005 時には大罪を犯すⅠ
二時限目の授業がお昼の十二時ごろに終えて教室からカフェテリアに向かい、チキン南蛮激辛カレーを頼み、空いた席を探しているとちょうどその時、昼食を取っていた藤原先生がいた。
パスタをフォークで巻きながら、口の中へするすると入れていき次々と食べていく。しかし、あの場所以外まともなところが無いのが混んでいる証拠だと思う。
ま、場所がないんじゃしょうがないか。どうせ、他の席に座っても男女のイチャイチャ感を見るのもイラつくし、本当にカフェテリアのお昼は地獄だよな。
「天道。こっち、空いているぞ」
とこちらに呼ばれて、俺は辺りを見渡して逃れることが出来ないと思った。……仕方が無いか。
あの席に座ったら、色々と先生の愚痴を聞かないといけないんだろうな。この場所に冬月がいなかったのが幸いな事だった。あの冷徹な女と同席なんて一生ごめんだし。ここで会ったら絶対に毒舌吐いて来るだろうし、他の男にもこういう態度だろう。
藤原先生はこちらに手招きして、ニヤッと笑いながら笑顔でこちらを見てくる。
「早く来い」
そう言って、藤原先生は机をポンポンと叩いた。俺はそこに真っ直ぐ向かって歩き、向かい側の席に座る。そして、スプーンを手に取ってカレーを食べようとした。
「あの、先生はお昼、ここに来ることが多いんですか?俺は人がいない時間帯に来ることが多いんですけど、この時間に教職の先生がいるのは珍しいですよね」
「ああ、ほら、俺、独身だから家族がいる先生とは違ってここに来ることが多いんだよ。周りに学生がいるのが多少、恥ずかしいんだけどな……」
発言に意外と心に傷を負いそうな単語が……。
フォークを皿にコツコツと音を立てながら接触の音が響き渡り、俺は気まずくカレーを口の中に入れた。無防備になった俺のカレーを藤原先生は見逃さずにフォークをチキン南蛮に刺して食べた。
「お前、無防備すぎるぞ。そんなに簡単に肉を取られたら、大事なものもいつかなくすぞ」
「と言うか、何で勝手に人の食べ物を盗んでいるんだよ」
あ——あ、チキン南蛮が三個から二個に減った。
チキン南蛮を口に入れながら藤原先生は無くなるのを待って口を開いた。
「ああ、そうそう。今日、大学の職員会議があるせいで少し遅れるから冬月と二人で仲良く研究室で居てくれ、もし、俺が五時までに帰ってこなかったら帰ってもいいからな。こっそり逃げるなよ。もしかするとどこかで監視をしているかもしれないからな」
この後、一時間しか授業がない俺にとっては不満に思った。
ごくごくとコップに入っている残りの水を飲みほしながら先生はパソコンを開いて、何かを検索し始めた。こんな場所で仕事をするなんてある意味サラリーマンみたいで、俺はその部下みたいな感じに見えるだろう。
それよりも昼休みは残り、ニ十分しかない。授業始まり十五分前になると出席登録開始のチャイムが鳴る。俺はスマホで時間割を確認して、次の授業の教室に向かおうと席を立った。
「あの、次の授業があるんで先に抜けてもいいですかね。もうすぐ十五分前になることですし、先生も忙しいでしょ。早く、教室に行かないと遅刻するので……」
「そうか。なら、俺も理工学部棟まで一緒に行こう」
そう言うと先生はふっと笑って、立ち上がり俺の横を歩く。
「どうせすぐそこだろ。俺は次の授業がないから暇なんだよ。それに気分転換に寄り道するのもいいしな」
「なんか適当ですね」
「いいじゃないか。教え子をいい意味で育てると言うことは俺の教師像が上がるんだぞ。いい教師を持ってお前は幸せ者だぞ」
「いや、それは絶対にない。あんたは俺にとっての疫病神だ」
「疫病神か。面白いこと言うな。本当にギャルゲーのスキルで女子を次々と落とす主人公の気分だな。ま、あれは最終的にハッピーエンドなのか分からんけどな」
やっぱ、孤独の奴は意外と暇なのだろうか。それに俺のその作品、家に全館置いているんだけどね……。
「そういや、天道はなんでうちの情報科に入ったんだっけ?」
藤原先生はいきなり俺が入学してきた理由を聞いてくる。
「単純に実家から近いからですよ。その他に理由もありませんし」
「じゃあ、なんで情報科なんだ?」
「一人でもプログラムが出来るし、他人と助け合いなどしなくていいから。それに家でも仕事ができるから」
「なるほど。なら、もし、企業に就職しなければならなくなったらどうするんだ?一人では何のできんぞ。天才的プログラマーじゃないと……」
「そうですね。でも、その技術を売り込めば俺でも生きていけますし……」
先生は呆れて、額に手を当てた。
「そろそろ時間だ。早くいけ。後、一つだけ。やはりお前らは似た者同士だよ」
「それはどういう意味ですか?」
「そう言うことだよ」
先生は笑顔で楽しそうにどこかへ行ってしまう。俺は足を止めて先生の後ろ姿を見えなくなるまでずっと眺めていた。
言葉の意味がさっぱりわからん……。
三時限目が終わると時刻は午後二時四十分を回っていた。俺は理工学部棟から農学部棟を横切り、文系学部棟に入った。一階のロビーは学生課に集めっていく生徒で混雑していた。
俺はその中に飛び込んでエレベーターの所まで人込みを避けながら進んでいく。
文系学部棟の四階にエレベーターで上がると、一階とは違い生徒は一人もいなく、廊下は奥まで透き通って見えた。
流石に廊下に誰かがいるだろうとは想像していたが四階までわざわざ足を運ぶ生徒なんていないだろう。俺は平然と廊下を歩きながら、目的地の研究室まで行く。
たどり着くと、ドアを開けようと鍵穴に鍵を入れるが、そこで立ち止まった。
そう言えば、あいつはとっくにもう、来ているのだろうか。その間、残り二時間。気まずい雰囲気の中何を話せばいいのだろうか。
要するに、どうすればいいのか分からないのである。この場面で俺向けの放送が鳴ったらすぐにそっちへと逃げたいと思う。「面倒くさい。ああ、面倒くさい」という俳句を書いた奴がいたら審査の結果、対象にでもするんだけどな……。
俺は色々とドアの手前で考えるが仕方なく鍵を開けると、冬月は先に来ており、何やら教科書でも読んでいた。
ドアを閉めると彼女は一言も言わずに教科書と向き合っている。
……。無視、されているな……。
俺は彼女の向かい側のソファーに座ると、まだ、俺に気づかずに無視してくる。
俺も挨拶はしないでパソコンを開き、プログラミングの設計を暇つぶしに眺めた。
「入って来て、挨拶の一言もないのはあなた人間?」
「いや、いや俺が入ってくるときにこちらを振り向かなかっただろうが……」
相変わらず変わっていませんね。その態度……。分かっていましたけど……。
九州名桜大学入学から約一ヶ月。冬月の冷徹さは初めて会った時から不思議と変わらず今日もいつも通り平常運行だ。
この際はっきり一言言っておいた方がいいな。
「普通、気づいた方から挨拶するものだろ」
「それなら、あなたが最初ではないのかしら。ドアを開けた時、あなたが最初に私の姿を見たはずよ」
「すみませんね」
俺は真面目に言ったのだが、冬月は俺が謝ると、くすくすと微笑んだ。
これの笑顔を見た俺はむっとして、
「『論理と幻想は時には結び合う』。論理的、幻想的は時にはその想像絶する出来事が起きる」
自分でも何を言っているのか良く分からなく、難しい言葉を並べてなんとなく言っているだけだった。
冬月は俺に向かて、
「天道君って、何訳の分からない言葉を使って、まあ、そんな風に言えるわね」