第16話 イルマ
深手を負ったランバートだったが、アリの懸命な介抱もあって一命を取りとめた。片腕は失われたまま、それでも魔法書を求める意欲が衰えることはなく、半年後には再び竜の巣を訪れ、求める魔法書を入手することができた。
術者の思いのままの人形を作る魔道式の一種で、式名はガラテアだ。
術式の準備を整え、アリは、いまだに立ち入りを許されない部屋へ向かった。部屋の外で扉をノックしようとしてためらう。ようやくだ、ようやく会えるとランバートの独り言が聞こえてきていた。
人形の核となる宝珠には、ランバートが用意した特殊なものを使った。それは記録用の宝珠で、通常は真っ更なものを使うところ、すでに何かを記録したものを組み込むという。
精霊式と魔道式の同時詠唱で術式を組み上げる。宝珠を中心に、次第に人の形をしたものができあがっていく。それは若い女性の姿となり、無表情な顔に赤みが差すと、知恵の光が灯り始めた。
綺麗な人だな。詠唱を続けながら、宝珠には大切な人の記憶が残されているに違いないと思い、ランバートの様子を見た。喜びにあふれた顔で人形の目覚めを待っているようだった。胸の奥が苦しく、しかし、アリは、ランバートのために詠唱を続けた。やがて、人形がゆっくりと目を開いた。
「ランバート? 私はなぜ?」
「おかえり」
「私はあの時……」
「考えなくていい。イルマ、君は君だ」
「そう、そういうことなのね。私はもう死んでいるのね。ただ仮初の命を与えられて」
「馬鹿なことを。君は死にはしない」
人形は悲しそうに微笑むと、ランバートの頬を撫ぜ、部屋の隅で俯いているアリを見た。
「いいえ、あなたが慈しむべき人は私じゃない。ランバート、死者は目覚めないわ。本当の私は、もう墓の下で朽ちてしまっている。そうじゃなくて? 私を愛するということは、イルマへの裏切りじゃないかしら。
人形は仮初の命しか持たず、自分の存在を疑ってしまっては存在することができない。そうでしょう? 私だって詠唱士の端くれなの。気付かない振りをすることはできても、本当に気付かないでいることはできないわ」
人形が両手を持ち上げると、指の先が崩れ、手のひらに亀裂が入った。
「待て! 行かないでくれ!」
ランバートの叫び声に微笑を返しながら、人形はぼろぼろと崩れ、後には砕けた宝珠と砂の山が残った。悲痛な呻き声をあげて蹲るランバートを見ながら、アリは心の中で言う。
先生の悲しみを知りながら、砂に還ってくれて良かったと、どこかで思っています。ごめんなさい、先生。ごめんなさい、先生の大切な人。
人形が砂に還った日から、ランバートは部屋から出てこようとしなくなった。声をかけても返事はなく、状況が変わらないまま数日が経ち、アリは、ひとつの決心をして部屋の前に立った。




