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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第六章 聖印京の混沌
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第八十八話 決死の逃亡劇

 九十九は、朧を抱えてひと気のない裏路地の中で移動していた。

 本当はすぐにでも、屋根に飛び移って聖印京を脱出したいが、今の状態では、隊士達を気絶させて進むのは至難の業だ。九十九の体力も限界に近いため、なるべく人がいない裏路地の中を走っていた。

 だが、この裏路地の中でさえ、隊士達が自分達を探しまわっている。

 見つかるのも時間の問題であった。


「ここも、あぶねぇかもしれねぇな。朧、大丈夫か?」


「うん、大丈夫……。九十九の方こそ……」


「俺は、いつもの事だろ。だから……」


「いつもの事じゃないよ!」


 朧は、声を荒げて反論する。

 いつも穏やかな少年の面影はない。

 朧はつらかった。何もできず、九十九が自分のせいで傷つくのが、重荷になっていると感じていた。


「もう、僕を捨ててよ。ここで、捨てて逃げてよ。僕は、もう、助からないんだ!」


「朧……」


 朧は、もうすでに生きることをあきらめていた。

 こうしている間にも呪いは朧の体を蝕んでいる。

 いつ、自分の命が奪われてもおかしくない。重荷になるくらいなら、ここで呪いによって死んだほうがまだいいと。どうせ助からないのだから。

 朧は、それほどまでに精神的に追い詰められていたのであった。

 そんな朧を見ているのは九十九はつらかった。

 朧には、生きてほしいと願っていたからだ。


「ごほっ!ごほっ!」


「朧!」


 無理をしたのか、朧は咳をし始める。

 口から黒い血を吐き、手を真っ黒に染めていた。


「黒い血……。真谷っ!」


 九十九は、怒りで体を震わせる。

 真谷が憎い。憎くてたまらないほどに。

 だが、朧は九十九がなぜ自分の黒い血を見て真谷の名を呟くのはわからなかった。

 もう、そんなことどうでもよかった。

 朧は、とにかく九十九には生きててほしい。そう願っていたのだから。


「九十九……お願いだから」


「うるせぇ、黙ってろ」


 朧は、九十九に懇願するも九十九は強引に遮る。

 できるはずがない。朧は、大事な親友だ。

 なんとしてでも、朧だけでも、ここから脱出させる。

 そう、決意している。


「置いてくわけねぇだろ。絶対にな」


「……」


 朧は、九十九に懇願したいのだが、もう声が出ない。

 それほどまでに弱っている。

 弱り切った朧を見て九十九は、動きだそうとしていた。

 だが、その時だった。

 どこからか足音が聞こえてきたのは。


「必ず、見つけろよ!絶対に、この近くにいるはずだ!」


 隊士達の声が聞こえる。

 自分達に気付いていないようだが、気付かれるのも時間の問題だ。

 長居はできないようだった。


「ちっ。来やがったが、行くぞ!」


 九十九は、朧を抱えたまま飛びあがる。

 彼が再び姿を現すと隊士達は、一斉に九十九に視線を向けた。

 九十九は一気に駆け抜けるが、屋根に飛び移った隊士達が、九十九を待ち受けていた。

 隊士達は、宝器を手にし、術を発動しようと構えている者もいた。

 それでも九十九は、立ち止まることはしない。

 一気に突っ込むように走り続けた。


「止まれ!」


「邪魔すんじゃねぇ!」


「ぐあっ!」


 九十九は、妖気を放って、隊士達を吹き飛ばす。

 結界術で防いだ隊士達は、次なる術を発動しようとするが、九十九が蹴りを放ち、吹き飛ばされてしまった。

 だが、他の隊士が矢を放ち、矢は、九十九の肩に容赦なく突き刺さった。


「ぐっ!」


 九十九は、矢を突き刺したまま、妖気を放ち、隊士を吹き飛ばす。

 荒い息を繰り返し、矢を一気に抜くが、肩から血があふれる。

 だが、立ち止まってなどいられない。

 次から次へと隊士達は容赦なく九十九を殺しにかかっている。

 休んでいる暇などなかった。


「くそ……」


 九十九は、走り続ける。

 気が遠くなるような長い道のように思える。

 だが、聖印京を抜けるためには逃げなければならない。

 どこまでも、どこまでも……。



 九十九は幾度となく隊士達に襲われるが、猛攻を潜り抜け、隊士達を吹き飛ばし、時には気絶させ、ようやく、聖印門にたどり着いた。

 聖印門を飛び越えれば、外に出られる。

 朧は助かる。そう確信していた。


「もう少しだ。もう少しで、出られるからな!」


「うん……」


 九十九は、励ますように朧に語りかける。

 朧は、うなずくが、その声は弱弱しい。

 彼の声を聞いた九十九は焦りを感じ、急いだ。

 だが、その時だ。

 九十九の前に人影が現れ、こぶしが九十九をとらえかけている。

 九十九はかろうじてよけ、後退した。

 あと一歩のところで何者かに遮られてしまったのだ。


「おいおい、簡単に逃げられると思うなよ?妖狐」


「てめぇは!」


「虎徹……様……」


 なんと、九十九と朧の前に現れたのは、柚月の師匠・虎徹であった。


「やっぱ、てめぇも俺を……」


「当たり前だろ?俺は、聖印一族だ。一応な」


 虎徹はいつもの見慣れたひょうひょうとした様子ではない。

 冷酷で、残忍と言った印象を受ける。妖を殺す目だ。彼もまた妖を憎んでいるように見えた。


「虎徹様……九十九を……助けてあげてください……」


「……それは、無理な話だな」


 朧は、虎徹に助けを求めるが、虎徹は朧の懇願を断る。

 たとえ、甥の懇願であっても、今は受け入れられない。

 朧も九十九も反逆者とみなされているのだから。

 虎徹は、構える。腰に下げてある宝刀を抜かずに。

 体術だけで九十九を負かそうとしているようだ。


「ここを通りたかったら、俺を倒してからにしなよ」


「ちっ。そうなるのかよ」


「九十九……」


 九十九は、腰を落とす。

 このまま、虎徹を気絶さえて、一気に逃げるつもりだ。

 朧を抱えたまま虎徹と戦うのは分が悪い。

 ここは、妖気を放って、蹴りで気絶させようと考えているのだが、虎徹に通用するかはわからない。それでもやるしかなかった。

 だが、虎徹は意外な言葉を口にし始めた。


「そいつを抱えたままやろうって言うのか?」


「朧を守るためにはそうするしかねぇだろ」


「だが、やりにくいだろ。朧は、寝かせてやれ」


「はぁ?」


 九十九はあっけにとられたような顔をする。

 何を言っているのかと思うほどに。

 朧を寝かせられるわけがない。

 いつ、隊士達が現れて、朧をとらえるかわからないからだ。

 虎徹は、朧を寝かせろと言った理由を話し始めた。


「今のうちなら、誰も来ることはないさ。気絶してるからな。それに、苦しそうだしな。安心しろ、戦っているうちは、俺も手は出さん。まぁ、信じられねぇって言うんなら、そのまま戦ってもいいけどな」


「なんでだ……なんで、そんなこと……」


「巻き込みたいくないだけだ。一応、朧は俺の甥だからな。ただ、それだけだ。あ、寝かせるなら、ここにしろよ」


 虎徹は、指をさす。屋根の上ではあるが、比較的安全な場所のように見える。

 反逆者と言ってもやはり、大事な甥だ。この戦いに巻き込みたくないと考えているのだろう。


「変わったやつ。だが、てめぇのことは信じられる。多少な」


 そういって、九十九は虎徹の言う通りにして、朧を安全な場所で寝かせた。

 だが、朧は九十九の腕をつかんだ。

 すり抜けてしまいそうなほど、弱弱しく感じられたが、それも、彼の精一杯の力なのであろう。

 九十九は、抜くことはしなかった。


「九十九……駄目……」


「いいから、ここで、待ってろ。すぐに終わらせてやるさ」


 九十九は優しく、離れる。

 力が入らない朧は、必死に手を伸ばすが、九十九は、歩き始めてしまった。

 遠く遠くへと言ってしまいそうな気がした朧は、今すぐにでも九十九を連れ戻したいが、力は残っていない。

 九十九は静かに、虎徹の前に立った。


「行くぞ」


「おう」


 九十九と虎徹が構える。

 どちらも体術で戦うようだ。

 緊張感が漂う中、二人はついに同時に地面をけり、同時に殴り掛かる。

 だが、二人の拳は同時にぶつかり合い、いったん手を引く。

 九十九が続いて、蹴りを放つが、虎徹はそれを手で防ぐ。

 隙ができ、虎徹が襟をつかんで、九十九を投げ飛ばすが、九十九はいとも簡単に、体制を整える。

 虎徹が、蹴りを放つが、九十九はよけ、回し蹴りを放った。

 虎徹は、腕で防いで、後退する。

 九十九は、間合いを詰めて、虎徹と死闘を繰り広げた。


「へぇ、妖刀なしでそれだけ戦えるってのは、すごいなぁ。敵にしておくのはもったいない」


「てめぇこそ、体術だけで俺と渡り合えるってのは相当だぞ?てかいいのか?刀、抜かなくて」


「俺は、体術に自身があるからな。それに、俺には聖印能力がある」


「っ!」


 虎徹は、殴り掛かるが、九十九は手で受け止める。

 だが、その時だった。

 九十九の手に衝撃が走ったような感覚に陥ったのは。

 九十九は、とっさに跳躍して後退し、虎徹と距離をとった。


――なんだ?鉄で殴られたみたいな衝撃だったぞ?


 九十九は動揺していた。

 虎徹のこぶしを受け止めた手はしびれるような痛みに襲われている。

 まるで鉄を受け止めたような感覚だ。

 九十九は、何が起こったというのか、見当もつかない。

 虎徹は、九十九の疑問に答え始めた。


「何が起こったって顔してるな?言っただろ?俺には聖印能力がある」


「今のは、てめぇの聖印能力ってことか?」


「そうだ」


 虎徹は、襟を強引に引っ張る。

 虎徹の右鎖骨に鳳城家の聖印が刻まれてあった。

 聖印が光を放っている。能力を発動したようだ。


「俺の能力は、重鉄(じゅうてつ)。自分の体を鉄で覆うことができるんだ。まぁ、柚月の光刀と似てるな。切れ味はないが、骨は簡単に折れる。妖さえもな」


「なるほどな。厄介な能力だぜ」


 先ほどの衝撃は、虎徹が自分の聖印能力・異能・重鉄を発動したからだ。

 九十九にとって脅威的な能力のように感じる。

 それでも、九十九はひるむことなく、構えた。


「まだ、構えるか?勝ち目はないぞ?」


「なら、妖気で防げばいいだけだ」


 九十九は、妖気を纏い始める。

 勝ち目はあるかどうかはわからないが、今は試すしかなかった。


「そうか。なら……」


 虎徹は、もう一度九十九に殴り掛かる。

 九十九は腕を顔の前に出し、防御の体制に入った。

 虎徹の拳が、九十九の腕をとらえた。


「ぐっ!」


 腕に衝撃が走り、九十九は苦悶の表情を浮かべる。

 鈍い音が響き渡る。九十九は自分の骨にひびが入ったと感じていた。妖気を纏ったとしても、虎徹の能力に対抗できないようだ。

 このままでは、骨を何本も折られてしまう。そうなれば、朧を抱えて走ることは不可能だ。

 なるべく、防がずにかわすしかない。

 九十九は、防御を捨て、かわすことだけに集中した。

 虎徹に対抗できる方法を模索しながら。


「防ぎきれないとわかったらかわすか。だが、俺には通用せんぞ」


「がっ!」


 虎徹は、九十九の腹にこぶしをぶつける。

 それも容赦なくだ。

 九十九のあばらが、何本も折れる音がした。


「骨、折れたな」


「くっ……」


 激痛が体中に走り、九十九はうずくまる。

 もう、限界を超えていた。立ち上がれなくなるほどの。

 虎徹は、それでも九十九に近づく。

 朧は、必死に手を伸ばした。


「虎徹様……お願いです……。どうか……九十九を……」


「悪いな、朧。この妖を生かしておくつもりはない」


 虎徹は、ついに刀を抜く。

 九十九は顔を上げることすらできないほど、重傷を負っている。

 虎徹は、刀を振り上げた。


「このまま、死んでもらう」


 虎徹は容赦なく、刀を九十九に向かって振り下ろした。

 朧は、声が出せず、涙を流す。

 九十九は、これまでかとあきらめかけていた。

 だが、その時だった。


「!」


 刀と刀がぶつかる音が響き渡る。 

 その刀は、宝刀・真月だ。

 月の光を浴びたような光を放った刃は、虎徹の刀を受け止めていた。


「柚月……」


 柚月が駆け付け、九十九を守った。

 師匠である虎徹に刃を向けて。

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