第26話 人形
移動式のコテージは想像以上に広く、内装も豪華で、キュムとクナのための寝室も、それぞれ別に用意されていた。
その日の夜、キュムはクナの部屋へ行こうとしたが、妙な眠気に襲われ、少し横になったと思ったら、朝まで眠ってしまっていた。数日、同じようなことが続き、さすがのキュムにもからくりが分かってきた。移動式のコテージと言えば聞こえは良いが、実際は、移動式の牢屋に他ならないのだと。
眠りや夢に影響を与える術式が使われているのだろう。そもそも、ここへ連れてこられたのも眠りの術式によるものだった。そうすると、あの不機嫌そうな子、ジルも囚われの身なのでしょうか。でも、まずは自分たちのことですわね。
移動式と言うだけあって、同盟の行軍にあわせて、昼夜休まず、コテージごと動き続けていた。昼間、暇な時間を使って、キュムが何かを作り始めた。できあがったのは、不気味な雰囲気の人形である。できた、できたと喜ぶキュムに、クナが問いかける。
「その人形、大丈夫なの? ちょっと嫌なものを感じるんだけど」
「可愛らしいでしょう? これは私に似せて作った人形ですよ」
「だから嫌なのよ。それって……」
「ふふ、この人形が私たちを救うでしょう」
夜、人形を抱えたまま寝床に入ると、キュムは静かに詠唱を繰り返した。いつもの抗し難い眠気に襲われ、いつしか寝息が聞こえてくる。
「やれやれ、やっと動けますわね」
と、つぶやいたのは例の不気味な人形だった。魔道式による術である。本来、術者の意識を人形に投影し、危険な場所に赴くためのものだが、今回は、強制的な眠りの術式を無効化するために用いた。本体というか、キュム本人は同盟の思惑通り、ぐっすりベッドで安眠中である。
さて、と頭を巡らして、ベッドの上で眠る自分の様子を見る。
「変な感じですわ。自分の寝ている姿を見るなんて。あらあら、お腹を出して、大口あけて涎も垂らしてますわね。できれば、一生見たくなかったですわ。こんな間抜けな顔で寝てたなんて。クスクス。あらあら、自分の寝顔を見て笑っている場合ではなかったですわね。さあ、夜の冒険に出発!ですわ!」
と、ドアを開けようとして、ノブに手が届かないことに気付いた。
しばし、その場に佇む。
開けておけば良かったと後悔すること頻り、やっとこさドアを開けると、もう一度、宣言する。
「さあ、夜の冒険に出発!ですわ!」
といっても、クナの部屋へ様子を見に行くだけのことで、恐れていた見張りもなく、無事に部屋にたどり着いた。クナの寝姿を見ながらつぶやく。
「これぞ淑女というところでしょうか。お腹を出して寝てたどこぞの田舎娘に見せてやりたいですわ。今、見てますけども。クスクス。これで今日から姉さまと一緒に眠れますわ。朝起きて、不気味な人形に抱き付かれていたら、どんな顔をされるか楽しみですわ」
ごそごそとクナのベッドに潜り込む。
「……って、そうじゃないですわね。ついつい適当な性根が顔を出しました。寝顔はともかく、この感じ、やはり術式で眠らされてますわね。逃亡を防ぐだけなら、こんな面倒なことはしないでしょうし。何か裏がありそうですわね。
でも、本当に危険なことがあれば、どっかで見てるはずの女王様が助けに来てくれるでしょうし、あの生意気な不機嫌娘の寝相も見てきてやりましょう。きっと、変な格好で寝てるに違いありません」
クナのベッドから飛び降り、キュムの人形は再び廊下へ出た。しかし、ジルの部屋へ向かっていると、およそ人のものとは思えないような呻き声が聞こえてきた。聞く者の心を凍らせる、低く、深く、執拗に続く呻き声に、キュムは足を止めた。
暗い廊下の先に何かが潜んでいるような気がして、一目散に駆け戻ると、クナのベッドに潜り込み、呻き悶えているうちに眠ってしまった。次の朝、目を覚ましたクナが、不気味な人形に抱き付かれていることに気付いて叫び声をあげたのは言うまでもない。




