第27話 ジル
軟禁状態にあることを除けばコテージの生活は快適で不満のないものだった。食堂でジルと一緒になることもあったが、クナやキュムが声をかけても完全に無視し、黙々と食べて出て行ってしまう。
今日もジルと一緒になったが、2人が入って来ても顔を上げようとさえしなかった。キュムは食事を摂らずに、じっとジルを見つめ続けた。延々と見つめられて気になるのか、ジルの手が止まった。
「何だよ? 何か文句でもあるのか?」
「貴方、よく眠れないのでなくて?」
「そうだな。軟禁されて安眠してるような奴らと一緒にして欲しくないな」
「その目の隈、ひどいものね。悪い夢でもみてるのかしら。魘されているんじゃありませんの」
「うるさい! どんな夢を見ていようとお前に関係ない。勝手に呑気に寝てればいい。どうせ、大口あけて、涎たらして、腹出して寝てるんだろ。馬鹿みたいにへらへらしやがって。お前みたいに何も考えずに生きてる奴は大嫌いなんだ。二度と話しかけるな」
言って立ち上がると食堂の出口へと向かう。キュムに声をかけるクナと、大丈夫ですわ、姉さまというやりとりを背中で聞いて、ためらうようにしながら、ぐっと扉を開けて出て行った。
翌日、朝からジルが従軍して夜になっても戻らず、クナとキュムだけがコテージに残っていた。夜中の呻き声は聞こえず、キュムは予想通りと感じていた。やっぱりジルの呻き声でしたのね。同盟に協力しているのにも、なにか裏がありそうですわ。クスクス、そういう裏を暴くの大好き。
数日のうちに、同盟軍は帝国側の都市をいくつも攻め落とした。そこに使われたのが究極魔法だった。魔法書とその所有者、優秀な詠唱士が揃って初めて発動できる。その威力は凄まじく、ドームを破壊し、守備兵を蹴散らし、各都市を壊滅に追い込んだ。
一方、ジルが戻るまでの間に、キュムは別の人形を作り上げた。どこかジルに似た人形で、戻ってきたジルを待ち受け、無理やり手渡す。不気味なものを作りやがって、と断固拒否の姿勢を示していたジルだったが、耳元で何事かささやかれ、不承不承ながら受け取った。
その夜、ジルの部屋では、二つの小さな影が、こそこそと言葉を交わしていた。もちろん、例の人形である。ジルとキュムに似た不気味な人形が枕元で顔をつき合わせている。見ようによっては、呪いの人形に取り憑かれているようでもある。
「ふん、たしかに普通の眠りじゃないな」
「ですから言ったでしょう。貴方にも魔道式が使われているって」
「確かめるには、このまま別の場所で眠らないとな」
「うふふ、良い場所がありますわよ」
キュムの人形がジルの人形を連れて行ったのは、クナの部屋だった。大きなベッドの中央で眠るクナの両脇にそれぞれが潜り込む。その寝姿を見ながら、ジルの人形が言う。
「クナと言ったな。こっちも魔道式でやられているが、そのままで良いのか」
「ええ、構いませんわ。元々、私たちが変な気を起こさないように、貴方の呻き声に気付かないように、という目的だったのでしょう。わかった上で睡眠薬代わりに使ってもらってますわ」
「ふん。今回の件、お前が勝手にやったんだ。感謝はしないからな」
「うふふ、そういうことにしておきましょうか。実際、今日のことは姉さまも知らないですし。朝起きたら、きっとびっくりしますわ。クスクス」
「姉ちゃんか、いいなお前は」
「ええ、自慢の姉さまですわ。血は繋がってなくても、本当の姉妹のように接してくれますの」
「本当の姉ちゃんじゃないのか」
「ええ。私は、生まれてすぐ砂漠に捨てられていたらしいですわ。それを女王様が拾ってきた」
「ふーん。お前も苦労してるんだな」
「うふふ、苦労なんて。女王様は気まぐれで馬鹿だけど優しいし、クナ姉さまにも出会えました」
「そうか……」
「今日は、きっと良い夢を見られますわ」
「ああ、そうかもな」
目覚めると、クナは両脇から不気味な人形に抱きつかれていた。驚きつつも事情を察し、クナは人形の頭を優しく撫でさすった。
それから十日ほど経ち、同盟は第二都市へ向かって行軍を続けていた。ジルも従軍しているが、あまり気が進まないなと口中で呟いた。嫌な夢を見なくなったおかげでよく眠れる。帝国への復讐心が少し薄れてきているようにも思う。夢ではなく、当時のことを思い返すことが増えた。あの頃、私は……。




