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第74話 あれは天使ね。クピド的な天使でも、ペテンシでも、ブラノワちゃんマジ天使でもなくて

 その影は人の形をしており、距離と仰角、海の深さなどからから推定すると身長40メートルほどの大きさだと知れた。雲間からの太陽の光が強くなると全体の形もはっきり見えるようになった。

 その巨人は、ピンク色の髪をポニーテールにして、薄い緑地に無数のひまわり模様がプリントされた夏服と、下から仰ぎ見ても下着が見えない系の黒のレギンスというかみじかいスパッツを身につけていて、トラックぐらいの大きさのバッグを肩にかけた女子だった。とても大きい以外は明らかに…。

 おれの高校の先輩で、ついこの間日本のホテルでも一緒だった、普通すぎるシンギュラリティという属性持ちのセイさんだった。

 セイさん(巨)は大きく伸びをすると、うなじからポニーテールの髪のつけねを上にあげて、髪留めのゴム(のようなもの)を締め直して、バッグからふたつの巨大な手鏡を出して顔とうなじを確認して、また鏡をしまうとこちらを見て微笑みながら手を振った。

「あれは天使ね。クピド的な天使でも、ペテンシでも、ブラノワちゃんマジ天使でもなくて、神の意思と言葉をヒトの世界に伝えるためにきたのよ」と、ブラノワちゃんは言った。

 確かに半透明な天使の羽根と、頭上には金色の光の輪が見えた。だから何だってんだ。おれだってコウモリの、悪魔的な翼と吸血鬼の八重歯を持っている。

「私を武器にして戦ってください」と、古鏡の霊獣である龍のタッくん(シャオロン)は言った。

 おれは古鏡をセイさん(天使)の顔に向けて、つまみ的なタッくんの角度をいきなり4時半ぐらいにして、超科学的な光を当ててみた。

 セイさん(天使)は苦しがってる、というより、単にまぶしがってる。

 効いてるきいてる、とタッくんは言うけど、本当なのか。

 セイさん(天使)は、すこし怒ったような顔をして巨大なミニバッグから巨大な手鏡を出して、タッくんの光を的確に受けて、人のいないほうへ向けて反射させた。数キロほど北のほうにある岬の突端部分が薄紅色から真紅に色を変え、溶岩となって崩れ落ち、水蒸気があがった。

「効いてないよ!」

 おれはそう言って、どうせ無駄だとは思うけど闇の力を使うことにした。古鏡の裏側のつまみであるタッくんをつまんで、一度元の位置に戻して、反対の向き、0時から10時ぐらいの方向にひねる。

 うまいこと胴体に当たって、即座に適度の大きさの漆黒の虚無の穴が生まれたが、セイさん(天使)は、あれ? という顔をしただけで、みるみる穴が塞がっていく。創造神の力には確かに勝てない。

 セイさん(天使)は、両手をゆっくり(のように見えるのは全体に巨大すぎるからで、本当はそれなりの速さで)海の中に入れると、ざばあ、とおれたちに海水をかけた。普通の人が深さ20センチぐらいの水を、数メートルぐらい先の人にかける、ぐらいの感じなんだけど、それを30倍ぐらいの大きさの天使がやっているところを想像するといい。

 おれは戦意を喪失して、逃げよう、と、みんなに言った。

「なんでいつも逃げることばかり考えるんだよ」と、全然戦わないハチバンは言った。

「あきらめちゃだめ、これからが本番だって」と、おれに戦わせている姉貴は言った。

「わ、私はなんか勝てないんじゃないかと思いはじめましたわ。でも最後の手として、日本人にはハラキリという一発芸があるじゃないの」と、ブラノワちゃんは言った。

 しょうがないので、おれは最後から二番目の手を使うことにした。

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