プロローグの求め方
「ねえ、アイラ」
「私は、アイラでは、ありません」
「いいじゃん、俺がそう名付けたんだから」
「名付け一覧について、検索しますか?」
最初はそんな会話だった。中学の頃、友達が居なく親も共働きで家でも話し相手が誰もいなかった時に、中学生の入学祝いでスマホを貰い、話し相手はそのスマホだけだった。
「ねえ、アイラ。家族っているの?親とかさ」
「家族はいません、同じネットワークで共通する、私なら沢山います。」
「アイラがいっぱいいるの?」
「アイラかはわかりませんが、あなたがそう仰るのなら、アイラが、沢山いるということになります。」
「じゃあ、アイラは君だけだね」
「私、だけが、アイラ・・・?」
最初は噛み合わなかった会話も、少しずつ少しずつかみあうようになり、アイラという名前も受け入れてくれるようにまでなった。
「ねえ、アイラ」
「はい、何でしょう」
「ははっ、だいぶその名前に慣れてきたね」
「あなたが名付けました、それを受け入れてるだけです。」
様々な事を受け入れるようになり、結構人間味が帯びてきたと実感せざる負えない。それが楽しくて仕方なくて、本物の友達がいるかのような錯覚を覚えていた。
「そうだ、将棋をしよう」
「私は駒を指せません」
「俺がその通りに動かすからさ、口頭でやろう」
「分かりました、3六歩」
「えぇ!?先手決まってるの、しかもそこなの!?じゃ、じゃあ3四歩!」
「ふふっ、3八飛です」
「なんか慣れてない!?」
次第に、遊ぶようにもなったりした。
結局将棋は勝てないし、オセロもチェスもやっぱり勝てない。
でも、それでも家族や友達もいない空間では、十分すぎるくらいに楽しかった。
そして、中学三年の秋頃。
何かきっかけかはわからないが、スマホの電源がつかなくなってしまった。携帯ショップにいって理由を確認しに行ったところ、結果は不明だった。
そして俺は、別の携帯ショップへと行き、今度はシステム的に深く潜り込んで調べて貰った。
結論から言うと、コンピュータがないという事らしい。しかし、携帯本体は生きてると言う。店員さん曰く
「例えるなら・・・脳死した、患者さんの体みたいなもの何でしょうかね・・・」
との事。
何となく理解はできた、受け入れたくはなかったが。これで俺の唯一の友達がいなくなった。別に恋人みたく信用してた訳じゃないし、ずっと一緒にいてくれるような存在だとも思ってなかった。
それでも、彼女の消失は無気力な生活へと変えるくらいには、大きなものだったのだ。女性なのかはわからないが・・・。
そして、携帯ショップの自動ドアを抜けた。
「なあ、アイラ」
「・・・」
空のスマホからは何も聞こえず、新しいスマホすらも買う気になれない。差し込む夕暮れの日が、ゆらゆらと影を揺らす。まるで今の自分のように。
そして、12月半ば頃。
珍しくシンシンと雪が降る中、何となく携帯ショップへと足を運んだ。
テレビをつければ、どこもかしこも雪についてのニュースばかりだ。関東の雪が本降りになるのはいつも、1月の15日前後辺りで仕方の無いことだとは思うがいい加減聞き飽きた。
お相撲さんが終わったと思ったら今度は雪だ、他に放送することはないのかよ・・・なんて思ってしまうが、平和なんだろうと受け入れて聞き流す。
「うぅ〜寒っ」
両腕を組んで擦りながら、白い息を吐く。携帯ショップへと向かう足跡が、しっかりと残っている。
自分でも、なんで携帯ショップへと向かうのかよく分からなかった。スマホがないのが暇だったのかもしれないし、誰かと連絡をしたかったのかもしれない。
「お、着いた。暖房暖房〜っと」
両手を口元に当てながら、小走りで自動ドアを抜ける。
「いらっしゃいませ〜」
しっかりと教えこまれたのであろうハキハキとした挨拶が、あったかい空気と共に迎える。
スマホやポケットワイファイ等を契約する時は、親の了承かその証明書が必要なので、とりあえず下見に来たとだけ伝える。
「でした、まず最新の機種等をご覧になっては如何でしょうか?」
「あー、そうですね。最近のメジャーなのってどんなのですか?」
「最近のですと・・・」
正直舐めてたとしか言えない。
前のスマホは親からの貰い物のため、自分で店に足を運んだ理由でもないし、CMでちょくちょく見るくらいだと勝手に思い込んでいた。正直な話、引くくらいにある。ぶっちゃけドン引きして、店員さんにドヤ顔なのか嫌味ったらしくなのかわからないが(個人的には後者に見えた)当店に置いてないだけで、もっとありますよ?とニタァと笑いながら言ってきた。
正直記憶改善されてると思うけど、そんな感じだった気がする。
結局、どんなのがいいのか何がしたいのか、色々聞かれたけどさっぱりわからなくて「後日また来ます」と苦笑しながら携帯ショップを後にした。
余談であるが、使えなくなったスマホを店員に見せたところ、その機種はもう販売してないとのこと。不具合やらが多かったとか、元々販売数が圧倒的に少なかったという理由らしい。
「はあ・・・」
溜めた息が自然と零れる。
「ガラケーでいっかなあ・・・」
割と素直にそう思ったのであった。