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第11話 『私はここにいます』

 おれはハチバンとコンビニを出て別れ、マンションの住人用の出入り口に向かった。空は小春日和の快晴から、すこし日差しが弱く感じられる薄曇りになっていた。この調子だと明日は朝から雨なんだろうか。

 それはともかく、人生ではない物語で大切なことはC調でも無責任でもなくて、タイミングなんじゃないかとおれは思う。

 たとえばこの手に持っているキーホルダーをふわっとうすずみ色の空に放りあげて、それが知らないうちに地球軌道を周る核弾頭搭載のミサイルになるとかではなく、空はうすずみ色の天井になって、それを受け取るおれは、自分のマンションのドアの前にいる。

 余談だが、映画『2001年宇宙の旅』で、100万年前の人類の始祖が武器として放り上げる骨は宇宙船になるのではなく、地球を周回するミサイルという武器になる。つまり、キューブリック(とアーサー・C・クラークがすこし)の言いたいことは、100万年経って人類も宇宙に行けるように進化してすごいなー、ってことじゃなくて、いくら進化しても人類変わらないじゃん! っていうイギリス人風のジョークなのである。

 そしてもしこれが物語で、映画だったとしたら、手と鍵のクローズアップがあって、ドアを開けると誰もいないはずの部屋からカメラがおれをスリングショットぐらいで撮って、な、なんだこれは、というアクションのあとに、びっくりしているおれのクローズアップということになる。ここらへんはアルフレッド・ヒッチコックを模倣したフランスのヌーヴェルヴァーグの代表監督であるフランソワ・トリュフォーの映画『ピアニストを撃て』を模倣しているんだけど、日本の映画監督だと鈴木清順あたりもやっているかな。

 おれが驚いたのは、入ってすぐではなく、入ってちょっと通路を歩いた奥、窓際のダイニング&リビングルームの、ダイニングテーブルの上に置かれてあったものを見たからだ。

 それは、歪んだ台座の上に歪んだ(胴の部分で不自然にねじれている)直方体の形をした、高さ30センチほどの、素材が不明な黒い置き物で、物体としては『2001年宇宙の旅』にヒントを得たと思われる、オベリスクと呼ばれるものだ。ロック・バンドであるレッド・ツェッペリンによる7枚目のスタジオ・アルバム『プレゼンス』に使われ、その写真の中のものの忠実なレプリカは1000個作られ、不誠実なレプリカはその後何十万個と作られたものである。

 そして、その置き物は一枚の紙の上にあった。

 どこにでもある、コピー用紙には一枚の、どことも知れぬ観光地の写真を模した水彩画と思われる絵がプリントされており、それには「Twilight in Summer」という書き文字があった。

 その絵の下には、どこにでもあるようなワープロのフォントでこう書かれていた。

『私はここにいます』

 おれはすぐにハチバンに連絡を取り、ハチバンは5分ぐらいでおれのマンションに、別れたときとは別の、もうすこし冬っぽいおしゃれ服でやって来た。

 しかしなんでわざわざ服を着替えてきたのか。アニメになったときの視聴者サービスのひとつなのか。

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