00:過誤
カラダが痛い。
喉、肺、心臓、頭、足、いたるところが引き千切れそうなまでに痛くて。
でも走る足をとめたら、アイツに、アイツに掴まってしまうから。
もう限界だ、と訴えてくる足を無理やり動かす。
その途中で、アイツとの距離を確認するために首を回せば。
「......えっ?」
アイツは、どこにもいなかった。
「どこに行ったの?」
今さっき通ってきた道を、呆然と見やる。
酸素不足でぼやける視界には、ただただ薄暗い学校の廊下が映るだけで、アイツが教室に入った形跡はない。
逃げきれたんだ、と安堵した私は大きく息を吐いて、力なくその場に座り込んだ。
走りすぎて、少し気持ち悪い。
しかし、このまま此処にいるわけにもいかないので、息を整え、ふらふらと立ち上がる。
そしてふり返ると、
「あれ...菅、くん?」
行方をくらませていた彼が、ポツリとそこに立っていた。
「無事だったんだね!よかった...」
先輩たちと捜したんだよ、と彼に近寄れば、何かぶつぶつと呟いていて。
「なに?ごめん、ちょっと聞こえない」
と、彼に耳をよせると。
「...ま、がった...こい、じゃな...」
曲がった鯉じゃない?
意味不明な言葉に、思わず小首をかしげる。
「あい、らだ...し、ぱ...また」
「菅くん?」
「・・・つら、ろし...あい、せいで、おれは」
足もとに視線を落としながら、ぼそぼそと口を動かす菅くんに、何故だろう、鳥肌がたって。
「こん、こそ...いつらを...してや」
「ねぇ、菅くん」
「いき、かち、て...い。コ...やる」
何かに取り憑かれたように言葉をつむぐ彼の名前を、必死に呼ぶ。
けれど、私の声は彼に届かなくて。
私はナニカに押しつぶされそうになりつつも、彼に手を伸ばす。
「すが、くん」
ねぇ。
声を震わせて、彼の肩にそっと触れる。
すると、菅くんはガッと顔をあげてニタリと嗤った。
「ひっ!!」
背筋が凍る。
コレは、菅くんであって菅くんじゃない。
反射的に、数歩あとずさる。
刹那、彼の背後で黒い物体がぐにゃりと蠢いた。
アイツだ。
そう認識した瞬間、恐怖が私を支配する。
はやく、逃げなきゃ。
そう思うのに、足がまったく言う事を聞かなくて。
「なんで、やだ、やだよ。にげられたのに、なんで」
もう何が何だか分からなくなって、子供のようにイヤイヤと首をふる。
誰か助けて。
誰でもいいから、お願いたすけて。
「死にたくない」
たすけてよぉ、と泣きながら、見た事もない神様に祈る。
そんな私に、嘲笑ひとつ。
「神様に祈って、何になるの?」
神様なんていないんだよ。その証拠に、ホラ。
そう言って両手を広げた彼を、黒く実体のない靄のような、それでいて影のようなアイツがぐるりと囲んで。
「あっ、あ...」
ネズミ一匹とおさない、という風に、ピッチリと廊下を塞いだ。
もう逃げ場がない。
「さぁ、はやくおわらせよう」
彼が指をパチンと鳴らす。
それと同時に、アイツが私を取り囲み。
「さようなら」
彼が微笑むと、カラダに熱が走って、そして...。