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第58話 あんな素敵な人、百年にひとりぐらいしかいないしー

「はい、女王様の水」と言っておふくろは、おれにペットボトル入りのホットミルクティーをくれた。

「甘くてあったかくて、お母さんの味がするはずだよ」と言うが、そんなこと言われてもなあ。

 近くのコンビニで買ってきたんだけど、すこし冷めてるかもしれない、ともつけ加えた。

     *

 おれとおふくろは、神社へ続いていた階段の一番上のところに腰をかけて話をした。きれいな夜空ときれいな街灯、それに川の付近の霧のようなものが見えた。おれが超電磁パチンコで飛ばされた砲弾およびそれが着水した川の水と水蒸気によるものだ。

 おれを導いた虹色のテントウムシは、普段はご神木が葉を落としたその下に眠って冬を越し、もう何十年も生きているらしい。おふくろは、ご神木その他神社の樹木や雑草、それによって生きているさまざまな生物について語った。

「私は、お父さんと結婚するとき、こう言ったんだよ。自分の子供が私と同じぐらいの背丈になったら、自分の世界に帰らないといけないんだけど、それでもいいかな、って」と、おふくろは言った。

「ふーん。親父は、理由は言えないけど母ちゃんは遠いところに行ってしまってもう戻らない、という曖昧な説明をしてたから、別の男にでも取られたんじゃないかと勝手に思ってた」

「そんなことあるわけないじゃん。あんな素敵な人、百年にひとりぐらいしかいないしー」

 でも今までに10人ぐらいはいたんですね、母ちゃん。

「ところで、自分の世界って言ったよね。それってどういう意味? 神様の世界?」と、おれは聞いた。

「似たようなもんかな。ナオくんがいる、どう見てもリアルな世界があるよね。私やほかの神は、その世界を作ったメタ・リアルな世界に住んでるの」

 おふくろは、手にした王笏を、ダイヤモンドが埋め込まれているように見えるほうを先端にして、剣のように前に突き出した。

 星空から無数の光がその宝石に収束し、一段と強く輝いて、階段から町へと広がっていった。

「無数の可能な、ここにおいてはリアルな世界の未来は、多面的なファセット・切り口を経て、ひとつの過去になっていくのね。ファセットというのは複数の視点。世界は、見るヒトによってさまざまに見えるわけ。お父さんやナオくん、ナオくんのお友だち、みんな独自の解釈と認識で世界を見ている。ナオくんはニースで指輪を、マニラで髪飾りを手に入れたよね。それらは君の認識を広げる役に立ったかなあ」

 マニラで手に入れたのは首飾りではなく触角だったけど。あと世界がうるさくなっただけで、あまり役には立ってない。

「私はあなたにこの手袋をあげるね」

 おふくろは、両手にしていたうす黄色い手袋を取っておれに渡した。おれが燕尾服を置いて腕まくりをしてそれをつけると、色はさらに薄くなって、おれの肌の色と同じになり、そしておれは知った。

 今までに感じたことのない寒さと、手の中のぬるい飲料の暖かさと、肩に当てられたおふくろの手の、確かな暖かさと柔らかさを。

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