第54話 まずはナオさん、その服をお脱ぎください
「どうもまだヒトの気が残っているようすでな。地上の大浴場でちゃんと体を洗いましたか」と、どう見てもタヌキに見える霊獣リゾート図書館の館長は言った。
言われてみると確かに、ハチバンの背中その他は洗ってあげたけど、脱衣場のビールを飲みに行ったので記憶にない。
「あのお湯には美肌効果も含めて薬効としての霊力があるんですが。いい機会なので源泉にご案内しましょう。その前に、酒虫とお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
館長が持っている徳利をおれのほうに向けると、酒虫のアルくん(アルチュール)がふらふらとおれの体内から出てきた。
「どう思う、アルくん」
「あっしは一杯やれれば別にかまわないです」と、アルくんは言った。
「それはまことにありがたい。実は、過去の書物でなかなか手に入らないものが山のようにありまして、アルくんの千年前までたどれる力のご協力があればなんとかなりそうな気がするのです」
「えーっ、アルくんってそんな古くからいたんだ。出雲神話の時代から? でも、アルくんのタイムリープ能力は限定的じゃなかったっけ。つまり、ヒトでも霊獣でも、アルくんが実際に見ていないとさかのぼれない、みたいな」と、おれは質問した。
「私たちの寿命は特にない、ということになっていますので、その点はざっくり問題はないのです。きっとアルくんが過去に、私たちの誰かを見ていると思います」
納得できない話だが、とりあえず納得しておく。
「まずはナオさん、その服をお脱ぎください。これはヒトの服、あなたは霊獣の仲間みたいなものですから簡単です。あらよっと」
館長がおれのガウンとその下の寝間着と下着をひっぱると、実にうまいこと全裸になった。胸と尻の部分には、アニメのエロ規制みたいな感じの、虹色のボカシが入っている。でも体感では全裸である。読者サービスの無駄遣いとしか思えない。
「アルくんはあとでお返ししますし、ご利用カードも作っておきます。そーれお前たち、ナオさんを本当の温泉に放り込めーっ」
館長の掛け声で、わらわらとミニオンズみたいな感じの小さいタヌキがやってきて、おれを担ぎ上げると巨大な穴に放り込んだ。
緊急事態発生、ということで、おれの肩甲骨のところにあるコウモリの翼形のアザは、ビジュアル的にすこし大きなコウモリの翼になったが、重力コントロールされているというその竪穴は、落ちるのも上るのもゆっくりになるので、おれはゆっくりと地下50階の案内フロアから、地下60階の温泉に落ちることになった。
*
普通の露天風呂を模した地下の大露天風呂は、たてよこ数十メートルの大きさで、見上げると天井のようなものには、夜空を模したようなものが広がって見えて、浴槽にはさまざまな形と大きさの霊獣、というか百鬼夜行がくつろいでいた。
「おお、その翼とその小ささ、それにその八重歯はどう見ても魔女っ子吸血鬼ですね」と、そこにいたガイドっぽい中タヌキとしか見えない霊獣は言った。
全体の雰囲気としては日本で一番ヒットした劇場アニメに出てくる銭湯のジェネリック版みたいな感じだと思ってもらえばいいだろう。
ああ、確かにこの湯に浸かっていると、おれの体に霊力というものが本当にあるのだとしたら、確かに満ち満ちてくる気がするな。
出ると複数の小タヌキに全身をすみずみまで、人外ソープで洗ってもらって、霊動マッサージ椅子に座って、霊樹フルーツ牛乳を飲んでたらなんかもう、ヒトの世界のことなんかどうでもよくなる。
「おくつろぎのところを申し訳ありません、ナオ王子。そろそろ女王陛下、つまりあなたの母上とご対面の準備が整いましたので」と、中タヌキよりちょっと大きめだけど、館長ほどには大きくないほどほどの大きさのタヌキに肩を叩かれて、おれは、はっ、とした。




