第49話 さようなら 今まで嘘をありがとう
なんか宴会芸やってくれよー、というみんなの要望に応えて、通常はおれの親父の体内でゴロゴロしている酒虫のエルくんは、それじゃ、しばらく披露したことのない能力を見せてあげるー、と言った。
「世界は不確定なものが山ほどあって、そのだいたいはたいして違いのない無数の世界に分かれる未来となって、現在はそれを結んでいるつなぎ目になっておりますー。ここにいるヒトで、一番不確定なのは誰かというと、ブラノワちゃんやねー」
「私がですか!」と、ゲストキャラから準レギュラーキャラになったフランスの名探偵・ブラノワちゃんは驚いてくれた。リアクションがわかりやすくていい子である。
「じゃあちょっと、窓ぎわに立って、こう、右に行こうかな、と思うような感じで左に歩いてみてー」
首をひねりながら言われた通りにすると、ブラノワちゃんが増えた。
左に歩いたほうは、白地に黒の大小のドットがついたワンピース。
右のほうは、黒地に白のドットのワンピース。
「あなたはノワール!」と、白地の子は言った。
「あなたはブラン!」と、黒地の子は言った。
「これが非実在マジック、時枝でござーい」と、エルくんは言った。
「そ、それはよろしいのですが」「私たち、というか私は」「元にちゃんと戻れるんでしょう」「ね」と、ブラン&ノワールちゃんは交互に言った。
「はい、分岐点まで時間を巻き戻せば大丈夫ですよー」
おれたちの時間は巻き戻された。
。たれさ戻き巻は間時のちたれお
「…すごいなこれは」と、おれは感心した。
「あにきはすごいんです!」と、同じ酒虫で普段はおれの体内にいるアルくん(アルチュール)も無駄に自慢をした。
「すごいことはすごいんですが、タイム・リープと比べると応用力がないんですよー。問題が起きても解決するんじゃなくて、問題が増えるだけですからー」
言われてみると確かにそうだな。失敗したところまで戻れるセーブ能力のほうが役に立つ。
それからさらに宴会はいろいろ盛り上がり、しばらく時間がたって、なかなか起きてこないハチバンと、自分の部屋で休んでいるはずのアカネさんが心配になったが、様子を見に行った同室のセイさんは青い顔をして戻ってきた。
「…アカネ…息してない…」
*
おれはベッドルームのドアを開けて、ハチバンがどうなっているか、いや、何をしているかを確認しに行った。他のみんなは隣室の、アカネさんとセイさんの客室に向かった。
ふわわ、という感じでハチバンは、明らかに今まで寝ていた風情である。
『さようなら 今まで嘘をありがとう』
それがアカネさんの、遺言と思われるものだった。
アカネさんは客室のバスルームのドアノブにタオルをぶら下げて、それに首をかけて、明らかに息をしていなかった。
「ななな、何とかならないの、アルくん! タイム・リープとか出来るじゃん!」と、おれは言った。
「そらいいんでげすが、旦那、あっしが「起こったこと」の記憶を残して巻き戻せる相手は、あっしが直接見たヒト・見た時間のところまででやんす。アカネさんはあっしが初めて、ここで見たおかたですんで」
そんな設定聞いてないけど、言われてみるとそうだね。旧神の復活を企むネストの秘密基地を攻撃したときとかはそうだった。




