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ファーストダウン

目が覚めたら異世界。そんな事が自分の身に起こるとは夢にも思わなかった。



うつ伏せで右頬を地面に密着させた状態で目が覚める。視界にはいる森を見ながら体を起こす。しかしこの森はどこか不気味且つ霧を被っている。自分の思考の引き出しからここが’富士の樹海’ではないかと推察する。そう思った瞬間猛烈な寒気がした。体を縮みこませ両の手で自身を抱き上下に擦る。自分の体に目をやるとなんと全裸。すっぽんぽん。なぜ私は服を着ていない!!それに肌の質もおかしい。適度にがさついた自分の肌ではなく、十代の頃のようなツルツルとした肌に弾力を備えている。陽が上がっていないことから早朝だと判断する。富士の樹海に全裸の女。犯罪臭しかしない。取り敢えずなにか着るものが欲しい。靴も履いていないので直で土を踏みしめながら鬱蒼とした森を進んだ。



歩き始めて何分経っただろうか。遠くの方に横長の一階建ての小屋が見え、気付くと一心不乱に駆けていた。小屋は円形に切り開かれた土地の真ん中に立っている。灰色の土壁に藁?の屋根。円の入り口から家まで石畳が敷かれている。それを踏みしめながら家に近づいていく。途中木製のアーチをくぐり、木製のドアの前に立ちふと気づく。いきなり全裸の女がドアを開けて居たらビックリするだろう。しかし背に腹は代えられない。ドアを叩きながら

「朝早くにすみません!どなたかいませんか?」

目が覚めてから初めて聞く自分の声は少女のような可憐な声だった。

「・・・」

寝ているのだろうか。しかし起きてもらわないと困る。大いに。ドアを力いっぱい叩きながら大声で叫ぶ。

「すみません!どなたかいらっしゃいませんか?」

「・・・」

自分がされたらすぐ出て怒鳴り散らすぐらいの不躾さと大ボリュームだったが、家主からの返答をはない。

刑事ドラマとかだったらドアに手を掛けたらキィィーーて開いたりするよね。しちゃうんだよね。唾を飲み込み、一気にドアを開ける。……。

開いちゃうんだよね。




「お邪魔しま~すぅ」

最低限の礼儀を果たし、家に入る。中は薄暗く玄関には4本の太い枝に板を留め、靴を置き、それが何段も重なり靴置きになっている。リビングルームらしき場所には観葉植物?長方形の低いテーブル、長い辺二つに向かい合うように二人掛けのソファが二つ、背の高い本棚にぎっしりと本が詰められている。寄りて見るに背表紙には題名が書かれているんだろうが、日本語でも英語でもない。アラビア語とかでもなさそうだ。家主はいったい何人なんだろうか。


間取り図

  __窓窓_____窓______窓窓____

 |バ     |キ   洗 |        |

 |バ     |ッ   面 |        |

 |ア     |チ   所 |        |

 |      |ン     |        |

 |      |      |        |

 |ワ     |__  __|        |

 |ー     ド  廊下  ド        |

 |ド_____ア___窓__ア___ドア___|


カーテンを開けず暗いのを我慢して家主を探すことを優先した。家に入って左側のドア進むとキッチンらしい場所と洗面所らしい場所があり、キッチンの横にはガラス?製の箱のような物があり、一方洗面所の鏡は砕かれ、鏡として使用できない状態であり床に大きな破片が裏返しになっている。普通に生きていて鏡を割るような事態にはならないと自分の人生が警鐘を鳴らしているので家主は怒りっぽい人なのでは。ひょっとしたらさっきのドアバンでキレて割ったのかもしれない。鏡の弁償やらで胃が痛いのに自分が未だに全裸なのを思い出して胃に穴が開きそうだ。

外から見た感じ次が最後の部屋だろう。恐る恐るドアを開ける。

「すみませ~ん。先程は失礼いたしました。何分急用でして、こんな格好で・・・」

ここまで言ってこの部屋に人が居ないのを確認する。そう‘人‘はいない。人だった者があるだけ。着ているものからして女性の骸骨がふかふかのベッドに横たわっていた。



遺体は何度も目にしてきたが骸骨を生で見たのは初めてだった。特に衣服などに乱れがないことから衰弱死だと思うけど、こんなスッキリ肉がなくなるものだろうか。不思議な点が多いがいまは服が欲しい。部屋を見渡すとベッド横の机の上に書きかけの手記のようなものがあるが本棚にあった本のように解読不可能な書き物だった。ドアを開けてすぐワードローブらしきものがあったのを思い出し開けてみる。開けると派手な服がいっぱいあり、その中にあったゲームの魔法使いが着てそうな紺のフード付きのローブを拝借した。故人には悪いと思っているがそのまま(全裸)の状態で着させて頂きます。本当に申し訳ない。全裸の女と骸骨がある部屋とか意味分からなすぎて理解が追いつかないから、ほんとごめん。取り敢えず骸骨は置いておいて、自分になにが起こっているのか推理しよう。リビングに移動し、ソファに座る。

森で目が覚めたら全裸だった。もうこっから意味が分からない。乱暴されたような痕も無いし、股に違和感も痛みも無い。酒を意識がなくなるまで飲んだ覚えもない。今にして思えば目が覚めてからおかしいことだらけだし、そもそもずっと違和感がしている。見たことあるようで見たことない。そんな曖昧な感想しか出てこない。もしかすると今まで富士の樹海だと思っていたここいらは日本じゃないかもしれない。もっと言うと、地球でもないかもしれない。馬鹿げた考えだがいうところの異世界ってやつかも。青ざめた顔で立ち上がり骸骨のもとへ。

「洗面所使わせてもらいますよ。」

最低限の礼儀を終え、洗面所に向かう。鏡は割れているが洗面所としての機能は果たせる。蛇口はなくドラム缶のようなものから水をくみ取り、桶に水を入れる。顔を下げた時髪が降り、ふと気づく。自分ってこんな髪長かったけ、髪色は紫色になってんだけど!元はもう少し短いし、黒髪で生まれて一度も髪を染めたことのない見かけ優等生の私が一夜にしてこんだけの変貌を遂げるなんて到底思えない。それともう一つ気付いたことがある。洗面台に近づく時、直感で自分の家の洗面台と高さが同じなのが分かった。そこまではいい、問題は普段は洗面台に普通の状態で手をついても肘が曲がらないのに今はがっつり曲がっている。この現象から推理すると髪の長さ、髪の色だけでなく身長まで変わってしまっている。現実的に考えて百歩譲って何かの拍子で髪の長さと髪色は変わるかもしれないけど、現実的にも生物学的にも身長ががっつり変わることなんてないだろう。いま起きてるけど。ひょっとしたら・・・ 嫌な予感がし、目を閉じながら床に落ちているガラスの大きな破片を自分の顔の前に持ってくる。見るのが怖い。ええい、ままよ!パッと両目を見開く。

「誰だ、こいつ」


つい数分前までは‘ここはどこ‘だったのに今度は‘私はだあれ‘になっている。我ながら忙しい奴だと思う。分かったことはここが地球上に存在しない土地であることと、背中半分までの長髪とユニークな紫色の髪色、160数センチなる少女になっていること。なにがなんだか分からん。ソファに座ってもう一度鏡を見る可愛いとも美少女とも言えない顔が映し出される。笑うとニタニタした表情になり大いに誤解を招く顔をしている。耳が尖っていなかったのが幸いでまだここが地球かもしれない説を提唱できる。なんでこんなところにいるのか分からない。自分のことは後回しでこの家の中を調べてみよう。リビングの中を見渡すと玄関から入って左奥のところに妙な線が見える。そこに行くと明らかに色の違う木目の正方形一辺40センチくらいの板がそこに嵌め込まれている。少しの隙間はあるが残念なことに指が入るほどではない。骸骨のあった部屋の机の引き出しから物差し?を借りて板の下にねじ込み、てこの原理で板を持ち上げる。埃が巻き上がり、一瞬視界を奪われるもその後暗闇へと通ずる階段がすがたを表した。直後強烈な頭痛に襲われ目の前が真っ暗になった。


霊頭裕子れいとうゆうこ。29歳独身。大学卒業後地元の葬儀屋に就職。何不自由なくとはいかないまでも、大きな挫折なくありきたりな人生を過ごしていた。仕事柄死者を見ることが多く、そして霊を見ることも多かった。それを理由にやめていく同僚も多かったが、本人はそういったものに恐怖することはなかった。インターネットで見つけた異世界への行き方や鬼門の開き方などを準備まではするものの、実際に行いはしなかった。それは何の前触れもなく起こった。職場へと向かう道の途中に大きな日本家屋があった。そこに住む老夫婦は年寄りとは思えないほど元気だった。朝早くからおじいちゃんは愛犬の散歩に、おばあちゃんは門前の掃除をし、二人仲良く庭先で日向ぼっこをしているのを何度か見かけていた。そして屈託のない笑顔で裕子に優しく挨拶をいつもしていてくれてそれなりに親しくもしていた。裕子は自分も老年になっても仲の良い夫婦に憧れていた。しかし現実を見るととても重い嘆息を吐く。仕事に追われ気づけば29歳。婚期はとうに過ぎ去り、友人たちは結婚し、子どももいる。自分だけ置いて枯れているような気がするが、この際開き直って独身貴族として生きていきたい。そんな事を思っていた矢先だった。いつも通りおばあちゃんと挨拶をし、職場に向かおうとした時突然胸の中央を抑え苦悶の表情でおばあちゃんが倒れた。直ぐに裕子はおばあちゃんに駆け寄った。玄関先で散歩の支度をしていたおじいちゃんと愛犬のコロも異変に気付き駆け寄った。裕子はすぐさまケータイを取り出し救急車を呼んだ。おじいちゃんは項垂れ、コロはおばあちゃんの体温を保とうと必死に頬を舐め続けた。


裕子は職場へも連絡し今日一日休みをもらった。娘に間違われ、項垂れるおじいちゃんとおばあちゃんの乗る救急車に乗り込んだ。おばあちゃんが集中治療室に入ってそろそろ1時間。時折前を見てはまた項垂れるおじいちゃんになんと声を掛けていいものか。そう考えていたらおじいちゃんが重たい口を開く。

「裕子ちゃん、ばあさんが逝っちまったら儂はどうすればいい?儂ら夫婦には子どもはいない。儂にはばあさんとコロしかいないんだ。」

「・・・」

「裕子ちゃん?」

「・・・」

どう返せばいいものか、取り敢えず……

「だ、大丈夫ですよ。毎日健康に過ごされてましたし、亡くなることは……」

そこまで言いかけた時集中治療室のドアが開き、中から手術着をきて険しい顔をした先生が出てきた。おじいちゃんは目を見開き

「先生!ばあさんは、ばあさんは無事なんですか!」

先生はマスクを外し、ハッキリとそして目を閉じながら言った。

「手を尽くしたのですが残念ながら………」

おじいちゃんは声を上げずに泣いた。

そう、おばあちゃんは死んだのだ。


通夜は三日後に行なわれた。おばあちゃんが愛されていたのがよくわかった。近所の友人、遠方の友人、お姉さんに妹さんが駆けつけた。みんなが一堂に会しおばあちゃんのために泣いた。その翌日外が雨の中葬儀が裕子の勤める葬儀場で行われた。おじいちゃんに呼び止められた。

「裕子ちゃん、病院ではありがとう。お義姉さんたちと話し合ったけど素直に老人ホームに入ることにしたよ。」

「そうですか、ご迷惑でなければ顔を出させていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろん、ばあさんも言っていたが裕子ちゃんのことは娘のように思っているからね。」

おじいさんは笑顔で言った。

裕子はお焼香の補充のため二階建ての事務所に向かった。一階を事務所として使い、二階を倉庫として使っている。急な階段を濡れた靴でいつもより慎重にのぼる。上がって右奥中央にあるお焼香のはいった袋を持ち上げようとした時後ろで裕子を呼ぶ声がした。振り返ると死んだはずのおばあちゃんがいた。今までは姿は見えど声は聞こえなかったので自分も来るところまできてしまったなと裕子は思った。自然と恐怖は無く、むしろ今すぐ泣きたいぐらいの気持ちだった。おばあちゃんの幽霊は驚きながらこう言った。


「裕子ちゃん、私が見えるのかい?」

「見えるしこえもきこえてますよ。」

「本当かい。」

私が幽霊を見ているはずなのにおばあちゃんは大口を開け、お化けでも見てしまったかのように驚きの顔を見せる。

「急いでじいさんに伝えて欲しいことがあるんだよ。」

この超常現象を受け入れてしまえる自分が怖い。自分が創り出した幻覚ではないと信じて、話しを聞いてみよう。

「それは何ですか?」

「それは……」

おばあちゃんは顔を赤らめて照れくさそうにしている。幽霊も顔を赤らめるんだなそれに全体的に透けてるけど足が一番透けてる。

「それは…なんですか?」

おばあちゃんはこれから告白する乙女のように深呼吸をして、こう言った。

「最後の時まであんたに思われながら逝けて幸せだった。あんたの妻で良かった、後の人生は自分のために悔いなく生きてくださいって。」

数秒の沈黙の後私はこう言った。

「分かりました。バッチリ伝えますよ!」

サムズアップしてそう答えた。おばあちゃんは満足そうな笑みを浮かべ、光に包まれ消えた。

今のが魂の消滅なのか輪廻転生でもしたのか。宗教によって死生観、死んだ後どうなるのかなどは違う。そういえば最近よく聞くね。異世界転生とか。

何事もなかったかのように袋を抱え階段まで向かう。トラックに轢かれたりして気づけば見知らぬ土地。ふと思う、今の生活は充分だが充実はしていない。普通に生きていれば起こることのない命の駆け引きとか、この年にもなってアニメを見ていたりするとよく思う。人生に満足していない。しかしどう足掻いても変えられない。学生のうちに多くの人が"当たり前"になる。子供の時に掲げた現実を度外視した人生設計、何もかもに憧れ何にもなりたいと思ってしまう。小学生高学年のうちにうすうす自身の行く先が見えはじめる。総じていえば"我儘"だったのだ。上手くいかなければだだをこね、欲しいものが手に入らなければ泣きじゃくる。この歳になって思う。上手くいかなければ無難にこなしできるだけ怒られないように努力し、欲しいものが手に入らなければ早々に諦めてしまう。自分だけではない若者全体がそんな考え方をしているようなそんな気がする。子供の方がまともなのかもしれない。心が錆びきって、疲れ切ってダメージに回復が間に合ってない感じ。そんなちょっと哲学的なことを考えながら階段を下りようとする。靴は濡れていた。階段は急、いつもは慎重に下りるが、今日若干センチメンタルな自分は注意を怠りツルッと、段数30段の高さから顔からダイブ。むごい音。一瞬聞こえ、それからは......


目が醒める。全身に冷や汗をかき、動悸、吐き気。気を失ってどれくらい経ったのか。外はオレンジ色の光を放っている。今は夕方なのだろうか。いやに冷静だ。自分が誰なのか、この世界に来た要因、今の、いや前の自分がどんな人間だったかがわかった。今日のところは諸々理解が追いつかないので地下に繋がる階段は明日確かめるとしよう。蓋をしようとした時、呻き声が聞こえたような気がした。

「明日付き合ってやるから」

そう言って蓋をした。









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