第35話 咆哮
目を覚ましたイサッタ将軍は、銃を取り出し、ガムスを狙うが、魔竜が邪魔になっていた。背中を魔獣に押さえられたままで動けず、銃口をクナに向ける。この女を殺せば、奴の望みを絶つことができるのではないか。奴の思い通りになどさせてやるものかと。
ぐっと、引き金をひく。
銃声が響く寸前、間に割って入ったジルがその場に倒れた。銃撃に気付いたガムスが魔獣を動かし、将軍を踏み潰した。焦った様子で言う。
「ジル、よくやってくれた。本当に、最後まで役に立ってくれたな。だが、ここでお別れだ。私は帝都に行かなければならない。寂しくないように、君の友達も、一緒に逝ってもらおうじゃないか」
ガムスは、クナを乗せた魔獣とともに飛び去り、残された魔獣たちが二人に襲い掛かった。銃弾を受けて虫の息のジルを守りながら、キュムは懸命に戦ったが、その奮闘も長くは続かない。
「キュム、もういい。お前だけなら逃げられるはずだ。私はどうせ死ぬ。早く行けよ」
「うふふ、嫌ですわね。お姉さまも攫われて、可愛い妹までおいて、おめおめ生きてられませんわ」
「誰が妹だって? 私の方が背も高いし、お姉さんだろうが」
ふふふ、と笑いながら、どちらからともなく伸ばした手を合わせる。その時を待っていたかのように、一匹の魔獣がキュムに飛びかかった。
ジルがキュムを引き寄せ、その身で一撃を受け止める。傷口から吹き出した血が周囲に飛び散り、他の魔竜や魔獣も、一斉に二人に襲い掛かった。
キュムは、死を覚悟してジルを抱きしめた。
長い長い数秒が過ぎ、それでもその時は来ず、キュムが目を開けると、そこには、人ならざる者たちの女王が立っていた。
「よくも、部下をいたぶってくれたな」
怒りをむき出しに、次々と魔竜を屠り、魔獣を屠った。それほど大型のものが残っていなかったとは言え、その強さは桁外れだった。女王の戦いぶりに安堵してジルの手を握ったキュムは、その手から急速に温かみが失せていくことに気付いた。
「ジル、ジル、しっかりなさい。そんな弱い妹を持った覚えはありません」
「妹じゃねぇって言ってんだろ。私の方が姉ちゃんだっての」
「もう大丈夫です。すぐに治癒の詠唱を」
キュムが一心に詠唱を始めるが、効き目はなく、手の力は徐々に失われていく。青ざめた顔で笑いながら、ジルがいう。
「私の姉ちゃんも妹を庇って死んだんだ。だからさ、お前は、私の妹ってことでいいだろ? なんだ、やけに素直じゃないか。やっと私の方が年上だって分かったか。姉ちゃんが死ぬ時に何か言ったんだ。ずっと忘れていたけど、いま思いだしたよ。そう、確か……」
言いかけたままジルが息を引き取った。続いて、女王が驚くほどの激しい咆哮が上がった。ふらつきながら立ち上がったキュムが、残った魔獣を葬り去る。さらに、女王目掛けて本気の一撃を叩き込む。
「遅い! 遅い! 遅い! 馬鹿野郎! 死んじまったじゃないか。女王様のせいだ。女王様が遅いから、死んじまったじゃないか。遅い! 遅い! 遅いんだよ!」
激しく抱きついて泣くキュムに、すまん、すまんと、いつになく真面目な声で女王が応じた。




