第67話 話が先に全然進まないので、私がなんとかしたいわ
遊歩道の途中にいくつも置かれている、机がある木陰のベンチでおれたちは休んだ。コンビニも自動販売機も、その気になって探せばあったのだろうが、カラフルな移動販売車が並んでいたので、非アルコール系の飲料をそこで買った。ブラノワちゃんからもらった金貨を渡して、釣りはいらないよ、と言ったら、売ってる人に、それは困りますよお客さん、と返されたので、普通に電子マネーを使った。ベンチと机は海岸線とは直交する向きに配置されていたため、すこしだけおれの頭は痛くなった。ハチバンはおれの隣の海側のほうで、向かいにブラノワちゃんが座った。はじめてこの子と会ったときのことを思いだした。
その時の相棒だったピエールさんは、たぶん航空機事故で死に、その運命は変えられない。ブラノワちゃんは、ピエールさんに金貨と古鏡が入ったふたつの袋を託して、それは運命に従ってこの海岸に流れつき、おれたちが拾った。
「…という話はどうかな」と、おれはハチバンに言った。
「悪いんだけど、ピエールはまだ生きてるわ。引き続き怪盗フォーコンを追って、ヨーロッパを駆け回っている。これについては長い話になりそうよね」と、ブラノワちゃんは言った。
バートン版のアラビアン・ナイト(千夜一夜物語)には169の主な物語があり、19回にわたって「物語の中の物語」が87語られ、さらに4回にわたって「物語の中の物語の中の物語」を11語られているので、全部で267の物語がある。
多くの人間は、物語を誰かが語る形式を好む。ごんぎつねだと「これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です」ではじまっている。そしてその物語は、「兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました」という、ごんが撃たれた場面、つまり中途半端な形式で終わる。
この物語は、ごんによる視点がところどころに挟まっていることと、「ごんは、ばたりとたおれました」とは書かれてはいるが、死んだとは書かれていないところに作者の暗示がある。つまり、この物語の正しい終わりかたは、こうだ。
『その話は本当のことだったの、と私が聞くと、茂兵さんは寂しく笑って、背中の傷を見せました。それは、火縄銃で撃たれた痕のように、私には思えました』
多分、ピエールさんの物語は、ブラノワちゃんが作る物語として完結することになるだろう。
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「なんで冷たい飲み物をもらうときに、紙ナプキンをもらわなかったんだよ。周りが結露してびしょびしょになるだろ。ハンドタオルをそこで出すなって、もう遅いよ。飲み物にまがい物のミルク入れるなら、売ってる車の前でやるの。ゴミ箱がちゃんとあったのに。飲み終わったら容器と一緒に捨てれば、って、飲んでる間邪魔やん。最初からカフェオレ頼めよ。あたしが左利きなのを知ってるのに、どうしてあんたの右側に座らせるの。手がこんな感じでぶつかって邪魔じゃないか」
文句を言っているのはハチバンで、言われているのはおれだけど、左利きって設定は今、はじめて聞かされたよ。あなたも多分はじめてだよね。これが本当に物語で、映像化(アニメ化・映画化)されたら最初からそうなっていたのがわかったはずなのに。ハチバンはカイザー・ソゼだったという方向でネタバラしたいのか。
「話が先に全然進まないので、私がなんとかしたいわ。ナオ、あなたが今までに受け取った秘宝は全部持って来てるわね。それを残らず身につけてみて」
おれは言われたとおりにした。
蛾の触角のような緑の髪飾り、赤い色の豚、じゃなくて龍の鼻、おふくろからもらった黄色い手袋、そしてルビーの指輪。
その格好を見てハチバンは容赦なく笑って、ブラノワちゃんは、鼻の色があなたにとっては変だけど、赤鼻のトナカイだから仕方ないわね、と言った。




