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第22話 おめーはフランス女子の名前ってそれしか知らねーのかよ

 おれたちは30分後に、その警察関係者と下のラウンジで会う約束をして、その前になすべきことをした。

 ハチバンはおれが眠っていた朝がたに入浴を済ませたらしい。頭が痛いけど、ビールそういうときに飲んだほうがいいのかな、とマジで聞かれたが、フランスで朝から飲める酒はワインだけだ(ここらへんすこし嘘が混じってるけど、そんなことを気にする人間は、日本人にはいない)、と言うと二日酔いの頭を抱えこんだ。飲んだほうがいい、ってのはおかしいだろどう考えても。

 浅黄色と浅葱色のふたつの、冒涜的でないほうのパンツをベッドに並べて、どっちがいいだろうかと考えていたら、ハチバンが、え、あんた前はそんなの、どっちも薄い灰色だ、とか言ってなかったけ、と意味のわからないことを口にした。いや、別に区別はしてましたよ。でも考えてみると白と黒の服しか今まで着てなかったな。あと濃い灰色と薄い灰色。

 余談だが、白黒映画『カサブランカ』で有名なピアノは当然オーク色だったんだけど、どこの誰かがこれを擬似カラー映画にしようと考えたときは、着色の失敗で濃い緑色になってしまった。

 白黒映画は陰影がくっきりして、カラー映画は色彩がくっきりしている。日本映画の初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』は、失敗を恐れた映画会社が白黒版のものも作っていて、この映画の中で高峰秀子と小林トシ子の踊り子ふたりが着る服その他は高島屋が全部提供したんだけど、白黒版ではっとするほど美しいのは、ふたりが歩く雑木林の光と影の演出で、そういうの見たらもう、誰も『カサブランカ』や黒澤明『羅生門』を擬似カラー版にしようなんて思う人間はいないだろう。

     *

 ラウンジにいたその男は大きかった。ゴリラと戦っても1回戦ぐらいは試合になりそうな体と背丈で、ハチバンをお姫様だっこしても100メートルは歩けるどころかランニングできるぐらいの存在感があった。おまけにコーヒーとドーナツを朝食にしていた。正確にはフレンチクルーラーという商品もあるぐらいなんで、クルーラー(揚げ菓子)ですけどね。

「インターポールに派遣されてます、フランス警察のピエールです」と、男は自己紹介して手を出したので、おれはその小指を握り返した。それでちょうどいいぐらいの大きさだった。

 その隣には、相棒とはとても思えない、浄瑠璃語りの三味線弾きの三味線みたいな感じで、壁に埋まるような感じで、なんか小さい人、というより子供かな、みたいなのがいて、一緒に立ち上がった。

 金髪のツインテールで、ビスク色の瞳、すこしつり上がった目と、おれより指2本分ぐらいしか大きくないその子は。

「ひょっとして、おれのパチモンさんですか」と、おれは聞いた。

「意味はわからないけど、失礼なことを言うわね」と、その子は言った。

「私の名前は、そうね、あなたも名探偵だそうだから、そのくらい当ててごらんなさいな」

 ここらへん、なんか古臭い、村上春樹の翻訳に出てくる女性みたいな口調は、別に実際にその子がそうしゃべったわけじゃなくて、フランス語を日本語に脳内変換してみただけである。

「えーと…フランソワーズ?」

「あなた、まさかフランス女子の名前はそれしかご存じないってことはないわよね(おめーはフランス女子の名前ってそれしか知らねーのかよ)」と、その子は床を踏んで抗議した。普通に言うと地団駄を踏むなんだけど、地団駄って何だよ。そんなの、あなたも踏むどころか見たこともないよね。地雷なら知ってるがそういうのはあまり踏んだ人はいない。

 でも、フランス人が知ってる日本人女子の名前だって、ヨーコぐらいしかないだろうがよ。ヨーコ・オノと小川洋子ね。

 フランス男子の名前はもうすこし知られている。ジャンとピエールとフランソワ。

「私の名前はブラン・ノワール。れっきとした名探偵よ」

 ぶっ、とおれは吹いた。日本語にすると白井黒子さん。だいたいこういうのは、世界各国で真名は使われないことになっているのだが、それでいいのか。

「略してブラノワさんね、はいはい、少年少女探偵枠かな? お子ちゃまは家でココアでも飲んで、刑事のパパが持ってくる難事件をズバッと解決してればいいんじゃないの?」

「失礼なおかたね! フランスでは飲酒も名探偵の資格も、16歳で可能なのよ!」

 その通りである。

 でもって、ブラノワさんは朝からワインを飲んでいる。要するに16歳なんだな。

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