してるんだし。それにお前が言った予知と違ってデカい隕石が降って来たのが悪いんだから、お前にも責任があるだろ」

「予知の結果はあなたにも半分の責任があるでしょうが!」

「……なるほど」


 あの一瞬で何が起こっていたのか、ナズナにもそれがわかった。降ってくる隕石を打ち返すなんてことをする上、それに輪をかけて異常な手段を決行するあたり、やはりゴンゲンというのは常識を逸脱した者たちである。


「結果として、家にも俺たちにも被害はなかったんだからよかったじゃねえか。予知はすべて回避。隕石が俺の顔をぶち抜くっていう予知も完全に外れだったしな」

「あっ! それを根に持ってたんですね? だからこんな真似を!」


 ご多分に漏れず、言い争いは落ち着いていく様子もなくヒートアップしていく。


「なんだオイ、そんなに文句があるならやるか? ぐちぐち不満ばっか言ってんじゃねえよ」

「上等です! その折れた鉄棒でどこまでやれるのか見ものですねえ!」

「お前なんて素手で十分だ! ボコるだけじゃ足りねえ。全身の毛をむしり取ってやるよ!」

「こっちこそその二本の角をへし折ってやりますよ!」


 ナズナは二人から目を逸らし、軒先の傍まで下りていった。隕石の欠片がない所を選び、その場に丸くなる。

 隕石も無事回避できたこととて、もう二人の話に付き合う必要はない。屋根の上で繰り広げられるどたばたとした騒ぎを聞き流し、ナズナは瞼を閉じた。

 怒号と鈍い音が飛び交う中、ナズナは眠る。


「もう一度殺してやろうか!?」

「その大きな目玉を啄んでやりますよ!」


 三雲家は今日も、こんな調子で二人のゴンゲンによって守られているのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ