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3. 人が音楽に求めるもの

 その晩の酒場の客の入りは平時よりも大目であった。ウィルはいつもよりもさらに忙しそうにテーブルの隙間を縫って客の注文を聞いてまわっていた。


 客たちの注目は舞台に立つ一人の楽師に集まっていた。


 遍歴楽師を名乗るベオウルフに対して、いやがおうにも期待が高まっていく。

 その中には店員であるウィルも含まれていた。

 めったに聴くことのない遍歴楽師の演奏と歌が聞ける。もしかしたら、ルサルカの歌の参考にできるかもという打算もその胸の内にあった。


 そして、曲がはじまると騒がしかった酒場が静まる。

 リュートの弦をつまびきながら、甘く透明なテノールが男の口から流れ出す。

 ウィルはその演奏に釘付けになっていた。

 イヴァンやその他の客も同じような状態で、ウィルを咎めるものはいない。

 勇壮な曲に乗せて、かつて戦争で活躍した英雄のエピソードを歌い上げていく。静かによどみなく観客の耳にしみこんでいった。

 

 演奏が終わると、客たちから演奏の礼として晩飯がふるまわれ、ベオウルフは客たちに混じって酒を酌み交わす。

 

「すっげえな、楽師の兄ちゃんよ。久々に聞きほれたぜ」

 

「お気に召していただけて何よりです」

 

「最初の演奏にはどぎもを抜かれたな。歌もよかったが、演奏の音だけでも十分に聞き応えがあるぜ」

 

 客たちがほめるのは歌の内容よりも、演奏の音ばかりだったがベオウルフは気を悪くした様子は見せなかった。

 

「ここに来る前はどこにいたんだ?」

 

「それはもう北の果てから、南の国まであらゆるところに回っていますよ。この前も隣国で面白いものを見ましててね」

 

 ベオウルフの口から語られる他国のウワサ話を肴に、客たちの酒盃はどんどん空けられていった。おかわりの声に応じてウィルは忙しく動き回る。

 その視線はちらちらとベオウルフに向けられていた。

 

「んで、次はどこにいくつもりなんだ?」

 

「しょせん私はあてもない旅ガラス。とりあえず、近くの村にでもいこうかと思っていますよ」

 

「あの!」

 

「キミは給仕の少年だね。どうした?」

 

 酒のはいったカップをテーブルに置いたウィルがいきおいこんで話しかける。緊張した面持ちのウィルにベオウルフは柔和な笑みを浮かべる。

 

「もしかして北の村に昔立ち寄ったことはありますか? 秋になると一面の麦畑が金色になる村です」

 

 ウィルが口にした村の名前を聞いて、ベオウルフは顎に手を当てた。

 

「……たしか2、3年ほど前にいった記憶があるな」

 

「やっぱり! そのときの演奏を聴いてずっとあこがれていたんです!」

 

 目を輝かせるウィルを見て、ベオウルフはまぶしいものを見るように目を細める。

 

「あの、それでお願いがあるのですが……、もしも近くの村によったとき、ルサルカっていう女の子に声をかけてもらえませんか?」

 

「その子はキミの知り合いかな。なにか言伝があるというのなら承ろう」

 

「いえ、お願いは別のことで、その子すっごい歌が上手いんですけど本人が自信がないみたいなんです。少しだけでいいので歌を教えてやってもらえませんか?」

 

「歌か……。そちらを教えてくれと頼まれたのは初めてだ。そうだなぁ……」

 

「イヴァンさん、この人にボクのおごりでエール追加お願いします!!」

 

 必死になって懇願するウィルの様子にほだされたように、ベオウルフは口元を緩める。

 

「授業料はエールってことかい。しょうがない、村に滞在しているときだけだよ」

 

「本当ですか!! ありがとうございます」

 

 ウィルは勢いよく頭を下げて、絶対にお願いしますと何度も念を押す。わかったわかったと苦笑するベオウルフを見ながら、ウィルの頭にはルサルカが喜ぶ姿が浮かび頬を紅潮させた。

 

 

 店の閉店時間が近づき、客の姿もなくなったころベオウルフがイヴァンと挨拶を交わす。

 

「ありがとうございました。故もしらぬ流れの私に素敵な舞台を用意していただき恐縮です」

 

「なーにいってやがるおまえさんの腕なら、どの酒場でも、それどころか劇場を借り切っての演奏会も開けるくせしてな」

 

「もしかして、ご存知でしたか?」

 

 事情を知っているかのような口調のイヴァンに、ベオウルフは降参したように首をすくめる。

 

「おうともよ、先代の楽聖が場末の酒場で演奏だなんてな」

 

「はははっ、ばれてましたか」

 

「おまえさんが楽聖に選ばれたときの天空演奏会は10年前ぐらいだったが、今でも耳に残っているぜ。貴族お抱えの宮廷楽師になったってきいたんだが、いいのかこんなことしてて?」

 

「後援者となっていただいた貴族の方に断りをいれて、各地での物語を集めている旅の最中です。……というのは建前で、好きな場所に行って、好きな曲を弾く。これに勝る生活はありませんからね」

 

「いい性格してやがるな」

 

 雑談を交わす二人にウィルは控えめな声をかける。

 

「ボクもいつかあなたのような音を奏でることができるでしょうか?」


「私のようにか……、それはよしたほうがいいだろう。キミにはキミの音があるはずだから」


 ベオウルフの口から出てきた言葉は、ウィル自身がルサルカにかけたものと似ていることに彼は気づく。同時に、憧れを抱いていた相手も、自分と同じように悩みを抱える一人の人間であるということも知った。


「人が音を奏でるとき、そこには必ず個人的な理由が存在している。自分のためであったり、聴衆に聞かせるためであったり、思い人のためであったりと。旅を通じて、色々な人の思いに触れてることで、そのためなんだ」

 

「それじゃあ、無垢なまま奏でることができたら、それは一体どんな音になるのでしょうか……」

 

「それはきっと……天上より遣わされた天使の声になるのかもしれないね。もしも、そんな音を聴くことがあったら、私はそこで自分で演奏することをやめてしまうだろう」


「どうして、ですか? ベオウルフさんはその演奏で楽聖にまでなったのに。さっきもみんな喜んでくれていましたよ」


 戸惑うウィルの様子を見て、ベオウルフは目線を合わせるように腰をかがめる。

  

「私が演奏している理由はね、思い描く理想の音にたどり着くためなんだ。キミにとっての音楽とは何か、ひとつ聞かせてもらえるかな?」

 

「えっと……、うまく演奏できると観客のひとが楽しんでくれて、音を通してみんなとつながれている気分になれるときがあって……、それがすごく楽しい!」

 

 ウィルの答えに対して、ベオウルフはまぶしいものを見るように目を細めながらうなずいた。

 

「君が聴衆にきかせたいといった演奏、聞ける日を楽しみにしているよ」

 

 その言葉を残して、酒場から静かに姿を消していった。


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