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第64話 コトバとはコトのハ、つまりリアルの切片

 クリスマスは前日の日没からはじまって、当日の日没に終わるので、前日の日の出はビフォア・クリスマスの終わりのはじまりだ。日没は寂しく終わる、ヒトがこの世界から消えた後のようで、日の出は世界を滅ぼす力を持ったヒトがそれを行使したときのようだ。夏のはじまりのシドニー、東向きのマンリービーチの海岸で、おれとハチバンは払暁に座りこんで熱風を受けていた。風は潮の匂いがして、ハチバンは糖蜜のような匂いがした。おれは、自分たちの一族、つまり吸血鬼について考えていた。

 ヒトが吸血鬼と呼ぶ、ヒトと似た種族は、宇宙のどこか、多分地球とよく似た環境に生まれ、その惑星の進化の頂点に立って全銀河系に広まった。強い光と直交する直線以外の弱点はなく、どんなものでもエネルギーに変えて、ほぼ不死の存在というのは、リアルを明らかに越えている。つまり、おれたちを作った超リアルな何か、それは神と言ってもいいかもしれないけれど、非リアルをリアルに埋め込むメタな力を持っている。

 おれは昨夜、入浴後、自分の手の甲の匂いをかぎ、舌で軽く舐めたあと、同じようなことをハチバンに(エロい目的ではなく)やってみた。その夜はまだ、ブラノワちゃんからのプレゼントだった龍の鼻をつけないといけなかったので、実にかっこ悪いスタイルだったが、わかったことは、おれからは何も感じられなくて、ハチバンからは人工とリアルの、両方の香りと舌ざわりがした、ということだ。要するに情報量が多い。

 コトバとはコトのハ、つまりリアルの切片で、それをあやつることでヒトはうまいこと、非リアルを作ることができる。おれがハチバンの容姿や声の響き、手の暖かさその他をうまいこと語っても、コトバあるいはそれを模した映画・アニメではただの切片にすぎない。しかしおれが失っていた感覚を取り戻すと同時に得たものは、制御できない感情で、言ってみれば死を恐れる感覚だ。リアルのハチバンを失いたくない、という抑えがたい気持ちだ。

     *

 夜の空の暗黒はじきに不安な濃紺からときめきの群青に色を変えて、日の出を待ちきれない雲はただの黒い影から光る灰色へと色を変えていった。ハチバンは赤いクリスマス仕様のサマーブラウスでおしゃれサンダル、それにおしゃれ日傘をもうさしていた。

 おれとハチバンは波打ち際まで歩いて、打ち寄せる波を両足の横に感じながら歩いた。この季節のリゾート地には同じようなことをやっている恋人たちが幾組もいた。遊歩道やベンチのある岸壁は、絵の中の「Twilight in Summer」にはさっぱり似ていなかったが、夏とトワイライトは確かにそこにあった。

 そしておれたちは、打ち寄せては引く波の中に、金色と銀色に光る、皮の財布のような巾着をふたつ見つけた。それは夢の中の夢のような、非リアルさでおれたちに見つけられるのを待っていたんだ、と思う。

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