第32話 逃亡
人々が逃げた先にも魔獣は追いすがった。
女性を肩につかまらせて歩いていた男性に四足の魔獣が襲い掛かり、二人を引きずり倒す。だが、男性と一緒に倒れた女性は、すでに事切れており、身動き一つしない。
上空から魔竜の咆哮が聞こえ、小型の宙船を横倒しにした。フォレットは船上から投げ出され、背中を地面に強かに打ちつけられていた。起きあがる気力とてない彼の目に、鉤爪に掴まれた宙船が魔竜とともに空高く連れ去られて行く様子が見えた。
燃え上がる第二都市の灯りを受けて夜空を飛ぶ船を幻想的だと思った。もはや何を考える力もなく、すべてがどうでも良かった。しかし、泣き声にすらならない女の子の声が聞こえ、フォレットは右手に力をこめた。その手には、まだ短剣が握られていた。
ぎりりと下唇を噛んで身を起こす。
動かない左手を曳きずり、声のする方に首を向けると、小さな女の子が魔獣に噛み付かれていた。首元から血を吸われているようだった。
フォレットの噛み締めた唇から血が吹き出す。がくがくと揺れる足を立たせ、ひきつる背中の痛みを黙らせて、まずい血を飲み込んだ。よろよろと歩き出した彼に気付いた別の魔獣が飛びかかってくる。
その首を掻き切った。奇声を発して地に落ちた魔獣とともに仰向けに倒れたフォレットに、女の子の首元に吸いついていた魔獣が近寄ってくる。と、死体と見えていたその右腕が動き、魔獣の身体は短剣で串刺しにされていた。
残った力で、フォレットはわずかに首を持ち上げた。がたがたと震える女の子が見えたが、目が合った瞬間、その目は恐怖に怯え、泣きながら彼の視界から消えていった。空は暗く、霞んでいく世界に星の光だけが映っていた。
翌朝、眩しい光を受けて目を開いた。固まった血が割れて、ぱきぱきと音を立てる。煤けた匂いが漂っていた。カラカラと音を立てそうな空虚な朝。周囲に魔獣の姿はなく、人の気配もない。昨夜の狂騒は、その跡さえ残していない。首を回す力もなく、じっと明るい空を眺めていた。
日が高くなってきた頃、遠くから人の気配が近付いて来た。その会話が風に乗って漂う。
「おねぇちゃん、あの人、目を開けてるよ」
「リズ、目を開けていてももう……」
「ほら、目が動いた。こっち見たよ」
「えっ、本当に……?」




