第34話 ガムス
ジルは、目の前の光景が信じられなかった。
列をなして第二都市へ向かう魔獣のパレードが不意に光を失い、しかし、砂に還ることなく、実際の魔獣同様の存在に変わっていったのだ。
パレードも乱れ、同じ方向へ向かいつつも、明らかに個々の意思を持って暴れ始めていた。何度詠唱を繰り返しても、魔獣たちを統制することができない。それどころか、魔獣の牙は同盟軍にまで向けられた。
ジルとガムスがいる前線近い陣営に、一団の兵士を連れてイサッタ将軍が飛び込んできた。ガムスに詰め寄ると、襟首を掴んで罵る。
「貴様! 魔獣たちの制御は完璧だと抜かしておったな。この状況、どう責任を取るつもりだ」
「将軍、魔獣たちの制御は完璧ですよ」
「何だと!」
「一部、乱れはありますが、第二都市へ向かっています。住民もろとも、都市を壊滅させるでしょう。ドーム内の施設も何も、すべてね」
「何を言っている。ドーム内の施設を破壊して、この先、どうやって……」
「将軍、あなたは究極魔法の価値を分かっていない。発動には三段階あるのです。
まず、これまでも使ってきた従順な魔獣のパレード。次の段階は、いま見てもらっているものです。詠唱を重ねることで、魔獣たちは血肉を持った存在となった。制御という点については御心配なく」
風が吹き込んだかと思うと、イサッタ将軍が連れていた兵士の一団が掻き消すように姿を消した。小型の魔竜が、ひと薙ぎで吹き飛ばしたのだった。襟元の手を振り解くと、ガムスは魔竜の元へ向かった。大人しく頭をたれ、その牙を撫でられるに任せている。呆然とするジルとイサッタ将軍を見て、愉快げに笑う。
「ははははは、これまで御苦労だった。おかげで私の夢が成就しそうだよ。私も詠唱士の端くれだ。ジル、君の詠唱に、別の詠唱を重ねたのは私だ。魔獣は私が制御している。これまで協力してくれた御礼に、殺さずにおいてやろうじゃないか」
「死ぬのは貴様だ!」
叫びながら銃を撃つが、イサッタ将軍が放った銃弾は魔竜の翼に弾かれた。同時に、四つ足の魔獣に押さえつけられ、その重みで気を失った。
「俗物め、殺す価値もない」
薄ら笑いを浮かべるガムスの元に、有翼の魔獣が舞い降りてきた。その背中には、ぐったりとしたクナを乗せている。
「ジル、君はもう用なしだ。どこへなりと行きたまえ。そうそう、君に夜な夜な素敵な夢を見せてやっていたのも私だよ。毎夜、お姉さんに会えたのではないかね。感謝したまえ。獣人の娘とこそこそやっていたようだが、無駄だったな」
「魔道式を使っていたのは、あんただったのか。キュムはどうしたんだ。殺したのか」
「いや、静かに寝てもらっているよ。と思ったが、獣人というのは大したものだな。尋常でない眠気が襲っているはずだが」
ガムスの視線の先、よろめきながらキュムが迫ってくる。本来の獣人の姿を曝して、目を細めながら疾走する。行く手を遮る魔獣を斬り裂き、吹き飛ばす。咆哮をあげてクナの元へ。
次々と新たな魔獣と魔竜がその行く手を遮り、壁となって立ちはだかる。その壁を飛び越え、疾走するキュムがバランスを崩した。魔獣の爪に薙ぎ払われる。倒れたキュムに駆け寄ろうとしてジルは足を止めた。血を吐きながら、キュムが飛び起き、クナを乗せた魔獣に向かったのだ。しかし、魔竜や魔獣に阻まれる。何度も、何度も。その度に立ち上がるが、クナに近付くことができない。見兼ねたジルが声をかけた。
「もう止めろよ。死んじまうぞ」
「うふふ、御心配なく。獣人は、この程度では死にませんから。クナ姉さま、クナ姉さま、起きてください。私と一緒に帰りましょう」
「やれやれ、しつこいな。そんなに起きて欲しければ、起こしてあげようじゃないか。もっとも、それで事態が変わるとは思えないがね」
ガムスが小さく何事か繰り返すと、魔獣の背でクナが身を起こした。血だらけのキュムと目が合い、言葉を発しようとするが、声が出ないようだった。
「どうだね。希望どおり、起こして差し上げたよ。もちろん、完全に自由にするわけには行かない。詠唱術も使えないよう、声は封じさせてもらっている。彼女には、私と一緒に究極魔法を知ってもらうことになるだろう。第三段階のね」
「最初から思ってましたけど、女性を眠らせて連れ去るなんて、どう考えても屑の所業ですわ。神が許しても、私が許しません」
姿勢を正して再び魔獣に向かうが、飛び掛っても、飛び掛っても、追い払われてしまう。傷つくキュムの姿にクナが涙を流して手を伸ばす。
出し物でも見るように余裕を見せていたガムスは気付かなかったが、ジルはイサッタ将軍が目を覚まし、銃を構えたことに気付いた。




