第33話 彼女2
妹の指差す先を見ると、青年が一人倒れていた。その目が静かに自分を見つめている。彼女は、昨晩、第二都市とは逆方向へ逃げ、今朝になって帝都へ向かって歩き始めたところだった。
帝都へ向かう道は惨状だった。
中から喰い尽くされ、皮だけを残した死体があった。宙船の破れた帆が風に舞っていた。有翼の魔獣の群れが死体を運んでいくのを見たが、まだあちこちに死体が転がっていた。全身を食いちぎられた死体があり、焼け焦げて炭化した死体があった。
リズには、できるだけそれらを見せないようにして来たのだけれど……。
倒れたままの青年に小型の魔獣が這い寄っていった。ほとんどの魔獣は姿を消していたが、まだ完全にいなくなったわけではなかったのだ。あるいは元からいた魔獣なのかも知れなかった。青年を餌食にしようと顎を開いた魔獣に、彼女は壊れた宙船の破片を落とした。頭を潰された魔獣が脚をばたつかせる。
リズを抱きしめて座り込むと、部品の下から体液が染みだしてきていた。魔獣の動きが止まるのを待って青年に近付くと、その目が彼女を見つめた。身体中が血だらけで、焼け焦げた左肩から白い骨が覗いていた。太股には小型の魔獣が串刺しになっている。
「だいじょうぶ?」
リズが話しかけ、焦げて変色した鎧を着た青年が寂しげな表情を見せた。その表情を見て、青年が警備隊の隊長だということに気付いた。避難民の集落では、大勢の人が彼ら警備隊に捕らえられ、厳しい罰を受けた。もちろん、盗みや、強盗、殺人を犯したからだったが、時には、いわれのない罰を受けたり、処刑されたりもした。
だから、彼女も警備隊を怖れ、憎んでいた。けれども、誰かを捕まえたときに、妙に寂しげな表情を見せる青年のことを覚えていた。フォレットさん、だっただろうか。
「おねぇちゃん?」
リズに服を引っ張られ、はっとしてフォレットの傷を見た。どれも、ひどいものだった。その口を動かして何か言おうとしている。口元に耳を近づけると、あなたは、あなたはと繰り返していた。
「避難民です。第二都市に逃げて来ていた、街に入ることすら許されなかった避難民です」
と、淡々と彼女は応えた。ねぇ、あの人は? と言うリズを抱き上げ、その場を去った。
しばらくして、人影がフォレットのもとに戻ってきていた。宙船の給水タンクから水を運んできたのだ。口をいっぱいに膨らませたリズは、すぐそばまで来て吐き出してしまった。泣き出した妹を宥めると、彼女はフォレットを抱き上げ、口移しに水を含ませた。その閉じた目に涙が滲む。
「もう一度行きましょう」
立ち上がった彼女が言うが、幼い妹は座ったまま不満げに応じた。
「やだ。疲れたから、ここで待ってる」
「リズ! 一緒に来なさい!」
フォレットの目に、気の強そうな女性が、ぎゅっと女の子を抱きしめるのが見えた。女性の目から、大粒の涙がぼろぼろと落ちていた。
「おねぇちゃん、痛い」
「ごめんね、リズ。さあ、今度はこぼさないように少しにするのよ」
「うん 」
再び声が遠ざかっていった。
煤けた匂いが鼻につき、フォレットは、ようやく全身の痛みを取り戻しはじめていた。左肩から激痛が這い始めるが、もう涙も出ない。
歩けないフォレットと幼いリズを抱えて途方に暮れていた彼女を救ったのは、シューとビドゲルだった。地下通路に潜み、襲撃が治まるのを待って帝都へ向かっていたのだ。途中で無人の宙船を手に入れて、生き残りを拾いながら進んでいた。フォレットを宙船に収容し、ぶっきらぼうな調子でシューが言う。
「よく生きていたな」
「おかげさまで。生き残ってしまいました」
「警備隊は全滅したみたいだな。お前を救ったのは、お前自身の運と、手当てしてくれた人のおかげさ。それと、この子が場所を教えてくれた」
シューが押し出すようにして前に立たせたのは、昨晩、小型の魔獣に噛み付かれていた女の子だった。
「そうか。あなたも助かったんですね」
こくんと頷く女の子を見て、フォレットは、初めて生き残った喜びを感じた。
「くそ、俺が酔いつぶれてなけりゃあな」
両の拳をぶつけながらシューが言い、それを聞いたビドゲルが呆れたように応える。
「いやいや、酔いつぶれてくれていて良かったですよ。貴方のことですから、フォレットみたいになるまで戦い続けたでしょう? 不死者の私と違って、普通に死ぬんですから、やめてくださいよ」
「この俺が、魔獣どもに殺られるってのか」
「ええ、猪突猛進、単純一途。瞬殺かと」
「けっ、お前から死んでみるか?」
「すみません。私、死ねませんので」
シューとビドゲルのやりとりを聞いて頬を緩ませながら、フォレットは、再び眠りに落ちていった。




