表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

第19話 本


 長い髪の女性が、歌を口ずさみながら具材を炒めている。久しぶりに街へ寄って野菜や肉を手に入れることができた。おいしい昼食を食べること、何より、みんなに食べさせることができそうで、クナは嬉しくてたまらなかった。


 普段は軽々しく歌うことはない。詠唱士にとって、歌は神聖なものだからだ。よく師匠に怒られたな、と思い出して微笑みながら歌を紡ぐ。カザから聞いた、妙に耳に残る歌を。


 歌い終えた時、鍋から煙が吹き出し、料理が消えうせていた。代わりに鍋の中には一冊の本がある。


 え?


 え~?


 あれぇ、私ってば何を作ってたんだっけ。鶏肉と人参、葱と茄子も手に入ったから、辛味のある炒め物を作っていて。あれぇ、なんで鍋に本が入ってるの?


 まごつきながら火を止めると、クナは鍋から本を取り出した。油を敷いた鍋に入っていたはずなのに、べたつくこともなく、熱くもなく、さらっとした冷たい手触りだった。ぺらぺらとページをめくるが、何も書かれていない。


 頭を抱えて唸るクナだったが、何か思いついたのか、調理場から外へ飛び出していった。激しい風が渦を巻いている。思わず目をつぶり、髪を押さえた。後方へと景色が流れていく。


 砂漠の上を船が疾っていた。砂に触れるか触れないか、少し浮かび上がるようにして、轟々と風を起こしながら疾っていた。


 その風に誰かの歌が混じっているのだった。甲板へ出ると、クナはマストの先を見上げて喚き散らした。鍋から出てきた本を頭上に突き出して振り回す。見張り台にいた人影がそれに気付いた。歌声がやみ、船足も止まり、船は砂漠に沈みこんだ。


「こら~、あなたでしょ!」


 と見上げたままクナが言う。


「手の込んだ悪戯して。元に戻しなさい。昼食抜きにするわよ」


「何のこと? 降りてくから、ちょっと待ってて」


 レモン色の髪をした小柄な女性が甲板に立った。その女性に向かって、クナが怒ったように言う。


「とぼけたって無駄ですからね。詠唱士は私とネスティしかいないんだから。あなた以外、誰がこんな悪戯をしますか!」


「何のことだかサッパリよ。たいがいの悪戯の犯人が自分だってのは認めるけど。つまんない船旅には潤いも必要よ」


「何が潤いですか。ただの暇つぶしでしょ。良いように言っても騙されませんからね」


「まあまあ、んで、どうしたの?」


 ぶつぶつ言いながらも、クナは本について話した。話を聞き終えたネスティが笑いを堪えて言う。


「へー、じゃあ鶏肉と野菜の炒め物が本になったってわけ? 変換式でも、そんなの聞いたことないわ。いつもの悪戯のお返し?」


「違います! やったのはあなたでしょ?」


「違うってば。だって、あたし、ずっと船を疾らせていたんだから。二重詠唱なんかできないし。そもそも、悪戯のためにそこまでしないわよ」


「え~? じゃあ、この本は何なのよ」


「さあ? 白紙だし、メモ帳にでもしたら?」


「……むぅ」


「じゃ、安全な場所まで疾らせるから」


 あ、ちょっと、と呼びかけるクナの声を無視して、するするとマストを伝い、ネスティが見張り台へと戻っていった。

 

 納得いかず、クナは不満げな様子で調理場に戻った。上の空で料理をしていたところ、例の本にソースを零してしまった。慌てて布巾で拭うが、染みひとつ残っていない。そう言えば、火にかけた鍋の中でも焦げたり、熱くなったりしていなかった。そのことを思い出して、クナは本の使い道を発見した。



「ひゃひゃひゃひゃ、面白いのう」


 と、女性の声だ。船から遠く離れた地で、モニターをのぞいて笑っている。画面には料理中のクナの姿が映っていた。


「鍋敷、鍋敷にしおった。ひゃひゃひゃひゃひゃ、あれは結構価値のある代物じゃがのう。面白いのう」


「何を笑っているんですの?」


 と、脇から幼い少女の声がした。


「なんじゃ、驚かせるでない。勝手に覗くな」


「いいじゃないですか、ちょっとぐらい。どうせろくでもないものを見てたんでしょ」


「あのな。わらわの詠唱術の神髄と言ってもいい千里眼を、何だと思っておるんじゃ」


「覗き術」


「かぁ~、これだから単細胞の獣人は。よいか、これがあればこそ、我らの国が成り立っておるのじゃぞ。個々には人間風情に負けぬが、絶対的に数の少ない我ら亜人が生き抜くには情報が重要なのだ」


「それとこれと、女王様の暇つぶしに千里眼を使う理由にはなりませんよね」


「やかましい! わらわは女王様なのじゃ。偉いのじゃ。暇つぶしをする権利があるのじゃ」


「認めましたね」


「えーい、うるさい。何事も結果オーライじゃ。わらわの暇つぶしのおかげで、〈たぶん〉重要な物を発見できたのじゃ。お主、あれを取ってまいれ。白紙の本と言っておるが、おそらく何らかの魔法書よ。わらわの第六器官がそう告げておる」


「え~? 明らかに思いつきじゃないですか。それに、第六器官って、単なる勘でしょ」


「い、い、か、ら、行ってこい!」


「はいはい、わかりました」


「お主、〈面倒くさいなぁ、適当な偽物を作って渡しておけばいいだろう、女王様は馬鹿だから気付かないだろうし〉、とか思っておるじゃろ?」


「すごい、何で分かったんですの?」


「本気でわらわを馬鹿にしとるな。まあ良い。今回の件については、賢くって、ちょっと気の抜けたやつが適任じゃからな。ばれぬように上手くやれよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ