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第12話 ハチバンは見ないほうがいい

 その、水彩画のように思える絵は、夏と思われる海岸沿いに作られた道が描かれていた。車道の間に熱帯系のシュロみたいな木が生えており、海岸に近い歩道は男女が肩を組んで歩いてたり、ひとりで歩いていたりする。車はその横を通って、奥には背のさほど高くない、ホテルのような建築物がいくつか、ずっと先のほうまで連なっている。バルコニーやテラスがあったり、しっかりした柱で支えられている、モダン建築以前の、割と豪華な建物だ。歩いている人物は金がありそうにもなさそうにも見えるが、とにかくスーツの者はおらず、走っている車もどこか実用性を感じさせない。おまけに明らかに古い。これは半世紀ぐらい昔の、嘘っぽいハリウッド映画の一シーンか、それに類する写真を模写したものだ。

「そして、その『私はここにいます』というメッセージ。どう思う、ハチバン?」と、おれは聞いた。

「まず、私とは誰か、こことはどこか、その私はわれわれに何を求めているか、だよね」と、ハチバンは言った。

「それから、おれがいない間に、おれの家に、誰がどうやって入ったか、だ。ハチバンがこの紙を置いた者じゃないことはほぼ確実だよ。だって、そんな紙がない部屋から一緒に出て、コンビニで別れるまでずっと一緒だったし」

「まず、一番納得できないのは、ナオ、あんただよ。あんたはこの話の途中で、『そしておれはハチバンと別れ、なすべきことをした』って、ごまかしの叙述を入れてたりしない?」

 ああああああ、ミステリーの叙述トリックで一番有名なのを出してきたよ! 作者と作品名は出さないけどな。

 ハチバンはおれを指差して言った。

「つまり、犯人は合理的に考えて、あなた以外には考えられないのですよ、いや実に不思議な事件だ」

「んなわけねーだろ」と、おれは答えた。

「でも別にナオでもいいやん。私とはナオ、こことはこの部屋、何を求めているかについては早く謎を解決してビールを飲みたい」

「いや、確かにビールはいい考えだけどね。どうせならこの絵があった場所で飲みたいよ」

 と話しているうちに、とつぜん風呂場から、どたばたがさり、という音がした。

 おれはハチバンに、ちょっと様子を見てくる、と言って、ダイニングルームから風呂場に足を向けた。

 そして、その惨劇の場を見た。

「…ハチバンは見ないほうがいい」

     *

 風呂の洗い場では全裸の親父があおむけに、股間を丸出しにして倒れており、浴槽にはおれの、ものすごく高くて重くて人が殺せるぐらいの厚さの資料本がぐしゃぐしゃになって水没していた。

 おれだって親父の全裸など見たくはなかったのだが、酔っ払って倒れているだけで、まだ息はしているので安心した。

「上半身を壁に立てかけて、温水シャワーでもかけておくことにした。しばらくすればぐでんぐでん状態からへろへろ状態までには回復するだろう」

 おれはずぶぬれの資料本に、どうせこの本は駄目だろうけど、と思いながらドライヤーをかけながら言った。まったく、図書館から借りた本じゃなくてよかったよな、親父。

「そうだね、死んでたとしてもシャワーをかけとけば死亡推定時刻はごまかせるしね」

 それは昔はそんなトリックでも使えたんだけどさ…。


「それでは、親父の知らない人間は誰もこの家に出入りしなかったんだな」

「あたしに聞かせて。おじさんが知っている人間はこの家に出入りしたの?」

 これは嘘つき村と正直者の話だな。

「えーと…親父が出入りしたのはここからですか」

「窓を指差してどうするんだよ。そんなところから出入りする奴なんかいるわけないだろ」

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