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004  大学生活は現実を壊すⅣ

「なるほどね。私は今、非常にイライラしているの。あなたのおかげでね」

「は?」

「あなたみたいな人と話していると反吐が出るの。その口調、捻くれた性格。そして、何よりもその性格」

 冬月は平然と俺を見下すようにさらりとひどいことを次々と言ってくる。本当に嫌っているのが心底伝わってくる。

 それよりもあなた、さっき、二回も性格のこと言っていませんでしたか。ひどくないですか。いやね、そんなに怒っているんじゃないんですよ。その……あなたも相当捻くれていると思うんですけど……。

 だが、ここで選ぶ選択肢は三つある。一つは言い返す。二つは話を変える。三つは無視をする。最初の言い返すはま、俺が一方的にダメージを受けるだけだ。これはボツ。と言うことは、この中で最も友好的なのは、話を変える。つまり、逃げたいものからは逃げる。最善の措置そちだ。

「それにしても藤原先生。遅いな。どこに行ったんだろうな。俺、もうそろそろ帰ろうかな」

「話を変えても無駄よ。どうせ、頭の中で面倒だから話でも変えて嫌なことから逃げる。頭の悪そうなことが考えそうなことね」

「頭の中まで読んでいるのかよ。このアマ……」

 恐ろしい女だ。俺の考えることまで先回りして読んでいたとでもいうのか。冬月梓は底知れずの謎の女だ。先生は一つ上と言っていたがその理由も話そうとしない。

 でも、容姿だけは認めるしかない……。こればかしは馬鹿にできんからな。

 俺たちの言い合いを横から止めるかのようにドアが開いて、藤原先生が戻ってきた。

「すまんな。少し、手間取って遅れた」

「俺、もう疲れたんですけど帰ってもいいですかね」

「ダメだろ。冬月も待たせて悪かったな」

「いえ、別に……」

 藤原先生は目の前の席に座ると俺たちの書いた紙を受け取り、それを見ながら交互に俺たちを見てくる。

「なるほど。お互いに面白い回答をしているな」

 先生は満足そうに笑いながら、満ちあふれた笑顔になる。

「ま、この最後の欄が俺の目的であったんだけどな。それにしてもお互いに面白いこと書いているよな。まとめれば、お互いに噛み合わないって受け取れるな」

「それで、先生はこの後どうしたいんですか?」

 質問しようとした俺はいきなり目の前に指で指された。

 俺は怖気づいて、後ろに退いた。そして、先生は手をひっこめてくれる。

「おお、そうだった。お前らには今後、俺の監視のもと、悩み相談を引き受けてもらう。言っておくけど、これは授業の一環であるからしっかりとやれよ」

「それっていつまでだよ。一週間か?それとも二週間か?」

「質問が多いな……。卒業までだよ」

「はぁ?あんたの頭おかしいだろ。それって、残り三年と十ヶ月も縛られ続けられるのかよ。それになんでこいつと共に行動しないといけないんですか。俺のモットーは単独行動ですよ。大体、こんな女と一緒にいたら俺のヒットポイントいくらあってもたまったものじゃないですよ」

 俺が論破すると藤原先生は「はぁ」と溜息をついて、額に手をやって呆れる顔になる。

「お前ら、このままいくと確実に社会に飛び出せないぞ。現在の日本は弱肉強食の世界。落ちこぼれはどんどん外されていくぞ。特に天道。お前は……ダメ人間になるな。だから、俺がお前らの再提出を利用して、俺の研究のついでにカウンセリングしてやろうと言っているんだ」

「今、利用とか、とんでもない言葉が聞こえたような」

「ああ、何か言ったか?」

「いや——、俺の聞き間違えかな。そうかな——。……なんでもないです」

 ターゲットを逃さない視線で俺は段々、声が小さくなり、そして、顔を下向くとそれを見ていた藤原先生はニヤッと微笑みながら、冬月に聞いた。

「冬月。お前もだから毎日、この研究室に来いよ。ああ、それとこの研究室が空いてないときのことを思って、お前たちにはそれぞれ合鍵を渡すからしっかりと通えよ」

「あの、この捻くれた人間のクズ男と一緒にいないといけないんですか?」

「いいだろ。あいつと協調すればどんな人間だろうと対処法が出来るだろ。ま、練習相手と思って色々と利用することを俺は許可するぞ」

「なるほど……」

 先生はニヤニヤしながら話すのに冬月は微笑んで納得する。

 ……あの、俺の対する評価がどんどん落ちて言っていませんかね。話を聞いていると俺が使い捨てのマスク扱いに聞こえる。

 そ、そんな扱いしなくても……。

「すみませんが、さっきから人を振り回すようなことしないでもらえますかね。利用するとか、練習相手とか。勝手に話を進めないでもらえますかね」

 俺がそう言うと、冬月は首を傾げて微笑んだ。

「ふっ」

「何がおかしい。言っておくが、俺はお前と協力しなければ、口もききたくない。単独行動をお勧めするね」

「……天道君。あなた、このままじゃ……いえ、でも、先生が言った以上、私たちは逃れることは出来ないと言うこと。ここは大人しく素直に受け入れるべきではないのかしら」

 冬月は鋭い目線めせんで、「私、本当は嫌なんだから、しょうがなくしてあげているのよ」と言っているように見えた。

「自分がそう思っていなくてもお前は本当のことを言わないんだな」

「何をかしら」

「だってそうだろ。お前、俺のことを嫌がっているのにさっきなんて言った?素直に受け入れる?馬鹿かお前」

「あなたには言われたくないわ。私は効率を考えて言っているだけよ」

「効率?そんなの当てになるのか?それは単なる卑怯者ひきょうものなのじゃあないのか」

 俺は冬月に強い口調で言い返す。こいつが言っていることは正しいことなのかもしれない。しかし、俺の意見も正しいのかもしれない。

「それはやってみないと分からないでしょ」

「やってみないと分からない……ね。やらなくても、分かるのもだってあるんだよ」

「そう、でも、私は……いいえ、世界であなたの事が憎たらしくて嫌いよ」

「同意見だ」

 冬月は気迫のある声で言うと、俺もそれにつられて言い返す。これが友達同士だったら、塩を切っている自信あるな。

 でも、俺にはそんな奴いないからその気持ちわからんけど……。それに真正面で喧嘩をしたのはいつ以来だろうか?妹とした以来か?

「お前ら、いい加減に研究室内で言い合いをするのはやめろ」

 嫌な空気を引き裂いた藤原先生はこちらを睨んでくる。それに口調は怒っているようだが表情が怒っているのは意外と珍しい。

「廊下中に響き渡っているぞ。もし、他の教員が来たらどうするんだ。俺が怒られるんだぞ」

 先生はいつもなく真剣に俺たちを叱った。それから、表情をいつも通りに直すと、眼鏡を整えて話し始めた。

「まあ、お前らの犬猿の仲は凄く分かった。だからこうしよう。まず、互いを認めろ。これは誰にだって簡単にできる事ではないが時間をかけてもいい。意識しろ。そして、知恵を使え。これからは二人で協力しろ。天道。冬月。お前ら二人に言っているんだぞ。俺からは以上だ。この二つを守ってくれりゃあ面白いことになるからさ。しっかりとやってくれよ」

 先生は一人だけウキウキと嬉しそうに盛り上がっていた。いい大人が二十代手前の少年少女をいじるか?普通……。

「は、はぁ……」

 ま、協力って言っても形さえそれなりにしておけば、後はどうなっても大丈夫だろ。陰でこそこそとやっていればバレやしないしな。

「先生、私たちは毎日何時ごろに繰ればよろしいのでしょうか。流石に時間を指定していただけないと私にも色々と用事があるので」

「ま、授業が終わればそれから大体、午後の五時くらいまでいてくれればいい。何なら、暇な時間、勉強していてもいいぞ」

 と、同時に五時のチャイムが鳴る。

 先生は先に帰宅の準備をしてさっさと研究室を出て、俺達に戸締りを頼んだ。取り残された俺たちは何も会話をせず、何分間かじっとしていた。

 それから、俺は荷物を整理し始めると、冬月は自分のスマホで何かを検索し始める。俺はそのまま何も言わずに研究室を後にして、駐輪場ちゅうりんじょに向かった。

 研究室を出るとき、彼女は一度たりともこちらを向かず。挨拶も何もなかった。

 明日からあの場所に通うと思うと俺の大学生活は地獄じごくへと下っていきそうだ。そもそも元凶は何だったのだろうか。それすらも考える事も出来ないくらい俺は家までふらふらしながら自転車を漕いで帰った。

 大体、あの女。本当に今まであった女子の中で一番むかつく奴だった。いつか、なんとかノートを使って殺したい。俺は何のために苦労して大学まで入ったのだろう。

 何処に行っても学校と言うのは面倒なことがついて来る。それは運命と呼ぶのには幻滅だ。

 都会にいろうと、田舎にいろうとそれは関係ない。

 大学は中学、高校とは違うところ?は、そんなのは言い訳だ。現実を見ろ。勉強量は半端ない。人の人数も多ければ、それ相応気遣いも増えてくる。これは世間の狭い社会の一種だ。

 そうだな。最後に一つ言うことがあるのならばこれだけは言っておきたい。

 大学に入るなら、青春、女、夢、希望。そんなのは捨てた方がいい。実際にその屈辱を味わっているんだから。俺には大学と言う場所は似合わなかったかもしれない。

 あえて、言おう。大学生活は現実を壊すところであり、ダメな人間が集う場所だと言うことを……。

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