第43話 ひょっとしたら、おれがジュンコさんの物語を書けば
クルーザーの運転は酒虫のアルくん(アルチュール)にまかせて(ブラノワちゃんは、私にもできますわ、とは言ったけど、本当かどうかはわからない)、ヒトである3人と吸血鬼であるおれはデッキの飲み残しや食べ残し、それにゴミをかたづけた。
銀紙を貼りつけたような月の下、遠くの島々やそれよりは近い海の上に、ヒトの人工光が見えていて、イチバンさんは引き続き謎の黄色い鱗粉の、嘘っぽい光に包まれていた。
「ところで、ジュンコが『これが嘘のつきじまい』と書いてたということは、『これが嘘のつきじまいとは限らない』という意味ですよね」と、イチバンさんは干からびたパンとチーズを食べながらおれに聞いた。
おれも、どうもアルくんがいないとあまり酒を飲みたい気分にならないので、非アルコール系の飲料を口にして、月を見ながらイチバンさんとすこし話をした。
ブラノワちゃんは、操縦室のアルくんと話をしに行った。ひょっとしたらすこしぐらい操舵したかもしれない。
ハチバンは船室に戻って、吸血鬼仕様のおれの棺の中で仮眠を取っていた。起こすの面倒くさいな。
「嘘つきがついた嘘は、本当か嘘かわからないのが困りますね」と、おれは答えた。
「じゃ、それはともかく、『さようなら』は『また会いましょう』って意味ですよね。いつかまた会えるんだろうなあ」
「そうですね。ひょっとしたら、おれがジュンコさんの物語を書けば、ジュンコさんはまたこの世界に戻れるかも」
「本当ですか? いつ? 今?」と、イチバンさんはおれの手を強く握りしめて聞いた。
「今晩はもう無理ですよ。それに、おれの場合は、短編ならともかく、ちゃんと筋のある物語を作るには最低1週間から10日ぐらいかかっちゃうんで…」
ちょっと待っていてください、とイチバンさんは騒がしい音を立てながら船室に降りていって、しばらくしたら一冊のノートを持ってきておれに渡した。
「復活していただけるんなら、ジュンコはこのイメージでお願いします!」
ノートには片目眼帯で海賊っぽいファッション(それもカリブ海系の)をしたジュンコさんの絵が書いてあった。
「眼帯は右目のほうですよ! じゃないと、私がジュンコの左側に立ったとき、うまく見てもらえないじゃないですか」
これはあれだな。設定だけ作って話はうまく作れない、設定厨という奴だ。
「わかりました。でもこの、左手の指がマシンガンになってて、指先から銃弾が出せる、って設定とか、おっぱいミサイルは虚構度が高すぎるので、自主ボツの方向にさせてください」
*
翌日、おれたちはフィリピンから日本に帰った。
酒虫のアルくん(アルチュール)は、もう外への出方がわかったんで、と言って再びおれの体に戻り、イチバンさんはおれとハチバンとブラノワちゃんを空港まで送ってくれた。
ブラノワちゃんは、またいつかどこかで、きっとお会いしましょう、と手を振ってフランス行きの飛行機の発着場へ行った。
お別れの前に、イチバンさんはおれに透明な黄褐色の、小さな櫛のような髪飾りをくれた。
「これは、はるか昔に絶滅した生物が残していった甲殻で作られたものです。私たちと交易を持つ別の王族は、その生物を崇拝し、神あるいは自分たちの先祖として崇めています。これからの旅のお守りとしてお受け取りください」
空港はけっこうがやがやとかごうごうとか音がうるさいな。
ということで、その髪飾りをつけたら、じゃんじゃーん、じゃじゃーん、という感じでどこか寂しいけれど力強い劇伴がまた聞こえるようになった。
せっかく忘れようと思っていたのにこのざまである。
おれはその髪飾りを、こういうのは女子が持ってたほうがいいだろう、と適当なことを言ってハチバンに渡した。
「え、いいの? こんなのもらって。…あ、なんかかなり軽めの、頭の悪そうな、安っぽい電子音楽っぽいものが聞こえる」
それがハチバンのキャラBGMだからね。




