第八十四話 殺したのはお前だ
勝吏と月読の尋問が行われている頃、柚月は、目を閉じていた。
思い浮かぶのは朧と九十九の事だ。
九十九の事を憎んでいた事、朧と共に過ごした事、九十九の事を認め共に戦ってきた事。様々な出来事が思い浮かぶ。どれも、大事な思い出だ。
だが、今は、遠い過去のように思える。
まるで消えてしまいそうになるような感覚だ。
――このままでは、本当に朧も九十九も罪人となってしまう。
今のままでは、二人は罪人となってしまうだろう。
軍師の意見が覆ることなどありはしない。二人の身に危険が迫っていることは確かなのだ。
勝吏も月読も今は動くことができないはず。
綾姫達も監視されている。彼女達も身動きができない。
柚月がやるべきことはたった一つであった。
――行かなければ……。
朧と九十九を救うことだ。しかも、たった一人で。
綾姫達を巻き込むわけにはいかない。
それでも、彼らを救わなければ、もう二度と会えなくなってしまう。
柚月は、意を決して立ち上がり、御簾を開け部屋を出た。
だが、その時だった。
「!」
部屋から出た時、柚月は驚愕し立ち止まってしまった。
彼の眼の前にはある人物がたっていたからだ。
「やっぱりな。お前ならそうすると思ってたぜ」
「譲鴛……」
彼の眼の前にいたのはなんと譲鴛だ。
監視をしている者がいるとはわかっていた。それでも、柚月はその人間を気絶させて屋敷を出る覚悟で部屋を出たのだ。
その監視役が譲鴛だとは思わずに……。
柚月の顔を見た譲鴛は笑みを浮かべた。
その笑みは愁いを帯びている。
同期であり、仲間であり、友であった譲鴛はもうどこにもいない。彼は、柚月を敵としてみなしているように思えた。
「なんて顔してんだよ。俺がここにいたことに驚いてるのか?」
「お前が、監視してたのか?」
「ああ」
譲鴛は、うなずくと、いきなり、柚月を突き飛ばす。
柚月は、立ち上がろうとするが、譲鴛は、彼の服をつかみ、そのまま部屋へと投げ飛ばした。
柚月は立ち上がるが、譲鴛は彼の眼の前に立ちふさがった。
部屋から一歩も出さないつもりだ。
「俺が、申し出たんだ。柚月の監視をやらせてくれってな」
「なぜ……」
「なぜ?本気で言ってるのか?」
問いかけられた柚月に対して、譲鴛は体を震わせる。
怒りを露わにして、柚月の胸倉をつかんだ。
「許せないからに決まってるだろう!」
譲鴛は、声を荒げる。
感情を吐きだすかのように、今までの怒りを柚月にぶつけるかのように。
「なんでだよ、なんでお前があの妖狐をかくまってたんだよ!あいつは、妖だ。四天王の一人だった奴だ。こうなるってことわかってただろ!」
「九十九は、そんな奴じゃない。あいつは……」
「まだ、そんなこと言ってるのか!お前だって見ただろ!春風はあいつに殺されたんだ!」
柚月は思い返す。
春風が、九十九に殺された時のことを。ひどく残酷な光景を。
だが、それも、理由があっての事だ。
譲鴛に話したかったが、怒りを鎮められるとは思っていない。救えなかったなど言えるはずがない。昔の自分もそう思っていたから。
真実を話すことは今の柚月には難しかった。
「……」
「春風だけじゃない。真純も綾女も宗康も妖に殺された。あの妖だって、あの妖狐の仲間だったじゃないか!あいつが、いなければ、みんな死なずに済んだんだ!」
「譲鴛……」
「……お前のせいだ。お前が、あいつをかくまったから……。お前が……お前が、春風達を殺したんだ!」
譲鴛は、涙ながらに柚月に怒りをぶつけた。
譲鴛の気持ちは、柚月にも分っている。自分が気付かなかったから、春風は妖に体を開け渡し、真純達を殺してしまった。そして、妖と融合してしまい、九十九に殺させてしまった。
全ては自分の責任だ。譲鴛の言う通り、自分が春風達を殺した。
柚月は、そう心の中で自分を責めていた。
「……確かに、守れなかった。お前に恨まれて当然だ。俺の方こそ罪人だ」
「だったら、突きだしてやる。裁判にかけて、お前を処刑にしてやる」
「それは、させられない」
「何?」
柚月に断られ、譲鴛は、問いただす。
指に力が入り、柚月を引っ張り上げるが、抵抗するかのように柚月も譲鴛の腕をつかむ。
柚月にも譲れない想いがある。たとえ、自分も身がどうなろうとも覚悟の上だ。
柚月にはやらなければならないことがある。その想いを譲鴛にぶつけた。
「罪人になっても、一族の敵となっても……。俺は、朧と九十九を助ける!お前を傷つけてもだ!」
「がっ!」
柚月は譲鴛の鳩尾にこぶしをぶつける。
譲鴛は、目を見開き、その場で倒れた。
解放された柚月は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「待て……逃げるのか……」
「すまない」
柚月は、そう言い、部屋を後にした。
倒れ込んだ譲鴛を残して……。
友と決別した瞬間であった。
「許さない……。信じてたのに……。裏切りものぉおおおおっ!」
譲鴛は、涙を流して、叫ぶ。
その言葉は、柚月にも聞こえているが、振り返ることはしなかった。
この先、譲鴛に恨まれてでも、朧と九十九を助けたかったからだ。
柚月は、譲鴛から遠ざかった。
柚月は、監視の人間を気絶させて、走り去る。
時には異能・光刀をを発動して、武器を手に襲い掛かる密偵隊を退けた。
屋敷を抜け、人々の目に届かない場所へとたどり着く。
鳳城家の敷地内を知り尽くしている柚月にとっては、庭も同然だ。
密偵隊の目を退けるなど容易なことであった。
しばらくして、柚月は、鳳城家の敷地内から抜け出すことに成功した。
「抜け出せたな。あとは、どうやって行くかだ」
九十九の件は、都中に知れ渡っているはずだ。
敷地内を出る途中、奉公人や女房と出くわしたが、彼らは柚月の事を罪人と見ているようだ。
柚月を見るなり、恐怖におびえたような顔つきで、下がったのだから。
鳳城家でこのような状況に陥っているとすれば、どこにいっても同じだ。
自分の姿を隠して行動しなければならない。
どのように行くべきか、柚月は思考を巡らせていたその時だった。
「柚月!」
綾姫の声が聞こえ、柚月は振り返る。
綾姫が柚月の元へと駆け付けるのが見えてきた。
「綾姫!まさか、抜け出してきたのか!?」
柚月は、綾姫の元へと駆け寄った。
「ええ、そうよ。でも、やっぱり、貴方も抜け出してきたね」
なんと、綾姫も、監視役や密偵隊を退けて屋敷を抜けてきたのだ。
必死で屋敷から出た柚月は気付きもしなかった。
だが、抜け出したのは、綾姫だけではない。
夏乃、景時、透馬までもが屋敷を抜け出していたのだ。
彼らも柚月の元へ集まった。
「お前達も……なぜ……」
なぜ、彼らも危険を冒してまで屋敷を抜け出してきたのか、柚月には理解できなかった。
彼らを巻き込むつもりなどなかった。敵視されるのは自分一人でいいと思っていたからだ。
未だ答えがつかめない柚月に対して、夏乃達は、答えを出した。
「当然、俺らだって仲間だし」
「はい。私達は、何があっても朧様と九十九の味方です」
「あの子達を見殺しにするわけないでしょ?」
綾姫達も知っている。九十九がどういう妖なのか。
春風を殺したことを聞かされても、彼らは九十九の状況や心情を察したうえで、決意した。
聖印一族を敵に回しても、朧と九十九を助けに行こうと。
二人は、自分達にとって仲間なのだから。
彼らも柚月と同じ想いでこの屋敷を抜け出してきたのであった。
「ま、騒ぎ起こしたから、ちょっとやばいかもだけど」
「それは、仕方ありません。時には強引にやることも必要なのですから」
「あら、言うようになったわね」
こんな時でも何気ない会話をする綾姫達。
だが、それは柚月にとって心強い。
彼らのおかげで、柚月は、前を向いて進めるような気がした。この先何があっても。
「……ありがとう」
柚月は綾姫達に感謝した。
綾姫達も穏やかな表情でうなずいた。
柚月達の絆が強くなった瞬間であった。
「柚月君、急ごう。朧君の病気もよくないかもしれない」
「……ああ」
柚月達は、動き始めた。
目指す場所はただ一つ。九十九と朧がいる牢屋だ。彼らの元へと柚月達は向かった。
勝吏と月読の尋問を終えた頃、真谷は本堂の部屋で待機していた。
不敵な笑みを浮かべながら。
「ふふふ。これで、勝吏達は、おしまいだ。全員処刑して、私が一族の頂点に立つ。完璧じゃないか!願ったりかなったりだ!」
真谷は、高らかに笑う。
自分が当主になれると信じて疑わないようだ。
勝吏と月読を陥れることが真谷は最高の気分なのだろう。
だが、その気分も、一瞬にして崩れ去られることとなってしまった。
「真谷様。失礼いたします」
一人の隊士が、真谷の元を訪れた。
だが、この時の真谷は、何も気付いていない。
この後に聞かされる衝撃の事実など知る由もなかった。
「なんだ?何かあったのか?」
「は、はい。実は……」
隊士は真谷に耳打ちをする。
その内容は、柚月達が屋敷から逃げ出したという衝撃の事実だ。
その話を耳にした真谷は、目を見開き、信じられないと言わんばかりの顔となっていた。
「何?なぜ、取り逃がした!?」
「申し訳ありません!」
「謝罪はいい!とっとと捕まえてこい!」
「はい!」
真谷は隊士に怒りをぶつけ、隊士は、急いで真谷の元を去る。
だが、これだけでは真谷の怒りは収まるはずがなかった。
真谷は自分のこぶしを畳にたたきつけた。
「あの小僧め。おとなしくしていればいいものを」
真谷は、悔しさを顔ににじませていた。
まさか、あの柚月が屋敷から逃げ出すとは思ってもみなかったのであろう。
それほどまでに、朧と九十九を助けたいようだ。
だが、真谷も何もせず黙って捕まるのを待つわけにはいかなかった。己の野望の為に。
真谷は、すぐに立ち上がり、部屋を後にした。
真谷が、たどり着いたのは軍師の部屋であった。
「軍師様!」
「どうした?真谷。何事だ?」
「軍師様、特殊部隊が、屋敷から逃亡したようです」
「……」
「軍師様、裁判を始めましょう!奴らが、朧とあの妖狐を奪還する前に!」
「わかった。……裁判を始める」
軍師がそう宣言すると真谷は、不敵な笑みを浮かべていた。
今度こそ、彼らを陥れられると疑わずに。




