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第29話 ばかもーん、そいつがルパンだ!

「あついっ! あついよぉぉっ! うぐひぃっ!」と、エロボイスと勘違いしそうなことを叫びながら、おれよりすこしかわいいかもしれないちびっこ探偵のブラン・ノワール(ブラノワ)ちゃんはおれのなすがままにされていた。

 実のところ(というのもだいたい嘘ですが)、ブラノワちゃんがおれの実在を示す手がかりとなるルビーの指輪を、おれの代わりに身につけたら、薄ぼんやりとした白い光に全身がコーティングされたような感じになっただけで、魔法少女に変身したわけではない。でもって、テンプレ通り指輪が抜けなくなった。

 このためだけに出てきたような、ゴリラ男でインターポールのピエールが、手加減してひっぱってみても全然抜けない。本気でひっぱったらブラノワちゃんがこわれちゃう。

「抜けなくなった場合はお買い求めですな。えーと、十億円!」とおれはふっかけてみた。

 まあそれは冗談だけどね、と、おれはしぶしぶ魔力を使ってブラノワちゃんを助けてあげることにした。どんなものでもほんのすこしだけ熱くする程度の能力だけど、冷めたコーヒーを温め直すといった有益なことには使えない。水もしくはそれに近いものって温度を変えにくいんだよね。

 うまいことに、指輪は十分に小さいし、多分金だと思うその金属部分は、すこしあたためて膨張させることはそんなに難しくない。熱膨張率と熱伝導率のぐだぐだした説明ははぶくけど、数日もすれば治るぐらいの軽いやけどですむはずだ。確かにすこし熱いかもしれないが、この魔力はけっこうエネルギーがいるのだ。牛乳の1リットル紙パックぐらい。

「ほらあ、もうとろっとろだよ…体は正直だな」と、おれは調子に乗って言葉攻めをしてみた。

 指輪の内側には「ルーパーン・ナ・プリタク・シュニャター」とサンスクリット語で書いてあったので、ブラノワちゃんの右手薬指には赤い輪のあとと、その語の逆さ文字の濃い赤いあとが残った。

 意味は「ばかもーん、そいつがルパンだ!」じゃなくて「色即是空」です。存在は無と同じ。

 しかし、ブラノワちゃんはなんでも自分で試してみたがる子なんだな。

 おれが指にはめようとしたら、穴は見えるんだけど、どの指も通らない。それはおれの実在を証明しているのか、不在を証明しているのか。多分まだ時期が来ないんだろう。

 その指輪の輪を通してブラノワちゃんを見たら、面白いことがわかった。つまり、おれの右目では黒猫、左目では白猫に見える。ふたつの実在もしくは虚構の存在が同時に存在しているのか。

 ハチバンは、あたしにもやらせて、と言ったので貸してあげると、ブラノワちゃんは右目ではハンサムボーイ、左目ではキューティガールに見える、だそうだ。

 おれの場合は、ハチバンには別に変わらないように見える、とのことである。

 おれは考えた。

 ハチバンにとっておれは、十分に存在の密度が濃いのか。

 しかしこの指輪、自分で自分を見ることはできないんだよね。自分が相手をどう見るか、あるいは相手にどう見られているか、しかわからない。

 そうか、とおれはひらめいて、ハチバンが覗いている手を無理やり180度向きを変えて、ハチバンを覗いてみた。

 それは、ハチバンが実在する、と頭の中で考えているハチバンの姿だ。

 見えたものは、東野圭吾が若いときみたいなナイスガイだったんだけど…これってどう解釈したらいいんだろう。

 ハチバンがナイスガイで、おれが美少女(毎度ながら、自分で言うのも何ですが)という世界が、虚構ではなく現実として存在する、ってことなのかな。

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