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7. ふりそそぐ拍手

 ウィルの演奏を聴こうと多くのものが酒場に詰め掛けるようになっていた。

 そこには身なりのいい紳士も混じり、吸い寄せられるように平民も貴族も関係なく集まっていった。

 

 帰り道、夜道をあるくウィルに話しかけるのはドレス姿の女。

 

「とうとう貴族から声をかけられたわね。でも、どうして断ってしまったのかしら? せっかくの機会だったのに」

 

「うん……、でも、ボクが劇場の舞台で演奏なんて……」

 

「ねえ、ウィル。どうしてあんな小さい酒場に固執してるの? あなたの音なら観客たちをねじ伏せることができるはずよ。あなたの才能を伸ばすためにはもっといいところで大勢の前で演奏するべきじゃないかしら」

 

 少年の脳裏に浮かぶのは、かつてとある少女と結んだ約束。

 あの酒場の小さな舞台に立ち、酔客を相手にして自分の演奏を背景に少女の声が響く―――そんなことを夢見て、守られなかった約束。

 

「……そうだね、目指すのは天空演奏会だ。ここで足踏みしてもしょうがない。ありがとう、リャナンシー」

 

 ウィルの言葉を聞いたリャナンシーはうれしそうに首筋に抱きつく。そうして、ウィルの耳元に口をよせてつぶやいた。

 

「ありがとうなんていいのよ。あなたの演奏を特等席でみせてくれればいいだけ。ああ、楽しみだわ」

 

  

 町の往来に点在するガス燈に明りが灯る。

 道行くひとびとは白い息を吐きながら、町の中心に建つ劇場へと向かう。

 その中に一人、楽器を抱えた少年が交じっていた。

 劇場に近づくにつれて入口付近では混雑し、仕立てのいい服の中で少年の姿は目立っていた。

 

 慣れない様子で巨大な建物の中を歩いて回り、ようやく楽屋が並ぶ区画を見つけた。

 しかし、警備に立っていた男がいぶかしげな目で少年を見下ろす。

 

「あの、今日出演することになっているウィルですけど……」

 

「おまえのような子供が出演? バカも休み休みに言え」

 

「え、でも……」

 

「おお、ウィル! ここに来ていたか。出演者用の出入り口で待っておったのだが、中々姿を見せぬから心配しておったぞ」

 

 シルクハットをかぶった貴族の男が親しげにウィルに話しかける様を、警備員の男が驚いた様子で見ていた。

 クスリと笑みをこぼしながらウィルについていくリャナンシー。その姿を見咎めるものはいなかった。

 

 楽屋の中で大きなため息が響く。

 

「はぁ、緊張したよ……」

 

「警備員の驚いた顔ったら、面白かったわね」

 

「まあ、ボクが逆の立場だったら同じ反応をしただろうしね。本当に、ボクなんかが舞台に立ってもいいのかな……」

 

 楽屋で一人、イスに座って膝の上でギュッと拳を握る。

 その手の甲に、そっと手の平が触れる。

 

「そんなにガチガチに握っていちゃ、指が固まってしまうわよ。ほら、手を開いて力を抜きなさいな」

 

 白く細い指が、ウィルの強ばった指を一本ずつ解きほぐしていく。

 

 扉のノック音が響き、ウィルの出番が告げられる。


「出番よ」


「うん」


 案内係に導かれて、赤い絨毯が敷かれた廊下を抜け階段を上っていく。

 階段の最後の段に足をかけた先で、あたりの様子が一変した。

 

 臙脂色の観客席にはびっしりと人が並び、2階や3階のボックス席からも舞台を見下ろす視線が向けられていた。

 今までにない人の多さにすくむウィルにリャナンシーがささやきかける。

 

「あなたは私のためだけに弾けばいいのよ。それだけを考えて」

 

 リャナンシーがはねるような足取りで観客席に降りてく姿を目で追いながら、ウィルは舞台の中央に向けて歩を進める。

 

 わずか十代半ばの少年が出演することに会場がざわつく。

 誰よりも一番前の席に陣取ったリャナンシーが余裕のある笑みを浮かべながら、ウィルにうなづいてみせる。

 

 そして、演奏が始まった途端、声を発するものは消えリュートから響く音のみが残った。

 

 静寂。

 演奏が終わっても動こうとするものはいなかった。

 最初に拍手の口火を切ったのは、最前列の客席だった。爆発するように拍手の洪水が劇場を揺らす。

 熱狂の渦の中、ウィルは舞台袖へとはけていく。

 

 

 万雷の拍手を背に楽屋へと戻ったウィルは浮かない顔を見せる。

 

「ねえ、ウィル、まだ拍手の音がここまで届いてくる。みんながあなたの演奏に感動して座ろうとすらしない」

 

「ああ、ボクの演奏をみんなが喜んでくれている。でも、なにかが違う気がするんだ」

 

「大丈夫よ。ちゃんとあなたの力で成したことなのだから、誇ってもいいのよ。私がやったのは、あなたが将来得るはずの技能を前借りしているだけ」

 

 喜びの表情を一切浮かべず苦しそうにするウィルに、リャナンシーが労わるように声をかけていた。


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