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第24話 これはおいしいわね。魚か何かのミイラかしら

 少女探偵(名探偵かどうかは不明)のブラン・ノワール、もう面倒だからブラノワちゃんにしておくけど、は、ワイングラスをふたつ、おれとハチバン用に店の人に頼むと、おれの前に置かれたグラスに勝手に白ワインを注ぎ始めた。グラスの3/4ぐらいね。

 朝から飲んじゃうと、おれはともかくあなたが仕事にならなくなるんじゃないの? っておれが聞いたら、私のお酌じゃいただけないとでもおっしゃるの(俺が注いだ酒が飲めないっつーのか)? と言われたので、とりあえずいただきました。ハチバンは引き続き二日酔いなので、ワインの匂いをかいだだけで青い顔をしてトイレに行った。

「盗賊集団マルタの鷹の爪と、怪盗フォーコンが、あなたの秘宝を狙っているわ」と、ブラノワちゃんは片手にワイン、片手にチーズの切片(前の皿には数種類の、色と形の違ったチーズが盛られていた)を持って言った。

「いやちょっと待ってよ。マルタの鷹じゃなくてマルタのハヤブサじゃないの?」

 ダシール・ハメットのハードボイルド小説で、映画にもなった『マルタの鷹』は、原題だとマルチーズ・ファルコンで、どう考えてもハヤブサである。鷹だったらホークだよね。

 ただ、この鷹とハヤブサの混同というか、比較的どうでもいいレベルの扱いは、古代エジプト時代からのもので、太陽神ホルスはちゃんとハヤブサの目(通称ホルスの目またはウジャトの目)をしている。猛禽類を使った狩りをするのは、日本では鷹狩と呼ばれて鷹が使われるが、中近東からヨーロッパにかけてはそういうこともなくて、英語だとファルコンリィ、ハヤブサ狩りである。

 マルタの鷹の伝説の起源は、オスマン帝国第四代皇帝バヤジット1世が、ニコポリスの戦いで捕らえたブルゴーニュ公ジャン1世(無怖公)の身代金として20万フローリンの金貨の代わりに12羽のシロハヤブサを求めた故事に由来する。

 ホルスとオーディンは、知恵の代償に片目を失った。あっ、このあたりも物語に組み込めるな。

「何を検索していらっしゃるの?」と、おれが携帯端末を見ながらフリックしているのを、ブラノワちゃんは目を細くして見た。

 トイレから戻ったハチバンは、なんかフランス女子の名前って、フランシーヌとかジョセフィーヌとかペリーヌとか、イヌ系多くない? とおれにまたネタを振ってきた。

「カトリーヌとかキボンヌとかな。怪盗キボンヌ、なんちゃって」と、おれは言った。

 後世になってこのあたりのギャグがわからなくなっている人のために、というか今の段階でも分からない人がいるかもしれないけど、まあネットスラングもしくはネット死語で、回答キボンヌと関係ある。

「アーニャとかサーニャとかカチューシャとか、ロシアだとネコっぽいよね」

「カチューシャはちょっと違うだろ。あとビッチな」

 ハチバンはブラノワちゃんのところの皿からチーズを2枚取って、お、これは乙でげすな、と野良幇間みたいなことを言ってもう一枚取ろうとしたところを、ブラノワちゃんにはたかれた。考えてみるといつもモグモグしてる子だね、ハチバンは。

 まあまあ、ここはひとつ、とおれは日本から持ってきたチーズいかくんの残りを、おれのバッグから出してブラノワちゃんに差し出した。ブラノワちゃんは用心深く匂いを嗅いで、すこし顔をしかめたが、すぐにかみ始めて、おかわりちょうだい、と手を出した。

 イヌ系でもネコ系でもいいんだけど、こんな消化の悪そうなものを、チーズみたいに食べていいんだろうか。

 おれはブラノワちゃんに、これはずーっと口の中で噛んでると味がじわじわ出てくるんだ、と教えてあげた。

「これはおいしいわね。魚か何かのミイラかしら」と、ブラノワちゃんは言った。

 干物、というのはフランス語でそういうのか、と思ったけど、そこらへんは適当なのである。

     *

「それはともかく、マルタのハヤブサ団の話でしたっけ」と、おれは話を続けた。

「すこし違うけど、だいたいそんなものね。国際的犯罪組織として、悪いことなら何でもやる、いいことも時にはやる、血の盟約で結ばれた暗黒結社。怪盗フォーコンと自称する、正体不明の人物は、その組織とすごく悪いこと以外なら協力したりする仲で、それがきのうの午後、あなたが会ったアクレナって人ね」と、ブラノワちゃんは言った。

「ええっ!?」とおれは、笑福亭仁鶴の落語の中で、彌次郎が北海道に行ったときのほら話を聞かされた男のような感じで驚いた。

 正確には、うまく驚けたかどうか自信はなかった、と言いたいところだった。

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