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第12話 出立


 ランバートの元に来て数年が経った。


 様々な場所を旅した。凍った海、険しい山岳地帯、砂漠から南国の島まで、変わった詠唱術を使う人物がいるとか魔法書の噂を聞けば、ランバートはどこへでも行った。時に交渉し、時に盗み、時には脅し、奪い取った。常に思いつめたような様子で笑顔を見せることはなかったが、アリにとっては、一見冷たく、それでいて頼りがいのあるランバートの表情は日常のひとつとなっていた。


 シューやビドゲルのことを忘れはしなかったが、二人に害が及ぶことを恐れ、逃げたり連絡を取ろうという気はなかった。そんな内面を分かってか、ランバートも、アリにある種の信用をおいているようだった。


 詠唱術については師弟のような関係で、先生、先生というアリに、そのまま呼ばせている。奇妙な信頼関係が生まれつつあった。それでも屋敷に戻った際には、付いてくるなと言い置いて、暗い表情でどこかへ消えていく。屋敷の奥にある鍵のかかった部屋に篭っているのだろうと思えた。アリは言いつけを守り、その部屋へ入ろうとはしなかったから、何をしているのかは分からなかった。


 そんなある日のこと。珍しく興奮した様子で、ランバートがアリの部屋に入ってきた。


「見つけたぞ。魔導式の在り処が分かった。もし、これが当たりなら、お前も自由の身だ。ん、どうした? さえない表情だな。嬉しくないのか」


「いえ、なぜか嫌な予感がするのです。先生から多くの術式を習ってきましたが、魔道式は人の気持ちを弄ぶような良くないイメージが強いので。それに、普通には取りに行けないような場所なのでは?」


「竜の巣にある。古文書の存在自体は昔から知られていたらしいが、命を賭してまで取りに行く価値があるものではないとして、そのままになっている」


「いったい、どんな術なのです?」


「術者が望むままの人形を作り出す。式名はガラテアだ。これこそ俺の求めていた術だ」


 珍しく感情をあらわにするランバートを見ながら、アリは不吉な予感を拭い去れなかった。



 竜の巣へ向かう道すがら、ランバートは注意すべき点を繰り返した。


「いいか、詠唱術に頼るな。分かっていると思うが、詠唱中は無防備だ。ひとつの危険を避けるために、他の危険に対して無力になるようでは本末転倒だぞ。

 魔竜の中には、詠唱術のゆらぎに反応する固有種もいるしな。何より、安易に術に頼るようになると、他の方法が見えなくなってしまう。ここぞという時以外は使うんじゃないぞ。体調も万全にしておけ。最後は、気力と体力が物を言うからな」


 妙に饒舌な様子に戸惑いながら、それだけ、この旅がランバートにとって重要なものだということを理解した。また普段以上に危険な旅になるということも。また、自分の身を案じるのは詠唱士としての価値ゆえだと思うと寂しかった。


 竜の巣は、永久凍土の奥、険しい山岳地帯にある。また周辺に竜の餌となる魔獣も多く生息していることを意味していた。そこに踏み入るなど自殺行為に近い。それでもランバートの意志は固く、二人は雪原へと踏み出していった。


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