第52話 地上4階地下60階…?
おれたちは酒虫のアルくん(アルチュール)のタイムリープ能力によって、夕食の前、大浴場の時点に戻って、やり直しをした。これで事件は解決した。誰も死なないし、真犯人もいない。
セイさんはアカネさんのそばを離れることはなかったので、結局アカネさんにとっては長湯になったらしい。
デリシャスな夕食も、8回ぐらいタイムリープしてみたんだけど、なんか楽しいところって何度も繰り返すと飽きちゃうんだよな。親父は、文化祭前日の準備の夜のほうが文化祭当日より楽しいのと同じだ、と言ったが、なくなって久しい学校の行事を例に出されても、なんとなくしかわからない。過去に戻っても記憶が残っているということは、満腹感とか味の記憶も残っているわけで、だんだんみんなは変な食べかたになっていったりする。刺し身にジャムを塗ったりとかですね。ブラノワちゃんは「これもおいしいわ!」と言ってたけど、そんなわけはないと思う。
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おれはいつもより短いテキストを書いてネット上にアップしたあと、いつもより早い時間に床についた。ハチバンは隣のベッドでよく寝ている。自分の物語の展開をどうしようかと考えると同時に、次の物語のネタを漠然と考えるのがおれのいつもの習慣になっていて、どうせ脳内から出ることはないだろう、と思うようなものばかりである。
たとえば、異世界転生小説が禁じられたディストピアで、その物語を密売するギャングの5大ファミリーというネタ、なんていったい誰が書くだろう。まあ念のために今度図書館に行ったらそれっぽいもの探してみるとするか。
ハチバンの側に光が当たらないよう携帯端末の位置を操作して、アメリカのギャングについて調べていたらけっこう面白いし、図書館に関連本の予約などもしていたらけっこう時間が経って、突然画面の前に小さな虫が止まったのでおれは驚いた。
その虫は5ミリ程度の、虹色の光を強弱をつけて放つ、テントウムシに似た形をしていた。
誘われるようにおれはベッドから降りてガウンをはおり、虫の案内にしたがって、寝室からリビング、廊下、そして廊下中央のエレベーターまで行き、下の階へ行くボタンを押した。
深夜のエレベーターは象が引き上げられるクレーンのような音を立てておれの階である3階に止まり、中を照らしていた不自然な白色光はおれが乗ったとたんに一度消えて、濃紺の照明に変わった。
エレベーターの上下ボタンは、おれの記憶ではこの建物と同じ地上4階地下1階のはずだったが、薄暗い明かりの中で昔の電灯のような色で光っているボタンの列は12倍に増えていた。
「地上4階地下60階…?」
そして、虹色の虫は「B60」と表示されているボタンの上に止まり、これを押して、というような感じで光っていた。
おれはためらいながら指を伸ばして一度止め、覚悟を決めてそれを押した。




