第3話 食卓
無愛想なシューに街の住民が気軽に声をかけてくるのが不思議だった。ビドゲルが、シューはこの街に育てられたようなものなのだと言う。
「また、その話か」
と、シューが鼻を鳴らす。
「元はと言えば、お前がだらしないからだろうが。おかげで、こんな名前を……。くそ!」
「呼びましたか」
「くそに反応してんじゃねぇよ」
「いい名前じゃないですか。スラングで……」
小便たれだからな、と、ビドゲルの言葉に続けて、背の低い老人が楽しそうに言う。
「街の皆で、おめぇのオシメを替えてやったんじゃからな。ひっひっひっ、あの頃は可愛かったのう。よちよちと、ビドゲルの目を盗んでふらついとったわい。ワシも、何回小便を引っ掛けられたか分からん」
「じじぃ、それ以上言うと、もう食い物を持ってきてやんねぇぞ」
「ほっほっほっ、そんなこと言うて、いつでもこっそり持ってきてくれるんじゃから。本当は優しい、可愛い、小便たれのままさね」
「くそ」
呼びましたか、と応じるビドゲルの頭を叩く。
「呼んでねぇよ。元はと言えば、テメェが赤ん坊のオシメも替えられない、くそ野郎だからだろうが」
溜息をつくと、アリを招き寄せ、
「じじぃ、こいつもわけありだ。当分、俺たちと暮らすからな」
と、確認を取るように告げる。老人は、アリの緊張をほぐすような笑顔で応じた。どんな名前をつけてやろうかのとつぶやく老人を、シューが牽制する。
「名前はアリだ。余計な名前をつけるんじゃねぇ」
引き寄せるようにして言うシューに温かいものを感じて、アリは声を上げて泣き始めた。
「お、おい、なに泣いてんだ」
「泣かしましたね。こんな子供に、ひどい」
「そうじゃそうじゃ、意地悪でもしよったか」
「してねぇよ! お、おい、お前も泣くな」
と言われても、これまでの緊張が途切れ、シューに抱えられた安心感の中で、涙が止め処なく溢れてくるのだった。
3人で暮らし始めて数日が過ぎた。
アリも街での生活に慣れ、平穏に過ごしていた。毎日の食事はシューが作っており、妙に肉が多く、野菜や果物は少なかったが、街の食事処と比べても贅沢なものだということは分かった。
シューに教わりながらアリも調理を手伝うようになった。その間、ビドゲルは、ナイフとフォークを手にして、ぼうっと食卓で待っている。その様子を訝しげに見るアリに、シューが耳打ちする。
「あれはな、不死者という名の無駄飯ぐらいの馬鹿舌だ。基本的に食わなくても生きていけるし、毒でも糞でも腐肉でも、何を食っても一緒なんだよ。あいつが作った飯を食って死にかけたことは、1回や2回じゃないからな。調理場への出入りは厳禁だ。絶対に調理場へ入れるんじゃないぞ」
「心外ですね」
と、食卓からビドゲルが応じる。
「私の美食に、みなさんがついて来られないだけです。先駆者とは、常に迫害を受けるものなのです」
「うるせぇ。こないだは魔獣の腸に砂虫の糞を詰めたソーセージなんて作りやがって。何人、死にかけたと思ってんだ」
「美味しいのに」
「んなわきゃ、ねぇだろ!」
と叫び返し、アリに向かって真剣に言う。
「絶対に調理場に立たすなよ」
「わっかりました!」
ラジャ、とばかりに手を上げる。
くだらない会話に混ぜてもらえることが、心底嬉しかった。食卓では、まだか~まだか~ごはんはまだか~と、ビドゲルが妙な節をつけて歌い始めていた。
「うるせぇ!これでも食ってろ!」
と、ビドゲルの顔に血まみれの生肉がぶつけられた。そのままもぐもぐと食べ始める様子を見て、アリは驚きつつ、こみ上げる笑いを抑えられなかった。
食卓に肉が多い理由は、すぐに分かった。
シューとビドゲルは狩人として生計を立てていたのだ。街の周辺、また地下通路に潜む魔獣を狩り、人々の安全を守ると同時に肉を調達する。それと引き換えに金を稼ぎ、穀物や野菜を得ていた。
しかし、街中で穀物や野菜を育てている様子はなく、それがアリには不思議だった。どこから手に入れているのか。その疑問が解決する日が来た。




